真夜中の古事記 61話から70話

【登場人物】


氷川航(ひかわわたる)

45歳。最近、ホテルの夜間フロントのアルバイトを始めた。新人なのにおじさん。家族はフルタイムで働く妻と小学1年生の娘がいる。


浅間陽(あさまひなた)

33歳。大学生の頃からホテルのフロントで働いている。趣味はスポーツ観戦。特に欧州サッカー好き。給与は手取りで18万円程度。同棲中の聖と結婚したいが低収入で決断に至らない。


橘聖(たちばなひじり)

29歳。陽の恋人で2人は同棲している。陽の同僚で日勤専属で働いている。


カナコとノブナガ

「スサノオ・ファイアー・ボール」というバンドを組む暑苦しい兄妹。


広末さん

54歳。「日本の何かがおかしい」と疑問を持ち、志ある若者を応援している。


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「ちょっと待った!!


婚約など、そんなことはオレが許さん!!


聖ちゃん、そんなモヤシのような男とは別れてオレと付き合わないか?」


ノブナガが帰ってきた。


「お兄ちゃん!!


せっかく良いとこなのに邪魔しないでよ!!


それに、なんでひーちゃんとお兄ちゃんが付き合うのよっ!!


ん?ところで随分と遅かったけど何かあったの?」


「い、いや、何もないぞ!!


ちょっと商店街の見回りをしてきたのだ!!新撰組のようになっ。


商店街の治安を護る現代の沖田総司、須賀暢長とはオレのことだっ!!


カーッカッカッカッ!!」


「まったくもう、暑苦しいっ!!


沖田総司はそんなに暑苦しくないわよっ」


「お前に言われたくないわっ!!


それに沖田総司の容姿は諸説がある。


ヒラメ顔だったとか…色々言われてるんだぞ」


「めんどくさっ!!」


兄妹のやり取りを見た聖はクスクス笑った。


「じゃ、話を進めましょ。


ヨウ君はひーちゃんと結婚したいんでしょ?」


「…そ、そりゃあまあ」


「じゃあ、ひーちゃんもいいでしょ?


お金なんか2人の力を合わせればなんとかなるのよ、それが結婚よ」


カナコはうっとりとしながら言った。


「カナコさん、そういうあなたは結婚してるんですか?」


陽は口を挟んだ。


「シャラーーーーップ。それはそれ、これはこれ」


聖が口を開いた。


「うん、わたし、普通でいいのよ」


聖が言うと、再びカナコが続けた。


「えらい!!ひーちゃん


じゃ、新婚旅行はどこにする?」


(本当に止まらないな)


陽は諦めて黙ってカナコの話を聞いていた。


「うーん…湯河原とか?」


カナコは目を輝かせた。


「熱海ですらなくて湯河原!!


ひーちゃん、しぶっ!!」


「わたし、別に海外旅行とかそんなに興味なくて。湯河原、近いし。


それに湯河原だって海外から見たら海外でしょ?あれ、変なこと言ってます?」


「ひーちゃん、あなた最高よ。


そうよね、フェラーリも軽自動車も見える景色は一緒よね。たぶん」


カナコと聖の女子トークは熱を帯びていった。


「ヨウくん、とにかくさっさと結婚した方がいいよ。ひーちゃん、披露宴には私も呼んでねー」


聖は笑いながら即答した。


「ぜひぜひ!!」


「披露宴?カナコは家族なんだから挙式にも参列してもらうぞ…」


ノブナガが口を挟んできた。


「まだ言っとんのか!このボケ兄貴!!」


バキッ


「いてーなー!!お前は加減というものを知らないのか!!岡山の両親が泣いとるぞ!!」


「ヨウくん、またこういう変なヤツが現れる前にひーちゃんと結婚するんだよ」


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13時30分


広末さんが言った。


「もうこんな時間か。僕は次の約束があるからそろそろ行かないと」


「あ、私たちも出ます。ひーちゃん達はどーする?」


「あ、僕たちもそろそろ帰ります」


全員が席を立ち、レジに進んだ。広末さんが会計を済ます。


その時、ノブナガとオーナーの目があった。


(な、なんだ、この全てを見透かすような目は…まさか本当にオレに光秀の霊が憑いているのか…


さっきの犬のクソの件もあるし…こいつ只者ではないのかもしれん!!


いや、そんなわけがあるか…)


ノブナガは思わずオーナーから目をそらした。カナコが言った。


「ん?お兄ちゃん、どうしたの?顔悪いよ」


「か、顔じゃなくて顔色だろーがっ!!」


その時、広末さんが言った。


「これもください」


そう言って手に取ったのは、オーナーがノブナガに勧めたパワーストーンのブレスレットだった。


「5,000円でーす」


広末さんはブレスレットを受け取ると、ノブナガに差し出した。


「これ、ノブナガ君にぴったりだと思うよ」


カナコが言った。


「ちょっと、広末さん!!それをいただくわけにはいきません」


「いいからいいから。人の好意は素直に受け取るものだよ」


ノブナガはブレスレットを受け取ると、膝まずき頭を下げた。


「広末さん、ありがとうござる。この恩は一生わすれませぬ」


「…ござるって、、、ちょっとお兄ちゃん、さすがに恥ずかしいからやめてよ!!」


広末さんが笑った。陽と聖も笑った。


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お店を出るとそれぞれが別れを告げた。


「ひーちゃん、連絡先交換しよ」


「うんうん」


聖とカナコはスマホを取り出し連絡先を交換した。そして、カナコは聖をハグした。


ノブナガもさりげなく聖とハグしようとしたが、カナコが鋭い眼光でそれを制した。


「広末さん、本当にありがとうございました」


一同は広末さんに頭を下げた。


「いいんだ、いいんだ、気にしないで。


楽しかったよ。また会おう。あ、これ渡しておくね」


広末さんは陽に名刺を渡した。


「それじゃ。またね!」


広末さんは一足先にその場を後をした。


その後、陽たちもその場を離れた。


「かなぶん、またね。ノブナガさんも!」


ノブナガは言った。


「おい、もやし!!聖ちゃんのこと大切にするんだぞ!!」


陽は苦笑いをした。


「じゃ、またね!!」


陽と聖は火の玉のような兄妹と別れた。


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陽と聖は商店街を抜け、駅に向かった。


「あ、ちょっと待って」


聖はそう言うと、駅前の小さな本屋の前で立ち止まった。


「あれ、面白そう」


聖はそう言うと一冊の雑誌を手に取った。表紙には「龍神特集」と書かれている。聖は雑誌の裏表紙を見て値段を確認した。


「うーん、買うか。


ヨウ、ちょっと待ってて」


聖は店内に入ると会計を済まし戻ってきた。戻ってきた聖に陽は聞いた。


「どうする?もう帰るか?」


「うん、帰って少しゆっくりしよう」


陽と聖は、改札口を通り駅のホームに上がった。


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平日午後の電車は空いていた。陽と聖は並んで座席に腰かけた。


聖はさっき手に入れた雑誌をパラパラとめくっていた。


「それ、なんの雑誌?」


陽が聖に聞いた。


「占いとか、スピリチュアルとか…そっち系の雑誌だね。


普段こんなの買わないけど、『龍特集』ってのが気になったの」


「ふーん。聖、すっかり龍にハマってるね」


陽は興味なさそうに言葉を返すと、やることもないのでポケットからスマホを取り出した。


なんとなくさっき商店街で見かけた「極空ラーメン」を検索してみた。いずれ聖と行く機会があるかもしれない。


スープは醤油ベースの豚骨醤油味、麺はストレートの細麺を使っているらしい。同じ醤油とんこつの横浜ラーメンよりアッサリしているように見えた。


(聖、こういうの好きかもなー)


そんなことを思いながら画面を眺めていると、創業者の顔写真が出てきた。


(うわー、悪そうな人だなー。


絶対、近づきたくないタイプ…


あ、でもこういう人が更生して起業家になっちゃうパターン、多そうだな)


極空ラーメンは和歌山県内に20店舗ほど、少しずつ他県にも展開しているようだが、まだ都内には1店舗しかないようだった。


(へー、学歴・前科不問で採用してるんだ。


オレなんかこんなところに入ったら馴染めないだろうなー。


さっきの…そうそうノブナガさんみなたいな人なら馴染めるんだろうけど)


そんなことを思いつつ、陽は肩書きに関係なく受け入れる創業者の器の大きさを素晴らしいと思ったし、世の中にはすごい人がいると素直に感心した。


その時、聖が言った。


「ヨウ!これ見てこれ!!」


聖は開いた雑誌のページを陽に向けてきた。


「ここ!ここ!」


陽は雑誌を覗き込んだ。


「あれ?この人???さっきの…」


『スピリチュアルに555万円を投じた男!

シキカワ☆ワンダラーの突撃スピリチュアル』というコラムに見たことのある人物の写真が載っていた。


いや、顔ははっきりと写っていなかったが、明らかに見たことのある人物だった。


「この人…」


陽は聖の顔を見ながらもう一度口を開いた。


「だよね、さっきのカフェのオーナーのお兄さんだよ」


そのコラムではカフェのオーナーである「ARAKI」という人物がシキカワ☆ワンダラーに絶賛されていた。


「このシキカワさんって、スピリチュアル界では有名らしくて、歯に絹着せぬ物言いでスピリチュアリストを批評してるらしいよ。


スピリチュアル界のご意見番なんだって。


厳しい意見も多いんだけど、スピリチュアル界の危うさを経験してるからこそ、被害者を出したくないという志を持って活動してるんだって」


陽は雑誌のコラムを見ながら不思議に思った。


「でも…」


「ん?」


「この雑誌にカフェの連絡先も書いてないし、その…ARAKIさんには何の旨味もなくない?」


「たしかに。でもあのお兄さん、あんな感じだし、集客しようなんて全然思ってないんじゃない?


シキカワさんのガチの潜入取材なのかもね?ミシュラン調査員みたいな?


それに…」


聖はさらに続けた。


「今はSNSの時代だからね。


たとえカフェの名前が載っていなくても、情報は拡散されて、あっという間にカフェも特定されちゃうと思うよ。


そうしたら、あのお兄さんも儲かるし、結果的にはいいのかもね」


陽は聖に聞いた。


「この雑誌っていつ発売なの?」


「ん?今日みたいだね」


「ふーん、じゃあ…


これを見たスピリチュアル好きな人たちが、今頃カフェに殺到してるかもしれないね」


「確かに。私たち、ラッキーだったかもね」


新宿ー、新宿ー


電車内に駅到着のアナウンスが流れた。陽と聖は乗り換えのため、電車を降りた。


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22時45分


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


フロントバックに航が入ってきた。


航は掛川さんの姿を見つけると、バッグから本を取り出し渡した。


「これ、アドラー心理学の本です。もしかして買っちゃいました?」


「ああ、いえ、まだ買ってないです」


「もし良かったらあげますよ。もう僕は何回も読んだし」


「え、いいんですか!?ありがとうございます」


2人のやり取りを見ていた陽は少し複雑な気持ちになった。


(掛川君、本読んだりするんだ???


しかも心理学って???)


日付を超えるとロビーには誰の姿もなくなり、静かになった。航がロビーの照明を落とした。


「よし、今日はもう大丈夫だね。


掛川君、先に仮眠入っちゃって。4時戻りでいいよ」


「え?そんなにいいんですか?」


「休める時に休まないと身体もたないじゃん」


「ありがとうございます。じゃ、お先に休ませていただきまーす」


掛川さんが仮眠に入り、フロントバックには陽と航の2人になった。


作業を進めながら陽は航に話しかけた。


「氷川さん、さっき掛川君に本を渡してましたよね?」


航は手を止めずに答えた。


「はい、アドラー心理学っていう…何年か前に大ヒットした本ですよ」


「心理学?心理学って人の心読めちゃうみたいな???コントロールしちゃうとか?


あいつ、まさか河村ちゃんを洗脳しようとかしてませんよね?」


航は笑いながら言った。


「片思いの彼女を洗脳ですか?


浅間さんは想像力豊かですね」


「あ、掛川君が河村ちゃんのこと好きなのご存知なんですね?」


航は続けた。


「この間、掛川さんと勤務が一緒だった時、自己啓発本を読むと聞きまして…」


「自己啓発?ちょっと洗脳っぽいイメージありますね」


「浅間さんは警戒心強いですね。


まあ彼なりに、若いうちに自己研鑽しておきたいらしいですよ」


「じ、自己研鑽?随分難しい言葉を使いますね」


「掛川さんが言ってたんですよ。自己研鑽って」


陽は少し憂鬱な気持ちになっていた。


陽の表情が暗くなったのを航は見逃さなかった。


「浅間さん、どうかしましたか?」


「いえ…


あのぅ、掛川くんとか李くんとか…若い彼らと話していると敵わないなって。


しかも僕と違って向上心があって、その…自己啓発の本も読んでいる。


李くんは、パソコンとかめっちゃ得意なんですよ。就職も大手のIT企業を狙ってるし。


なんかこう…若いつもりがいつのまにか歳を取って、社会から取り残されていくような…」


航が言った。


「その気持ち、わかりますよ」


「え?氷川さんもそんな気持ちになるんですか?」


「そりゃそんな気持ちにならないこともないです。世の中のスピードも速くなっていますしね。


でも、そんなこと考えていても仕方ないでしょ」


「まぁそりゃそうなんですけど」


「浅間さん…」


「…はい」


陽は力なく返事した。


「僕はまだ浅間さんとの付き合いは短い。そんな僕が思う浅間さんの最大の魅力ってなんだと思いますか?」


「魅力?僕に魅力なんかありますかね?」


航は優しい表情で話し始めた。


「こういう話をするのもなんですが…


浅間さん、みんな陰であなたのことを…」


「か、陰で、みんなが?僕のことを??」


陽は喉がカラカラに乾いていくのを感じていた。


「はい、陰で浅間さんのことをみんなが絶賛してます」


航はニコリと笑った。


「米澤さんがあの年齢でいきなりフロントの夜勤専属になったこと…


ご本人を含めて会社の意図には誰もが気づいています」


陽は黙って聞いていた。


「浅間さん、あなたは一見大人しそうだけど揺るぎない正義というものを内に秘めている。


米澤さんのシフトについて会社に掛け合ったんでしょう?


みんな、浅間さんのそういう姿をちゃんと見てますよ」


航は続けた。


「浅間さん、僕が会社の社長ならあなたを真っ先に採用します。


組織って能力も大切ですが、それ以上に大切なものがあると思うんです。


あ、浅間さんの能力が低いと言ってるわけではありませんよ。


あなたがいるおかげで、この職場はみんなが気持ちよく働けているんですよ。


僕は色々な仕事をしてきたけど、こんなに良い雰囲気の職場は初めてです。その核にいるのがあなたです」


陽の気持ちは複雑だった。


「ありがとうございます。でも…


うーん、なんか抽象的というか…すっきりしません」


「もし、浅間さんに何かトラブルがあっても、みんなが助けてくれますよ。


これってパソコンが得意とか英語が喋れるとか…それ以上の力だと思いませんか?


ある意味、最強ですよ」


陽は航の賞賛の言葉を聞いていて、嬉しい反面恥ずかしくて耐えられなくなっていた。


「あ、ありがとうございます。


と、ところで…」


「はい?」


陽は少し沈黙し、必死に話題を変えようと考えた。


「そうそう…


掛川君に心理学以外の本も薦めたんですか?」


「ああ。


掛川さんにオススメの本を聞かれて…


それでアドラーと古事記を薦めたんです。さっき渡したのはアドラーの本です。


心理学は人生の早い段階で触れた方が良いと思います。


多くの人が自分が何者であるか?に目も向けることなく、なんとなく人生を送ってしまっています。心理学は自分、あるいは他人に関心を持つ良いきっかけになると思います。


でも…」


「でも?」


陽は不思議そうな顔をした。


「でも、きっと掛川さんは遠回りするでしょうね」


「遠回り???」


「あくまで僕の私見ですが、自己啓発なんてね、何も生み出しません。


もちろん有益なものもあるのでしょうが。実生活の方がよほど大切だと思いますよ」


「え?じゃあ止めてあげたほうが…」


「彼は止めても止まらないでしょう。


それに、掛川さんはまだ若いですからね。遠回りすれば良いんですよ。無駄だったということに気づくのは無駄でありませんから」


航はあっさりと言った。陽は苦笑いをした。


「無駄なことに気づくのが無駄ではない???」


「ついつい最短を行きたくなりますけど、時に遠回りが近道ということもあると思いますよ」


「僕には…


僕にはもう遠回りしている時間なんてありません。


僕は33歳です。掛川君や李君とは違います」


それを聞いた航はいたずらっぽく言った。


「僕は45歳ですけどね〜〜」


「あっ…


いや、なんか


すみません」


それを聞いて航は笑った。釣られて陽も笑った。


「33歳ってね、浅間さんが思っているより相当若いですよ。


はっきり言って、浅間さんにはかなり時間が残されています。何でも…とは言いませんが多くのことを叶える可能性はあると思います」


「多くのことを叶えらる?」


「もちろんプロサッカー選手とかは無理ですけどね。


まあ僕も33歳の頃…というか24〜5歳で「もうこんな歳だ」って思ってましたね」


陽はため息をついた。


「僕はこれからどうすれば良いんでしょう?」


陽は深刻な顔をした。それを見て航は笑った。


「それ、僕に聞きますか?


45歳のフリーターですよ」


「うーん、たしかに45歳のフリーターって普通じゃないです。


でもなんか…氷川さんは…


幸せそうに見えます」


そして続けた。


「僕も掛川君みたいに自己啓発の本を読んだりしたほうがいいのかなぁ…」


それを聞いた航は言った。


「みんなそうやって、知らない人に答えを求めちゃうんですよね」


「知らない人に答えを求める?」


航が続けた。


「僕もそうでしたが、周囲に目標となる大人がいなければ、外に答えを求めるのは当然でしょう。


僕は子供の頃、幸せそうな大人を見たことがなかった。


だから、社会に出た時点で人生が終わる…そう思っていました。自分を殺し、死ぬまで働き続けなくちゃいけない。それが大人だと思っていました」


陽は言った。


「僕も子供の頃からそれに近い思いは持っていました。実際、大人になってみて、そこまで酷くはないけど」


航は続けた。


「だから僕、大学に行ったんですよ。社会に出るのを遅らせたいがためにね。人生の時間稼ぎです。


結局、小論文だけで入学できる夜間の大学に行きました。とにかく簡単な道を選ぶのが僕の傾向ですね。


そして、振り返ると、本当にもったいない4年間だったと思います。


ちなみに…


僕が高校生の頃、日本はバブルが続いていました。景気が良かったから、高校を出てそのまま公務員になるのって意外と簡単だったんですね。


僕より成績の悪かった友達は、最初から進学なんて考えず、高卒で公務員になりました。


しかし、僕が大学に行っているうちにバブルは弾けました。就職の氷河期時代到来です」


航は楽しそうに話した。


「さて、数十年たった今、僕と彼らどっちが幸せでしょう?」


航は少し間を置いた。


「僕と比べたら彼らなんて、バラ色の人生ですよ。ま、それぞれ色々抱えてるとは思いますが」


陽は言った。


「氷川さんのお友達が羨ましいです。


僕も公務員になりたかったなー。いや、その時代に生まれたかったなー。


安定して給料が右肩上がりでボーナスももらえるなら、こんなに悩まないし転職なんて考えません」


「でも、考え方によっては、給料が右肩上がりではないからこそ、自分の人生を真剣に見つめる機会を得ている」


「それはそうかもしれませんが…なんというか…」


「辛いですか?」


「はい、辛いです。僕のような平凡な人間には辛いです」

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