68.犯人と容疑者
「話すって言っても僕から話せることはほんとにちょっとしかないからな? これは嘘じゃないから、頼むから情報が少ないだのなんだのっていちゃもんつけてまたさっきみたいなことすんなよ? 」
そう言っているアルシアの顔はさっきまでの威勢はどこへやらといった様子ですっかり青ざめている。
側近に二の腕を抉られたのが相当こたえたようだ。
アルシアの能力云々はよく分からないが話を聞く限り財務大臣だった親の七光りで成り上がったような人物にとってこの手の方法はよく効くらしい。
そして怯えたようにアルシアは話し始める。
「俺が人間側と最初に接触したのは一週間ほど前のことだ―――」
―――――――――
「ち、父上! それはどういう事だよ!? 突然大臣職を追放されただなんて···。父上がいなきゃ俺はこれからどうやってあそこにいりゃいいんだよ!? 俺を大臣にしてくれるって話はどうすんだよ!? 」
「···儂は人間と接触する。」
そう言われて私も最初は父上が何を言ってるのか理解出来なかったよ。
ただ呆然としちまった。
何せこれまで未来の地位も安泰な上に今の仕事にもそれなりに満足してたからな。
でもそんな俺を他所に父上はどんどん話を進めていった。
「大臣職は儂らの先祖から代々受け継いできたものじゃ···。それをあんな若造に気に入られんかった程度で追放されるなぞ末代までの恥じゃ。それだけはあってはならん。」
「じゃ、じゃあ一体どうすんだよ? 人間と接触なんてしたとこでどうにもならないんじゃねぇのかよ!? 」
「人間に···あの若造を殺させる···! 」
そう言った父上の顔は怨念が渦巻いていた。
その顔を見ると俺には何も言えなかった。
これ以上何を言ったって父上が聞くわけもないし何より父上を怒らせた時の怖さは俺が一番よく知ってるからだ。
···さっきの側近といい勝負ってとこだな。
まぁそれはさておき、それ以降父上は口すら聞かずにただひたすら何かを待っているようだった。
そして次の日、突如人間は僕の家にやってきた。
レアードって名前の部隊長だった。
「あなたが元財務大臣のヘイグさんでそちらが息子さんのアルシアさんですね? 私は部隊長のレアードと申します。昨日頂いたヘイグさんの要請を受けて参上した次第です。」
「よくいらっしゃいました。さぁさぁ中へどうぞ。」
そう言って父上は家の応接室にレアードを通した。
「なぁ父上。要請ってなんの事だよ? 俺はそんな話聞いてないぞ?」
「あの若造を殺す算段を話し合うのさ。お前も来い。」
父上のその顔は有無を言わせぬものだった。
そしてレアードと対面する。
「もう既にお聞きとは思いますが儂からの要望は儂ら家族の人間の街での安全な暮らしです。その対価として儂らの知る限りの情報をそちらにお渡しします。いかがでしょう? 」
「えぇ、伺っております。上の者とも相談したところ了承が得られました。ですのでヘイグさんと奥さんは今日付で我々の国に籍を用意しております。そしてアルシアさんには申し訳ないですがもう暫しの間、間者を務めていただきます。そう長い間ではございませんのでご安心ください。」
「は、はぁ···。間者、ですか···。」
間者、つまりはスパイだ。
そして情報が入り次第このレアードという男を通して人間側に伝えるということだ。
そして俺は少し悩んだ末、二つ返事で了承した。
そして早速明日に決行される作戦の詳細を伝えた。
「なるほど···。情報提供、感謝致します。ではこのことを軍に戻って伝えますのでこの辺りで失礼致します。」
「ご苦労様でした。今後ともどうぞよろしくお願い致します。」
そう言って父上が礼をするとレアードもそれに合わせて礼をした。
そして顔を上げるとレアードはすぐに家を出ていってしまった。
俺が外を見た時には街灯で照らされた道にレアードの影はなかった。
次の日の戦乱に紛れて父上と母上は人間側に保護されてそのまま人間の街へと行ってしまった。
そして私は間者としての仕事をこなしていった。
―――――――――
「···そして今日、バーデンとタカシを引き渡す時にこの紫水晶を受け取ったのさ。なんでもこいつには呪いの力が込められてるらしくてな、こいつに魔力を込めると予め魔人化の魔法をかけてある人間を魔人にする引き金にできるって訳だ。そして人間はこれを山ほど作ってるらしい。そう遠くないうちに魔人軍団を作って一気に攻めるって意見も出てるらしいからな。とまぁ僕がしってるのはこんなもんだ。···最初にも言ったけど俺にはこれぐらいしか話せることがないんだ。頼むから殺さないでくれよ? 」
そう言い終わるとアルシアは額の汗を拭った。
そして側近が今度は口を開く。
「間者をしていたと言ってましたがむこうにはどの程度まで伝わってるのですか? ···例えば理のこと、とか。」
「あぁ、そういえばそのことを言い忘れてたよ。俺がそれをレアードに伝えるとな、どうもそのことを知ってそうな返事の仕方だったんだよ。私としてもこれは目玉情報のつもりだったんだがな。」
「なっ······! 」
この言葉で場が凍りついた。
なん···だって···?
僕のことを···知ってる?
どういうことだ···。
僕はこれまで側近にしかこのことを伝えていない。
そして側近がそれを伝えたのはバティたちと隊長たちのみだ。
それなのにアルシアより先にそのことを人間側が知ってるとは一体どういうことなんだ?
そして僕は考えたくもない、1番最悪な1つの考えにたどり着いてしまった。
それはウィッチも同じだった。
「···こんなことはあたいも考えたくないんだけどね、まさか側近。あんたこいつと同じで人間側の間者なんじゃなかろうね? 今まで通りあんたのことは信頼してもいいんだろうね!? どうなんだい!? 」
「たしかにこの状況で私が疑われるのは間違ってはいません。ですがこれは断言できます。私は絶対に間者などではありません。それにもし私が間者なのだとしたら人間は間抜けとしかいいようがありませんよ。」
「どうしてだい? 」
「だって私ほど理に近い立場にいる人物が間者をしているというのにさらにリスクを犯してまで2人目の間者としてアルシアを雇うなんてことする必要がないじゃないですか。」
「たしかにそれはそうだけど···。でもそれだけで完全に信用は今はできないね。もしかしたらこいつを囮にしてあんたの存在がバレないようにしてるかもしれないしね。」
「えぇその通りだと思います。ですから今はそれでも良いです。私のことは信用できない者として扱ってもらって結構です。致し方ありません。」
側近がここまで言うのだから僕としては全面的に信頼したい。
でもその結果として僕らはアルシアに騙されたばかりだ。
みんなが不審がるのも僕からは何も言えない。
でも今はそれよりも優先すべきことがある。
「側近のことはまた後でみんなで話し合おう。それよりも今はあの魔人の中の人をどうするのか決めよう。生憎アルシアからは大して情報が得られなかったんだから僕らでどうするか考えなきゃ。」
これにはみんなが首肯してくれた。
「たしかにそうだね。」
「なぁその事もなんだがちょっと気になったことがあるんだけど、いいか? 」
「ん?バティ、どうしたの? 」
するとバティは右手でアルシアの方を指さして答えた。
「さっきからすごい気になってんだがなんでお前はさっきから一人称がコロコロ変わってるんだ? 口調もなんか乱暴になってるしよ。」
「は? なんのことだよ。僕は前から俺って言ってたし私の口調は前からこんなもんだ。な···ま、魔王、何言って···魔王をこ、ころ、何言っ···魔王を殺、す。魔王を殺す!···魔王を、殺す!!! 」
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