101.亡き人


 光輝くハヤタ。

 その後ろで彩華は怯え、震えていた。

 トラウマとも言うべき存在が今ここに再び帰ってきたのだ。

 恋人の体を使って目の前で魔族を惨殺するハヤタの姿が脳裏に甦る。

 楽しげに屠るその様は呪いの恐ろしさを象徴するかの如く、死神を彷彿とさせるようだった。


 そんな悪夢が再び。


 そう思うだけで目の前がぐるぐる回って、真っ暗になって、ついには立って居られなくなった。

 吐き気に耐えながらへたりこむ。

 怒りと悲しみとがごちゃ混ぜになって彩華の心に大雨を降らす。


「隼人······」


 泪が一粒、手の甲に落ちた。




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 無力感、虚無感、絶望感。

 それらが濁流となって押し寄せてくる。

 ウィッチは感じていた。

 隼人の身に起きたであろう微かな異変を。

 それは戦いの最中小さな、本当に小さな違和感として心の中に立ち込めていた。

 言葉の些細な違和感、挙動の些細な違和感、その他もろもろ。


 でもウィッチはその違和感を一切無視していた。

 当然、それを気にしていられるほどの余裕が彼女になかったというのもある。

 でもそれ以上に隼人を、そして理を信じたかった。

 理が大丈夫と言ったから。

 2週間と、短い期間と言えど苦楽を共にした隼人だから。


 でもその結果がこれだ。

 目の前で為す術なく側近を殺された。

 本当に無惨に、嫌味なほど美しく。


 自分を信じた。

 理を信じた。

 隼人を信じた。

 そして、裏切られた。


 普段であれば気丈に振る舞うウィッチもすっかり心が折れてしまった。

 もう何を信じればいいかもわからない。


 目の前では光を纏ったハヤタと顔から表情が消えた理が対峙している。

 理の眼から光が消えた。

 いつもの朗らかな優しい雰囲気はなりを潜めている。

 ウィッチは気付く。

 理もまた、裏切られたのだと。

 この状況で理の心に寄り添ってあげられるのは自分しかいないのだと。


 でも、力の及ばないあたいに一体何が出来るというのか。

 何も出来やしないじゃないか。


 そんな言葉がウィッチを押し潰す。


「くそっ······!」


 力なく地面を叩くしか無かった。





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「へっへっへ。どうだ? こっからが俺の魅せどころだぜ!!!」

「そっか」


 僕は静かに、そう返す。

 それを見てハヤタはどこか不満げに顔を顰めた。

 つれない僕の態度が気に入らない様子だ。

 でもそんなことは知ったこっちゃない。

 一刻も早く終わらせなきゃいけないんだから。


 でも問題がひとつある。

 この状況を|ど(・)|う(・)|や(・)|っ(・)|て(・)終わらせるか、だ。

 まさか、隼人を殺す訳にはいかない。

 となれば最善手は呪いを解くことだと思う。

 だけどもちろん僕はその方法を知らない。

 さっきの焦り方からして多分アルミリアもそれは同じなんだろう。

 多分かけた本人であるサマリアのみ解呪できるんだと思う。

 ってことはこの方法はあまり期待できない。


 なら、どうする?


 その答えは僕にはひとつしか思い浮かばなかった。

 ちょっと強引だけどハヤタの意識を奪う。

 これしか考えつかない。

 隼人の身体、出来ることなら傷つけたくはない。

 だからこの戦い、さっさと終わらせる。


 そう決めてハヤタを見つめると、僕の態度が気に入ったのか少し口角を上げた。


「よしよしよしよし!!! パァっといこうぜ! 極・光魔法!!!」


 そうハヤタが叫ぶとそれに呼応して両の掌に光球が顕現した。


 修行中やたらうるさかったあれか。


 そう思いながら駆ける。

 地面を蹴り飛ばして一気に彼我の距離を詰める。

 あの大技、出される前に止めてやる。


「はっ!!!」


 そう叫びながら拳を突き出す。

 すると僕の背後から腕が伸び、ハヤタに掴みかかった。

 ······が、しかし


「甘ァい!!!」


 ハヤタに触れたその瞬間、影の腕は粒子となって消え去った。


「なっ!?」

「ここでくたばれ魔王!!! ハァァァァ!!!!!」


 ハヤタの両掌がこちらを向いたその瞬間、閃光が走った。


 やばい!


 そう思った時には身体は勝手に動いていた。

 背後の腕に僕の身体を弾き飛ばさせる。

 すると間一髪、僕の頬をスレスレで閃光が駆け抜けた。

 その直後、爆風が僕の身体を煽り飛ばす。

 音と光と砂とに揉まれながら地面をゴロゴロと転がされる。

 地面に指を立ててなんとか体勢を立て直した頃にはハヤタとは20mほど離れてしまっていた。

 ゆっくりと息を吐きながら立ち上がる。


 危なかった。

 もしあと0.1秒でも行動が遅れてたら僕の頭は消し炭になってただろう。

 正真正銘、死だ。

 側近の仇討ちも、隼人を取り戻すことも、サマリアに罰を刻み込むことも、何一つ成すことが出来ないところだった。

 あそこで反射的に身体が動いたのも修行の成果と言えるのかもしれない。

 だけど命拾いした今、重大な問題がひとつ発生した。


「闇魔法が······通じない······」


 腕が触れたその瞬間消えてしまったのだ。

 原因は分かってる。

 ハヤタが纏っている光魔法のせいだ。


 以前玉座の間で戦った時も闇魔法は光魔法で消された。

 でもその分、光魔法にも闇魔法に対しての弱点を持っていた。

 頭上に光球があるせいで自身の影が常に真下に濃く存在することだ。

 でも今回はどうだろうか。

 今のハヤタの頭上に光球は存在しない。

 それどころかハヤタ自身が光ってるせいで影すらないのだ。

 これじゃ僕から攻撃することができない。


「上手く避けたな魔王さんよォ! でも残念だったな。お前は俺に触れることさえ出来ないんだぜ!」


 悔しいけどその通りだ。

 闇魔法が通じない。

 それは僕にとって致命的だ。

 思わず歯軋りしてしまった。


 今のままじゃ勝てない。


 その言葉が心の中を飛び回る。


 どうする。

 僕はどうすればいい。

 僕に何が出来る。

 教えてよ側近。

 側近ならこんな時なんて言ってくれる?


 知らず知らずのうちに亡き友に縋っていた。

 こっちに来てから、誰よりも僕の傍にいて誰よりも僕のことを見ていた。

 そんな側近に問う。

 天を仰ぐ。


 ねぇ、教えてよ。

 側近。


「どうした? もう終わりか? 案外呆気ないもんだなァ! いいぜ終わりにしてやるよ! 仲良しの側近の元に送ってやるぜ!」


 その言葉と同時にまたさっきと同じ構えをする。

 掌に光球が煌めく。

 着実に死へのカウントダウンが始まる。

 そんな時、心の中にひとつの言葉がポツリと落ちてきた。


“まずは火属性魔法だ。頭の中で炎をイメージして手に力を込めてみろ”


 炎をイメージ、そして手に力を······込める!!!


「火魔法!!!」


 突き出した両腕からゴゥと音をたてて巨大な火球が飛び出した。








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