第73話 はなび

 吾輩はネコである。

 名前はちび太。



「たーまやー」


 花火が打ちあがるたびに、ご主人様が小さく歓声を上げる(隣人に迷惑にならないように)。


 今日は近くのイベント会場で毎年恒例の夏の花火大会が行われているのだ。


「かーぎやー」


 そして今の住まいはアパートの一階にもかかわらず、この部屋からだけは、ちょうどビルとビルの合間を通して、ちょろっとだけではあるものの花火を見ることができるのだった。


「ちーびたー」



 そしてなぜか時々そこに入る吾輩の名前。

 おそらくリズム的なもので、3文字であれば何でもいいのだと思われる。


 もしかしたら「たまや」の「たま」が猫の名前っぽいから連想しているのかもしれない。

 作家とは言葉にセンシティブな生き物であるからして。


 そして花火を見るご主人様の顔は、愁いを帯びた大人の顔をしていた。


 きっと、あの夜空に輝く花火のように「自分も作家として大きく花開き、たくさんの読者を笑顔にさせたい」なんてことを考えているのだろう。


 ご主人様は夢に向かって邁進する夢追い人――しかしやや夢見がちなポエマーであるからして――。


「来年は彼女を作って一緒に花火を見に行きたいなぁ」


「……みゃーお」


 とても世俗的で、男の本能に忠実なご主人様であった。

 吾輩の心、ご主人様知らずである。

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