決意の煌めき――1

 凍也とうやの家の裏手は茂みになっていて、人目につかない。佐奈井さないは一人そこで刀を振り下ろした。目立たない場所で稽古をするのは、慶充よしみつの影響かもしれない。慶充は、人目につく場所での稽古を好まない。人に見られて、手の内を見抜かれたら、厄介だ。その者と戦う時に弱みをつけこまれるから。慶充は、そんなことを言っていた。

 刀の稽古はこんな森の中でしていたから、佐奈井にとって、こういった場所のほうが落ち着く。

 かつて一緒に稽古していた相手はいないが、それでも佐奈井は刀を振り続ける。

 慶充がかつて使っていた刀。鋼鉄でできている、当然木よりもずっと重たいそれは、振ると鋭く空気を裂くが、刀に体が持っていかれそうになる。今も、横振りをしたら足がもつれかけた。焦って振ったらいけないな、と佐奈井は刀の柄を握り直す。

 佐奈井の背中と肩の傷は薄皮に覆われていて、もう無傷の時と同じくらいに動ける。幸い神経は切れなかったので、手足が痺れたりはしない。

 傷を癒している間に、時間は進み、そして情勢も不穏な方向へ変わっていった。富田長繁とんだながしげ桂田長俊かつらだながとしの一族を皆殺しにした上、一乗谷での戦の翌日には、一揆勢を唆して北ノ庄(現在の福井市)でも戦を引き起こしたらしい。相手は織田信長が越前に派遣し、桂田長俊による越前支配の監督をしていた三人の代官で、生け捕りにして越前から追放したという。さらにその後日には、自らの居城に招いた、同じく朝倉義景の旧家臣魚住景固、彦四郎の親子を謀殺し、家来も皆殺しにしたとも。

 富田長繁は、越前の地で血を流し続けている。

 ――今後も、犠牲者は増えていくのだろう。

 佐奈井は刀の切っ先を、切り株の上に置かれた丸太に向けた。かつて慶充に教わったとおりの動きで、横切りを仕掛ける。丸太は上下に分かれ、飛んだ。二つになった丸太は地面に転がり、乾いた音を立てる。

 佐奈井にとって、本当は刀を握るのが怖い。鋭く、人の体などあっさりと両断する本物の刀。殺し合いの道具。しかし佐奈井には、この刀を手放すことができなかった。

 慶充は死んだけれど、香菜実かなみは生きている。香菜実まで、犠牲にさせるわけにはいかない。

「また、その刀を振っていたのか」

 背後から峰継みねつぐが話しかけてきた。脇腹を負傷した峰継だが、その傷もすでに癒えている。

「うん」

 応じながら、父の腰に刀を差しているのが、佐奈井は目についた。いつ襲われても対応できるように、外を歩くときは常時刀を帯びるようにしている。

「慶充の刀。大事にしまっていてもいいんだぞ」

「しまう場所なんてないだろ」

 自分と峰継の家は一乗谷にあって、この一連の戦火で焼かれた。持ち主であった慶充の家もしかり。まさかずっと凍也の家に預かってもらうわけにもいかない。

「だな」

「父さんは反対? 俺がこんな物を持っているの」

 反対されたなら、佐奈井は反抗するつもりでいた。いつかこの刀で、再び人を殺めることになってしまうかもしれない。それでも、この刀で香菜実を助けることができるのならば、構わない。

「佐奈井、この間のお前は、うなされていた」

「……そうだね」

 夢で自分が殺した男たちが現れた。殺された時の苦痛に歪んだ顔のまま、佐奈井の手や足を血塗られた手で掴もうとしてきた。

 起きた時に父がそばにいて、汗まみれになった額を拭ってくれたので、正直ほっとした。

「戦に出たばかりの新兵でも同じようなことが起きる。その刀を握っていれば、今後また、誰かに手をかけることになるかもしれない。それでも、お前は慶充の刀を握り続けるのか?」

 反対するのではなく、かといって肯定するのでもない。ただ佐奈井の意思を確かめるだけだった。

「どっちみちどこも危険だろ」

 仮に佐奈井が慶充の刀を手放したとしても、どこで戦闘が起こってもおかしくない。そうなったら、再び殺し合いに巻き込まれる。その時は佐奈井を守るために、峰継が手を血で汚すことになるだろう。峰継はそれで構わないと言うだろうけど、佐奈井自身は納得できなかった。直接自分が手を出していないだけで、殺しをしていることに何ら変わりはないから。

 佐奈井は慶充の刀を空に掲げた。

「香菜実を取り戻せるんだったら、この刀で戦う」

 きっと、慶充も望んでいるはずだ。倒れる間際に佐奈井に向かってこの刀を投げたのは、そういう意図もあってのことだろう。

「慶充はお前に剣術は教えても、殺し合いまでは望んでいない。それでもか」

 佐奈井が戦うことになって欲しくない、と確かに慶充は言ったことがある。一乗谷の滝で、ことあるごとにつぶやいていた。

「そんなことを言っている余裕はないよ」

 平和な時は過ぎ去った。慶充は佐奈井に戦いを求めてはいないが、襲いかかる敵を目の前にしても戦うなとまでは言っていない。

「俺がこれを持つのが嫌なら、ごめん」

 上空の雲から日が差した。慶充の刀が日差しを受けて輝く。

 峰継は、さらに歩み寄り、佐奈井のそばを通り抜けた。佐奈井が切って、地面に転がったままの丸太の半分を持ち上げる。

「いい切れ目だ。慶充は息子をここまで鍛えてくれたんだな」

 かつて慶充の命を助けた峰継が、丸太の断面を見てつぶやく。佐奈井に切られた丸太の断面は、年輪がくっきりとしていて、しかもかすかな艶があった。

「厳しかったけどね。でもよくしてくれた」

「佐奈井、もう一つ確かめても、いいか?」

 佐奈井は、身構えた。峰継がためらって、言葉に不自然な間が空いたからだ。聞きづらいことや深刻なことを尋ねる時の、父の癖。

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