決意の煌めき――1
刀の稽古はこんな森の中でしていたから、佐奈井にとって、こういった場所のほうが落ち着く。
かつて一緒に稽古していた相手はいないが、それでも佐奈井は刀を振り続ける。
慶充がかつて使っていた刀。鋼鉄でできている、当然木よりもずっと重たいそれは、振ると鋭く空気を裂くが、刀に体が持っていかれそうになる。今も、横振りをしたら足がもつれかけた。焦って振ったらいけないな、と佐奈井は刀の柄を握り直す。
佐奈井の背中と肩の傷は薄皮に覆われていて、もう無傷の時と同じくらいに動ける。幸い神経は切れなかったので、手足が痺れたりはしない。
傷を癒している間に、時間は進み、そして情勢も不穏な方向へ変わっていった。
富田長繁は、越前の地で血を流し続けている。
――今後も、犠牲者は増えていくのだろう。
佐奈井は刀の切っ先を、切り株の上に置かれた丸太に向けた。かつて慶充に教わったとおりの動きで、横切りを仕掛ける。丸太は上下に分かれ、飛んだ。二つになった丸太は地面に転がり、乾いた音を立てる。
佐奈井にとって、本当は刀を握るのが怖い。鋭く、人の体などあっさりと両断する本物の刀。殺し合いの道具。しかし佐奈井には、この刀を手放すことができなかった。
慶充は死んだけれど、
「また、その刀を振っていたのか」
背後から
「うん」
応じながら、父の腰に刀を差しているのが、佐奈井は目についた。いつ襲われても対応できるように、外を歩くときは常時刀を帯びるようにしている。
「慶充の刀。大事にしまっていてもいいんだぞ」
「しまう場所なんてないだろ」
自分と峰継の家は一乗谷にあって、この一連の戦火で焼かれた。持ち主であった慶充の家もしかり。まさかずっと凍也の家に預かってもらうわけにもいかない。
「だな」
「父さんは反対? 俺がこんな物を持っているの」
反対されたなら、佐奈井は反抗するつもりでいた。いつかこの刀で、再び人を殺めることになってしまうかもしれない。それでも、この刀で香菜実を助けることができるのならば、構わない。
「佐奈井、この間のお前は、うなされていた」
「……そうだね」
夢で自分が殺した男たちが現れた。殺された時の苦痛に歪んだ顔のまま、佐奈井の手や足を血塗られた手で掴もうとしてきた。
起きた時に父がそばにいて、汗まみれになった額を拭ってくれたので、正直ほっとした。
「戦に出たばかりの新兵でも同じようなことが起きる。その刀を握っていれば、今後また、誰かに手をかけることになるかもしれない。それでも、お前は慶充の刀を握り続けるのか?」
反対するのではなく、かといって肯定するのでもない。ただ佐奈井の意思を確かめるだけだった。
「どっちみちどこも危険だろ」
仮に佐奈井が慶充の刀を手放したとしても、どこで戦闘が起こってもおかしくない。そうなったら、再び殺し合いに巻き込まれる。その時は佐奈井を守るために、峰継が手を血で汚すことになるだろう。峰継はそれで構わないと言うだろうけど、佐奈井自身は納得できなかった。直接自分が手を出していないだけで、殺しをしていることに何ら変わりはないから。
佐奈井は慶充の刀を空に掲げた。
「香菜実を取り戻せるんだったら、この刀で戦う」
きっと、慶充も望んでいるはずだ。倒れる間際に佐奈井に向かってこの刀を投げたのは、そういう意図もあってのことだろう。
「慶充はお前に剣術は教えても、殺し合いまでは望んでいない。それでもか」
佐奈井が戦うことになって欲しくない、と確かに慶充は言ったことがある。一乗谷の滝で、ことあるごとにつぶやいていた。
「そんなことを言っている余裕はないよ」
平和な時は過ぎ去った。慶充は佐奈井に戦いを求めてはいないが、襲いかかる敵を目の前にしても戦うなとまでは言っていない。
「俺がこれを持つのが嫌なら、ごめん」
上空の雲から日が差した。慶充の刀が日差しを受けて輝く。
峰継は、さらに歩み寄り、佐奈井のそばを通り抜けた。佐奈井が切って、地面に転がったままの丸太の半分を持ち上げる。
「いい切れ目だ。慶充は息子をここまで鍛えてくれたんだな」
かつて慶充の命を助けた峰継が、丸太の断面を見てつぶやく。佐奈井に切られた丸太の断面は、年輪がくっきりとしていて、しかもかすかな艶があった。
「厳しかったけどね。でもよくしてくれた」
「佐奈井、もう一つ確かめても、いいか?」
佐奈井は、身構えた。峰継がためらって、言葉に不自然な間が空いたからだ。聞きづらいことや深刻なことを尋ねる時の、父の癖。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます