戦時下の現実――5
峰継は、一つの村を見つけていた。
「このまま行くが、いいか?」
峰継は後ろの三人に話しかける。日向がまっさきに、
「行ってください」
そう言ってきた。
兄の凍也が消えてから、日向から遠慮がなくなったように、峰継は思う。危険だと言い聞かせてもついていくの一点張りだし、頑なに休憩も取ろうとしない。
「あそこの人たち、何か知っているかも。兄さんが立ち寄ったかもしれないし」
日向は今にも走り出しそうだ。
凍也が書置きだけして去ったのもわかる。もし事前に凍也が一揆に加わることを話していたとしたら、この子は敵がいる場所までも兄についていっただろう。
「園枝、理世もいいか」
「当然よ」
理世は言い、隣の園枝もうなずいている。
帰る家を戦火で失った二人も、佐奈井の無事を考えてくれている。多分理由は、慶充だろう。一乗谷で命の危険にさらされていたところを、慶充が守ってくれた。その恩があるから香菜実や佐奈井のために動く。
「警戒はしておけよ」
四人が村に近づくと、峰継は妙な雰囲気を感じた。何なのだろう。近づくな、と暗に言われているみたいだ。
さらに進んで、視線に気づいた。村の人の視線だ。道の端や、家の前に出て、こちらをうかがっている。女子どもばかりなのは、この戦乱で男たちが村を出払っているからだろう。
手に何か持っている者もいるが、あれは短刀だ。敵意を向けてきていて、むやみに近づけば、襲われるだろう。
「理世と日向は下がっているんだ。様子がおかしい」
峰継は二人を下がらせる。
「刀、外す? それのせいで警戒しているのかもしれない」
園枝が腰の刀を見ながら言う。
「いや、このままのほうがいい。襲われるかもしれない」
敵意を向けられる理由を知るまでは、こちらも警戒しておくべきだ。
「大丈夫?」
日向が後ろから声をかけてくる。彼女のおどおどした声が、心配性な佐奈井を思わせた。
「いざとなれば逃げるだけだ。そのための時間なら稼げる」
だが次には、不吉な音を聞いた。びんという、何かをはじく音。かつて戦場にいた峰継は、矢を放つ音だとすぐに気づいた。
「伏せろ」
叫ぶと同時に、道の外れの木に矢が刺さった。日向が短い悲鳴を上げて、理世が彼女をかばう。
だいぶ狙いがそれているし、矢は木に深く刺さることはなく、頼りなく地面に転がっている。射手が素人だからだ。
「なぜ襲う。こちらに敵意はない」
村の女に向かって、峰継は叫ぶ。
「さっき襲われたからだ。村の仲間が人質にされかけた」
道に立っている女が叫んできた。
「お前たちもその仲間か?」
何かされたらしい。
「こちらには子どもがいる。襲うような真似はしない」
峰継が声を飛ばす。刀の柄には手を添えたまま離さない。さっきから殺気が濃い。また矢が飛んでくるかもしれなかった。
「その村を襲ったという連中はどんな風貌をしていた。どこに向かった?」
村の人たちは、互いに目を合わせている。声が、風に乗ってかすかにこちらまで聞こえてきた。男は一人だけで、女ばかり。別に警戒するべきではないのではないか、という声と、油断させて、やはり村に危害を加えるかもしれないという声。
「そこまで警戒するなら、我々はこれ以上近づいたりはしない。ここで話をするだけでも構わない。村を襲おうとした連中について聞かせてほしい」
峰継のその一言で、意見はまとまったらしい。
村の娘が出てきた。
「一つの村にいる男くらいの数がいた。身なりもそこらの男と変わらない。そのまま南のほうに逃げていったよ」
南、富田長繁の居城、府中の町がある辺りだ。凍也たちの集団だと思ってもいいだろう。
その中に息子も。
「あと、仲間割れもしているみたいだった」
その娘が話す。
「仲間割れだと?」
「村に入ってすぐのところで、揉めていたみたい。小さい男の子が刀を持って連中を止めようとしていた。年はそこの子くらい」
村の娘が指し示す先を、峰継は視線でたどる。理世が、日向をかばうようにして立っている。小さい男の子、と言っているから、日向ぐらいの年らしい。
ということは、息子か。
佐奈井もまた、慶充の刀を持って自分の前から去っていった。
あまり離れていないかもしれない。
「変だったよね、あの子と若い男が揉めて、刀で斬り合いまで始めたのに、途中から手を取り合って逃げていったんだから」
村の一人の娘の声が、峰継の耳にまで届いた。どういうことだ、と思うが、今はどうでもいい。
「その少年が向かった先は?」
話していた村の娘に向かって、峰継は尋ねる。声を向けられて、その娘は顎を引いたが、
「あっちの、林のほうに入っていった」
と、村外れの枯れた林を指し示す。
「わかった。ありがとう。もう去る」
峰継は、踵を返した。
「お前の兄も、あそこにいるかもしれない」
日向に向かって言う。
「うん」
村の会話の意味するところは、わからないものがある。人質を取ろうとするなり、佐奈井とみられる少年が男と争ったと思ったら、互いに手を取り合って逃げるなり。だが、今は追いつくほうが先だ。
峰継は、言われたとおりに林を目指した。
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