第10話「近づく二人」
気がつけば、私達は気を失っていた。目を開けると、目の前にソーセージが転がっていた。これは確か、後ろのバッグに入ってたやつだ。なんでこんなところに? ……はっ!
「ママ!」
起き上がろうとすると、ママが私に覆い被さっていた。声をかけても返事はない。心臓の鼓動がかすかに聞こえるので、死んではいない。気絶しているだけだ。
ママの体を横にずらし、状況を確認する。辺り一面に荷物が散乱していた。タイムマシンがかなり揺らされたので、そのせいか。いや、そんなことより……。
「タイムマシン、ひっくり返ってるわね」
座席部分が目の前に、天井部分が後ろにある。タイムマシンは横向きに倒れていた。次に、私は運転席を確認する。パパは無事かしら?
「パパ……?」
運転席に手をかけ、身を乗り出して、パパの様子を見る。パパは窓を背に、もたれかかっている。頭からは赤い血が流れている。
「パパ!」
私は慌ててパパの体を揺らす。「うううっ……」っとうめき声を上げるパパ。よかった、命に別状はないみたい。
とにかく、ここはどこなのかしら? パパはさっき、どこかの時代に不時着しようとか言ってたけど、ほんとにどっかの時代に来てるのかな? 早く確かめないと。
私は、タイムマシンの後部座席のドアに手をかけた。
ザッザッザッ
僕は深い森の中を駆けている。さっきの車が墜落した場所までだいぶ近づいたはずだけど、なかなか見当たらない。すごい音がしたから、多分現場は荒れ果てていると思うんだけど……。
「ん? あれは!」
向こうの木並みの奥に土煙が見えた。僕は再び駆け出す。草木をかき分けて近づくと、倒木が散乱して荒れ果て、開けた場所が見える。あそこだ! 植木を横にはねのけて身を乗り出す。
「うわぁっ!」
小さな坂に気がつかず、滑り落ちる。膝を少し擦りむいてしまった。だが、そんなことを気にしている場合ではない。僕は横に目を向ける。
そこには、見るも無惨にボロボロになった乗用車と思われる車が、ひっくり返って倒れていた。ビリッと火花が飛び散っている。見つけた。さっきの車だ。僕はその車にゆっくり近づく。
「何なんだろう……これ」
かなり勢いよく墜落したため、周りの木は見るも無惨に倒され、地面も深くえぐられていた。少々歩きにくい。だけど、これほどまでに凄惨な事故ならば、車内にいる乗客が心配だ。きっと怪我どころではない。早く助けないと。
僕はさらに近づいて、ドアを開けようと試みた。
ガチャッ
すると、勝手にドアが開いた。いや、車内にいる人が開けたのだ。どうやら無事らしい。だが、僕は身構えた。中にいる人は、なぜか普通の人間ではないような気がしたのだ。
「ん~、空気はあるみたいね。よいしょっと」
中から声が聞こえた。女の子の声だ。声の主は、すぐに車から這い上がってきた。
「ふぅ……」
その女の子は、横に倒れた車の側面に座った。キョロキョロと辺りを見渡している。緑色の髪をしていて、後ろを髪ゴムでポニーテールにまとめた女の子だ。当然だが、服も体もかなり傷だらけになっている。この子は一体……。
「森……みたいだけど、ここ何時代かしら? ん?」
「あっ……」
彼女と目が合った。しばらくの間、沈黙が空気を支配する。彼女はじーっと僕を見つめてくる。彼女は一体何者なんだ? なんでその車に乗っているのか、どこから来たのか、その車はなぜ何もない空間から飛び出してきたのか。
「……」
「……」
沈黙が思ったよりも長く続く。それを破ってきたたのは、彼女の方からだった。
「何やってるの? そんなとこで」
「こっちのセリフだよ……」
かなり能天気な人だと思った。ボロボロの車の上で、ボロボロの服に身を包んだ彼女。事故に遭った人間のはずだが、やけにのほほんとしている。
「えっと……」
なんと声をかけたらよいのか。いきなり「君は誰だ?」と聞くのも、なんか気が引けるなぁ。
「真紀! 無事か!?」
車内から男の人の声が聞こえた。まだ中に人がいるのか。
「パパ! 大丈夫だよ~。ママは?」
「私も無事よ。ちょっと頭痛いけど……」
女の子は開けたドアを覗きこみながら、誰かと話している。車内には男の人の他に、女の人もいるみたいだ。
「よいっしょっと! ふぅ……。ほら、掴まって!」
男の人が中から出てきた。頭から流れている血を拭い、拭った腕とは反対の腕を車の中へと伸ばした。この人がさっきの声の主の男の人のようだ。
女の子と同じく、緑色の髪をしているが、所々血で滲んで茶色くなっている。髪にはウェーブがかかっているようだけど、あの事故のせいでくしゃくしゃになっている。
「よいしょっ! はぁ……ここどこよ?」
女の人も男の人に手を引っ張っられて姿を現した。女の人の方は、桃色の髪をしていて、ストレートロングだ。こちらも事故のせいで、跳ねっ毛がある。
どうやら車に乗っていたのは、この三人だけのようだ。彼女がパパとかママとか呼んでいたけど、家族なのかな?
「う~ん、わからん。ひとまず調べてみよう」
そう言って、男の人はまた車内に戻っていった。女の人と女の子は、車から降りて地面に足をついた。転倒した車を眺めて頭を抱えている。
「ずいぶんとボロボロになっちゃったわね~」
「アナタがあんな乱暴な運転するから……」
「ごめんよ……」
あの、皆さん、僕がいること忘れてません? 完全に取り残されてる感が否めないんですけど。
「あ、あの~」
「ん? 何? ていうかあなた誰?」
ようやく緑髪の女の子が僕の存在にもう一度気づいてくれた。僕も君達が一体誰なのか知りたいんだけど……。これは僕から名乗るべきなのかな?
「えっと、僕は……」
「え? まさか過去の人間!? ちょっと!タイムマシン見られちゃったわよ! アナタ、さっきのキューブ! 早く早く!」
なぜか、桃色髪の女の人がいきなり取り乱し始めた。どうしたんだろう。ていうか、今タイムマシンって聞こえたような……。
「落ち着きなって。むやみやたらに使う訳にはいかないよ」
車内から男の人が再び出てきた。いくつかの黒いバックとリュックを背負っている。あの荷物の量からして、家族で旅行に来ていたのかな。
「あ、私のリュック~」
「とりあえず、荷物は全部外に出しとこう」
「ねぇパパ、ここは何時代なの?」
「調べてみたところ、西暦2019年。約84年前だね」
「これまた微妙な時代ね」
さっきから何を話しているんだろう。ますます置いていかれる。僕を置いて勝手に話を進められても困る。状況が全然理解できない。
「次はこいつをどうにかしないとなぁ。まだ動かせるかな?」
ビリッ! ジョロロロロ
何か音がしたような気がしたが、うまく聞き取れなかった。
「まさか! 壊れてはいないわよね!?」
「どうかな。まずは向きを元に戻そう」
男の人は車の周りをウロウロし始めた。さっき女の人が言ってたタイムマシンという言葉が、どうにも引っ掛かる。まさか、これが?
「ねぇ! そこのあなた!」
「え? 僕?」
女の子が声をかけてきた。
「うん。あなた誰? この時代の人間なのよね?」
「時代? えっと……うん。多分」
「何よ多分って……。名前は?」
「えっと、青葉m……」
「みんな大変だ! 燃料が漏れてる!!」
僕の名前が男の人の叫び声にかき消された。燃料が漏れてる?
「嘘っ!? 二人共! 逃げなさい!!!」
男の人と女の人は荷物を両脇に抱え、車から離れるように逃げた。僕達にも逃げるよう喚起する。
「え、何? なんで?」
女の子が首をかしげて尋ねる。
「爆発するわよ!!」
爆発という言葉を聞いた瞬間、動物としての本能が働き、気づいた時にはもう足が動き始めていた。僕は女の子と一緒に全速力で逃げた。
ガッ!
「あっ!」
ドサッ!
すると、女の子が石につまづいて転んだ。僕は足を止め、女の子の方を振り向いた。車は……いや、タイムマシンはビリビリと激しい電流に覆われていて、今にも爆発しそうだった。僕はふと気がついた。
このままではあの子が爆発に巻き込まれる!
『真紀!』
両親は娘が転んだことに気づくのが遅れてしまい、名前を呼ぶことしかできなかった。
まずい! あの子が……真紀が……。僕は一目散に駆け出した。
ドガァァァァァァァァン!!!!!!
* * * * * * *
爆風が周りの倒木や岩もろとも吹き飛ばす。
「真紀!?」
アレイと愛は真紀の姿を追うが、煙に遮られて確認できない。それでも二人は、煙をかき分けて突き進む。
「真紀? はっ!」
二人は真紀を見つけた。真紀の上に何者かが覆い被さっている。
「あ、あなた……」
満だった。満が間一髪で盾となり、真紀を爆風から守ったのだ。よって真紀は大した怪我を負ってはいなかった。しかし、満の意識は朦朧としていた。
「なんで、あなた……」
「よかった……無事で……」
そう言い残し、満は真紀の方へ倒れ、気を失った。
「ちょっと! あなた! しっかりして!」
真紀がいくら声をかけても、満は返事をしなかった。炎上したタイムマシンは真っ黒な煙を上げる。その煙は遥か山の頂上まで高く登っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます