79.血の味
「サリー、そっちは異常はないか? 」
「えぇ、今のところは。そっちはどう? 」
「大丈夫だ。コウモリからの連絡もない。」
山頂付近でサリーとデニスは側近に言われた通り、人間が攻めてこないか見張りをしていた。
山の中にあるヴァンパイアの住処は理の指示により魔族で溢れかえっている。
その大半は一般市民。
なんでも、捕らえていたはずの人間が脱走をしていたため城下町にいては危険なのだそうだ。
いくら先の勇者の件でたくさんの者が死んだとはいえ、とてもじゃないがあの広さの町で全員を守りきるのは厳しいものがある。
それを踏まえた彼の判断の速さに2人とも感心していた。
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サリーとデニスは町で瓦礫の撤去をしていた。
みんなが手際がよく、なおかつ一生懸命に仕事を進めてくれたお陰で予定よりも早く町は片付きそうだ。
久々の城下町を少し楽しみにしていたはずが勇者の出現によりこんなにも胸の痛い再会になるとは思ってもみなかった。
でもどんなに辛いことがあろうとみんなで励まし合い、笑顔を絶やさないこの町の者たちを見ているとその痛みは自然と癒されていく。
「もう少しで一段落着きそうね。」
「そうだな。みんなよく頑張ってくれてるよ。俺たちのことを見ても誰も嫌な顔一つしない。むしろ俺たちのことを心配してたって声をかけてくれるからな。ほんと、魔族ってのは良い奴ばかりだ。」
「そうね。魔王様も少し見ないうちに大人になられてたわね。」
「あぁそうだな。前は少し人見知りな所とか恥ずかしがり屋な所もあったが今となっちゃ立派な方になられたよ。」
そう言って2人は頷きあった。
この町での失った時間を少しずつ取り戻すように。
楽しかったあの日々を懐かしむように。
しかしそんな楽しい時間もあっという間に消し飛ばされる。
「急げ! 荷物は最低限にまとめるんだ! 移動に不自由があるものは速やかに申し出て! 」
そんなドラゴン兵の声が突如として町に響いた。
状況の掴めないサリーとデニスは作業の手を止めキョトンとする。
「ねえ、何かあったの? 」
「多分そうなんだろうな···。でも一体何が···。」
すると路地の奥からこちらに走ってくる人物が見えた。
側近である。
そしてそのまま2人の前で立ち止まると息を切らしながら要件を手短に話す。
「サリーさん! デニスさん! ハァハァ···。話は聞いてますか? 」
「いえ、なんの事だか···。」
「ハァ、そ、そうですか。では簡単にお話します。捕らえていたはずの人間が2人、昨晩のうちに脱走しました。ですからいつこの町に人間が攻めてくるか分かりません。なので魔王様の発案により城下町の全員をデグリア山へ避難させます。お二人にはその事を長へと伝えていただきたいのです。」
「なっ···! 」
サリーとデニスは側近の話に一瞬固まってしまった。
2人とも隠密部隊なだけあってあの地下牢がどれだけ強固なものか知っていたからだ。
だが今そんなことを考えている余裕はないと瞬時に頭を切り替える。
「分かりました。急ぎ山へ戻り、受け入れの準備をさせます。」
「ありがとうございます。それと山へ着いたら見張り役もお願いします。なんとかそちらへは人間を向かわせないようにしますが万が一の事があってはなりません。どうかよろしくお願いします。」
「はい! 」
了承を得た側近はまた別の場所へと走っていった。
恐らく町の各所を回って避難の根回しをするのだろう。
非常時でも的確に判断できる側近には頭が上がらない。
2人ともそう思ったのだった。
そしてそこからの2人は速かった。
手近にあった必要な荷物だけを持つと全速力で走り出す。
彼らは隠密部隊の隊長と副隊長だ。
その肩書きに違わずその移動速度は常人のそれをはるかに凌駕している。
理たちが5kmを1時間かけて歩いたのに対し2人は同じ時間で25kmほど進んだ。
側近が2人の元へとやってきたのが午前10時頃だったため、到着は11時を少しすぎた頃だった。
山道を言葉通り飛んで登り、長の元へ直行する。
「大変ですっ!!! 」
「何事ですかな?」
そこからサリーはここに来るに至るまでの大まかな経緯を手短に話した。
「なるほど、わかりました。急いで受け入れの準備をさせます。2人は側近に言われた通り見張りをしとくれ。」
「わかりました! 」
そこからはヴァンパイアも動きが早かった。
長からの集合の合図がかかると全員が食堂へと集まる。
そして長の支持を受けて各人がそれぞれ担当の場所を整理し始めた。
最低限の寝床を用意する必要があるからだ。
そしてサリーとデニスは山頂へと急いだ。
そこには物見櫓があり、木々のお陰で上手く外部から擬態しているように見えるのだ。
「コウモリを飛ばして。私は北と東に飛ばすからデニスは南と西をお願い。」
「あぁ、わかった。」
そこから2人は見張りを開始した。
2時間ほど経過したところで下から食事が運ばれてきた。
2つのパン。
そして2本の赤い液体の入った瓶。
つまりは血液である。
「そう言えば血を飲むのは久々だな。」
「そうね。城下町だと血液が手に入らなかったからね。」
ヴァンパイアは血液を摂取しなければ命を落とす。
しかしその頻度というのはひと月にこの瓶一本分で十分である。
飲まなくても3ヶ月は生きていられる。
だが彼らが血液を摂取する理由はもう1つ存在する。
それは身体能力の向上である。
血液を摂取してから1週間ほどの間は視覚や聴覚などの五感だけに留まらず単純な膂力や俊敏性、さらには思考能力にいたるまで様々なものが通常の倍ほどの力を得る。
摂取する血液が人血であるならばその効果はさらに増幅すると言われている。
そしてこの戦いが厳しいものになるかもしれないことは長も含め誰しもが理解していた。
そのためこの時全ヴァンパイアに血液摂取が命じられたのだった。
そして2人は手早くパンを詰め込むとそれを兎の血液で流し込んだ。
そして再び見張りに集中する。
そこから更に3時間ほど経つと続々と魔族がデグリア山に到着するのが見えた。
子どもや老人、けが人らはゴーレムの引く荷車に乗せられ、その周りを兵だけでなく動ける大人全員で護衛していた。
そこからヴァンパイアたちの誘導により、30分後には全魔族がデグリア山へ到着した。
つまり彼らの命は見張りをしているサリーとデニスの両肩に重く、とても重くのしかかったということだ。
緊張から喉の乾きを感じる。
喉の奥の方から血の味がせり上がってくる気がした。
そして糸が張りつめたまま何事もなく夜が訪れるのだった。
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