104.悪魔たちの降臨
遠くから何やらたくさんの駆け回る足音が聞こえた。
「······ん? なんだ······」
そう呟きながらサリーは身体を起こす。
目を覚ますために一度両頬をパチンと叩く。
薄暗い部屋の中を目を凝らして見回すとデニスが既に起きているのが見えた。
「なぁデニス、何事だ······?」
デニスが立っている方を向いてそう声をかける。
だが、デニスから返答はない。
聞こえなかったか?
そう思って声をかけようとした時だった。
「なぁデニ······」
「ま······まお······」
デニスが何やらボソボソと呟いているのが聞こえた。
その声は背筋を冷やすような、そんな不気味さを孕んでいる。
ほんの小さな声。
それが聞こえただけ。
たったそれだけの事のはずなのにサリーには何万の軍勢にも勝るとも劣らないような、そんな恐ろしさがのしかかった。
「まお······う······」
「なんだ······?」
不審に思ったサリーは立ち上がり、デニスの元へと歩み寄る。
暗がりの中背を向ける彼の白みがかった髪が月明かりに艷めく。
そんな彼の肩に手を置く。
「おいデニス、大じょ」
「······を殺す!」
顔がグルンと振り向いた。
その眼は大きく見開かれ白眼をむき、口の端からは涎が垂れている。
そしてその眼から口元へかけて禍々しい紫色の線が伸びていた。
悍ましい。
サリーにはその言葉以外にその色を表現する言葉が見つからなかった。
「魔王を殺す······魔王を殺す······」
「なん······だ······? なぁおいデニス! しっかりしろ! どうした!?」
そう叫びながらサリーはデニスの肩を揺らす。
だがデニスの眼の焦点は合わず、
“魔王を殺す”
その言葉のみをうわ言のように垂れ流している。
そのあまりの異様さにサリーはデニスの肩から手を離し、一歩二歩と後ずさる。
「一体なんだっていうんだ······? どうしてしまったんだデニス······」
サリーの本能が耳元で囁く。
“逃げろ”と。
“こいつは危険だ”と。
だが同時に心が呼びかける。
“デニスを助けろ”と。
“まだ助けられるかもしれない”と。
そんな感情のせめぎあいの中でサリーは立ち尽くしていた。
そんなサリーをよそにデニスは狂っていく。
首がカタカタと揺れる。
見開かれた眼がグルンと回る。
手や脚があらぬ方向へ捻れて行く。
紫がその濃さを増していく。
そしてついに――
「魔王を殺す!!!」
デニスの身体が閃光を放った。
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「ハァ、ハァ······」
ブラッドは駆けていた。
ただひたすらに獣道を。
背後からは依然としてあの“声”が追いかけてくる。
その“声”は耳元にまとわりつくようにブラッドの身体を蝕む。
その恐怖を振り切るようにひたすらに腕を振る。
この山のどこかにいるであろうかつての友を探しながら。
「コウ······メヒア······。どこだ」
ブラッドは獣道を下りながら周囲に眼を光らせる。
カイルとレディーナを皮切りとして、ヴァンパイアたちの魔人化が始まったのは間違いなく2人がこのデグリア山にいる証拠だ。
そう信じて駆ける。
そうして走っている時だった。
「おい! ブラッド!」
唐突に背後から叫び声が響く。
慌ててブラッドが振り向くと、そこには翼をはためかせる一番隊隊長ドラゴンの姿があった。
「ドラゴン······来たのか」
「俺の判断だ。これが俺たちの生き残る道だと思った。それ以上は何も言ってくれるな」
そう告げるドラゴンの顔はどこか悔しげだった。
当然のことだ。
そう、ブラッドも思う。
ドラゴンは今、仲間を見捨てて来たのだ。
万に一つも可能性が無いとはいえ、仲間全員を救う道を断って自分たちだけが生き残る道に決めたのだ。
仲間思いの熱い隊長であるドラゴンがこの決断を悔しがらないはずがないことはブラッドもよく分かっていた。
それでも、1人でも多く生き残るため彼はついてきてくれた。
それだけでブラッドは少し救われた気分に浸っていた。
そんなブラッドにドラゴンは問う。
「それで!? 俺たちはこれからどうすりゃいい!? 今はひとまず逃げてるが魔人ってのは恐ろしく強いんだろ? ただ逃げるだけじゃどのみち俺らは全滅だろ!?」
並走するドラゴンの顔から必死な声が飛んでくる。
だからブラッドもそれに懸命に応える。
「魔人化の原因はコウとメヒア······。2人、探さないと······!」
「あのヒョロガリとつるっぱげか!?」
「お、おう······」
ドラゴンの歯に衣着せぬ物言いに若干困惑しつつも、話が通じたことにブラッドは安堵する。
そんな2人の視界から次第に木々が消えていく。
ついにデグリア山から脱出したのだ。
そして、乾いた土壌に広がる貧しい草原と暗夜に輝く星々が視界を占める。
ブラッドたちの心の中とは不釣り合いなほど綺麗に煌めく夜空。
2人とも一瞬呆気に取られたように空を見上げた。
その時だった。
突如頭上から落雷があったが如く、一筋の閃光が走る。
夜空の星のひとつが落ちてきたのかと思うほどの光に思わず2人は顔を手で覆った。
「くっ······! なんだ!?」
光が収束していき、辺りに舞う砂埃が晴れていくと次第にその閃光の|正(・)|体(・)|た(・)|ち(・)が見えてきた。
「あ、あれは······!」
月明かりに照らされた無数のシルエット。
天から舞い降りたそれはさながら悪魔。
その悪魔たちの先頭にいるのは2人にもよく見覚えのある人物だった。
「あいつはタカシ······それにバーデンか」
「あれぇ、ちゃんと覚えててくれたんだぁ隊長さん。嬉しいよぉ」
その呑気な口調からはある種の余裕のような雰囲気が感じられる。
何故そんなものがあるのか。
その理由はブラッドにも、ドラゴンにもよく分かっていた。
タカシたちの背後、そこには|本(・)|物(・)|の(・)|悪(・)|魔(・)|た(・)|ち(・)が佇んでいたのだ。
「魔人だ······」
「あれが······魔人······! なんて禍々しいみてくれをしてやがる······」
ドラゴンは思わず身震いをした。
魔人の身体から放たれる威圧感。
それがドラゴンの身体に思い切りのしかかる。
ドラゴンにもブラッドが魔人を恐れる理由がようやくわかった気がした。
「魔人ってのはあんなに恐ぇもんなのか······」
「あはは。気に入ってくれたぁ? アルミリア様からねぇ、お使いを頼まれたのぉ」
そしてタカシはニヤリとする。
「魔族を皆殺しにしろってねぇ」
「そんなこと! この俺がさせねぇ!」
「吠えたって無駄だよぉ。お兄さんにも見えてるでしょぉ。この魔人の数がぁ」
ドラゴンにもわかっていた。
自分がどれほどの窮地に立たされているかが。
山のような魔人の数。
その数は大雑把に数えても100はいるように見える。
「おいブラッド······どうする、こりゃあ」
「俺にも······わからない。だが、やるしか、ない······!」
そんな2人に追い討ちをかけるように声が響く。
「あ! ブラッドたちいたっすよ!」
「おぉ! ほんとじゃ! ようやく見つけた」
背後から響くその声にブラッドが振り向くとそこに居たのは
「コウ······メヒア······!」
探し求めた友。
それがようやく現れた。
この災禍の元凶がようやく姿を見せたのだ。
その手に土産を持って。
「これ、やるっすよ」
そう言って|何(・)|か(・)を放り投げた。
ドサリと音を立ててブラッドたちの前に落ちる。
それを見てブラッドとドラゴンは固まった。
「嘘······だろ······? おい、おい! ゴーレムッ!!!」
コウが放り投げたもの。
それは二番隊隊長であるゴーレムの首だった。
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