戦時下の現実――6

 峰継は林に入り、枯れた木々に囲まれながら足を進めていたが、ふと気配を感じた。

「誰かがいる」

 後ろに続く三人に注意を飛ばす。

「佐奈井?」

 理世はつぶやく。峰継は耳を澄ませた。聞こえるのは、誰かが苦しそうにうめく声だ。負傷しているらしい。峰継と同じ年頃の男のもので、とても佐奈井の声ではない。

「兄さんの声でもない」

 日向もそう話している。

「危険だが、正体を確かめるか」

「それに、手掛かりもあるかもしれないしね」

 園枝にそそのかされるままに、峰継は前に進んでいく。刀に手を添えるのも忘れてはいなかった。

 やがて木にもたれかかる男を見つけた。刀を出したまま、地面に放り投げていて、右足からは、血が流れている。

 ひっ、と日向が声を洩らして、理世が背後にかばう。

 峰継は、そのまま男に近づいていった。この者には見覚えがある。凍也と日向の村にいた。男も峰継に気づいて、顔を上げる。

「佐奈井とやらの父親か。なぜ今さらこんなところに」

 言いながら男は、転がっている刀に手を伸ばしている。峰継は充分な距離を置いて立ち止まり、襲うつもりはないと伝えるために刀から手を離した。

「息子を追っている。居所は知っているか」

「お前の息子か、なら近くにいる」

「どこに向かった?」

 男は、林の奥を指さした。

「ついさっきだ」

 やはり息子は近くにいる。

「少し待ってもらっていい?」

 園枝が声を出した。

「傷の手当て、せめて止血だけでも」

 そして、相手が刀を持っていることなど構うことなく近づいていく。

 峰継は黙認した。傷の手当てくらいで、佐奈井たちが遠く離れることはないだろう。峰継がそう思っているにも、園枝は荷物から止血用の布と、水の入った竹筒を取り出した。

「別にいい」

 男はそう言っているが、しかし近づいてくる園枝を拒むことはなかった。園枝は足の傷を見て、水をかけて傷口を洗った。

「佐奈井が負った傷と比べれば、大したことないわね」

 園枝がつぶやいて、男はふん、と悪態を洩らす。

 園枝は、傷を洗い終えると、止血の布を巻いた。慣れた、手早い手つきだった。しっかりときつく縛る。

「おしまい。後のことは自分で何とかして。さっきの村の人たちに助けを求めたらいいかもね」

 園枝が言ったとたん、男の目の瞳孔が開いた。

「無理なことを言うな」

 取り乱している。

 やはりだな、と峰継は思った。この男や、凍也たちは、さっきの村を襲おうとしたのだろう。食糧など、戦に必要な物を確保するために。佐奈井なら、たぶん止めようとしたはず。凍也も止めて、それで仲間同士で争い合うことになって、結果としてこの男が傷ついた。

「その傷は、あの村の連中にやられたのか」

 急いでいるが、峰継は尋ねた。

「いや、凍也にだ」

「兄さん……」

 日向が不安な声を洩らす。

「富田長繁の居城ではなくて、そこらの村を襲ってか?」

「冬を越す食料の確保も難しいんだ。それほど圧政が続きすぎた。長く村を空けるなら、仕方がないだろう」

 言い訳がましい。

「息子に早く追いつくぞ」

「おい、俺をつれていけ」

 男がわめき始める。立ち上がろうとするが、傷のためにすぐに膝をつく。

「最悪戦場に行くかもしれないのに、負傷者を連れていけるか」

 峰継は先に急いだ。園枝も、理世や日向も、男を警戒しながらそばを通り抜ける。

 ――どっちみち、俺くらいの年で戦に出ている奴なんてたくさんいるし。

 佐奈井はかつてそう言った。

 そうやって大勢の若い命を磨り潰し、皆それが当然の如き顔をするのが、この時代の歪みだ。

 佐奈井まで、その歪みに巻き込まれる理由はない。

 息子に追いついて、止める。

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