二人は歌う

 結界の剥がれた無防備な《竜》を守るために集った魔獣達は、《竜》を覆い尽くさんばかりにまとわりついて、まるで鎧のように分厚く固まっていく。


 エルドは試しに剣を振り抜いて、雷の刃を飛ばしてみた。しかし、それは《竜》に辿り着く前に"鎧"に阻まれてしまった。

 そこに居た魔獣達は撃ち落とされたが、また新たな魔獣が補うようにまとわりついて"鎧"は即座に補修されるなど、その防御を突破するのは容易ではなかった。


「くっ……僕たちは《竜》を倒したいわけじゃないのに……」


 しかし、その様な人間の理屈は通じない。エルドはこちらに向かって襲いかかる魔獣達を斬り払いながら《竜》に近付こうとする。しかし、魔獣達は雪崩のようにエルド達に押し寄せ、決して近付くことを許さなかった。


「だけど、ローレンスを送り届けるまで退く訳にはいかない!!」


 エルドは全身にまとった雷を一気に放出して押し寄せる魔獣を払い除けた。そして、一匹の飛竜の背を足場にすると、剣を高く高く放り投げた。


「エルド何を……?」


 疑問を浮かべるローレンスをよそに、エルドは両手をクロスさせ、空を切る様にそれを振り抜いた。

 すると、その両の手の先から、無数の雷糸が伸び、"鎧"を為す魔獣達に絡みついた。そしてエルドが魔獣達を無理矢理に引き剥がすと、戻ってきた剣を手に取り、剣先で糸を絡め取る。


「ハァっ!!」


 最後に土壁に剣を突き刺すと、雷糸をクモの巣状に広げた。刹那、その糸の巣を伝って膨大な雷が周囲に迸った。

 絡め取られ、引き剥がされた魔獣達はその巣の上で雷撃に焦がされると、次々と湖へと落下していった。


「よし、後は」


 次にエルドは雷糸をローレンスへと伸ばした。


「あ、おい、何を?」


 その糸自体に攻撃力はないが、エルドはローレンスを捕まえるとそれを釣り糸のような感覚で振り抜いて《竜》目掛けて投げ飛ばした。


「行っけぇええええええええええええええええええええ!!!!」


 弓なりにしなった雷糸に引きずられて、ローレンスは綺麗な弧を描くように《竜》の頭の側近くに着弾した。


「いってて……エルドのやつ、随分と無茶な」


 とは言え、今ので魔獣達の隙をまんまと突くことが出来た。

 下の方では、さらに押し寄せる魔獣達を相手にエルドは剣を振るい、雷撃を飛ばしながら応戦していた。どうやら、一匹たりともこちらに近づけるつもりはないらしい。


 ローレンスはそのことに感謝して、娘と相対した。


「やっと会えた。お互い、随分と様変わりしたな。レアは、なんというか大きくなった」


「Guuu……」


 ローレンスの軽口のせいか、娘の漏らす声に心なしか怒気が混じっている心地がした。


「悪い悪い。ま、今回はピアノじゃないけど、久々に歌でも一緒に歌わないかい? これでもこの十年間、結構練習してきたんだ」


 そう言って、ローレンスはゆっくりと口を開き、歌いだした。初めて二人が会ったあの日、彼女が奏でたあの曲を。


「…………」


 無貌の《竜》もためらいがちに口を開く、そしてゆっくりと声を発した。


 漏れ出る冒涜的な歌声、しかしそれはローレンスの紡ぐ歌とゆっくりと溶け合い、優しい旋律へと昇華していった。



*



「何これ……」


 娘の視線の先に広がるのは、黒い瘴気の湧き上がる湖であった。

 既に夜は更け、辺りは完全な真っ暗闇であったが、その暗闇よりも昏く、なお寒々しい黒霧はその目にはっきりと映っていた。


 そしてその湖面には、もがき苦しむ水生魔獣が浮かび上がっていた。


「一体何が……? た、助けなきゃ……」


 汚染された湖に入ったらどうなるかわからない。だと言うのに、娘の歩みは止まらなかった。しかし――


「え……あ、ひっ……何か。何かが入ってくる」


 湖に足を踏み入れた途端、その身を侵食し、その心を、記憶を真っ黒に塗りつぶすような情報の奔流が娘の全身を駆け巡った。


 ――ケテ――タスケテ


 それは救いを求める大地の声であった。呪いのこぼれた大地、汚染される湖、その被害を一身に受けるのはこの地に住まう生き物たちである。

 彼らは自分ではどうしようもない瘴気の奔流から逃れようと、思念を飛ばして必死に助けを求めていたのだ。


「どう、すれば……いいの……?」


 娘はその身に奔る激痛に耐えながら、声を返した。この大地の一員として彼らの痛苦を見逃すことなど出来なかった。


 ワカラ――ナイ――――ダレカヤッテキタ――ココ――ヨゴソウ――トリノゾ――テ――オネガ――タスケテ


 魔獣達は引き裂かれ変異していくその身に耐えかね、哀願する。


 その必死な声を受けて、彼女は自身に流れる瘴気を受け止めることを決意した。それが、彼女を人の理から外すであろうことを理解しながら……



 その日、《竜》の咆哮が響いた。



 湖に溢れる瘴気と廃液を一身に取り込み、汚染を抑える存在となった娘は、瘴気によって顔も身体もどろどろに溶け去り、理から外れたおぞましい姿へと変貌してしまう。



 ――だが、そこに嘆きはなかった。汚染を食い止められるのだから。


 ――そして、そこに後悔はなかった。それが、この大地の望みなのだから。



 しかし、涙はあった。もう二度と会えないかもしれないからだ。

 かつてこの地で出会い、心を通わせた少年。再会を誓い、機会を待ち続けた。しかし、その身は既に理から外れてしまった。きっと、彼は自分に気付いてはくれないだろう。


 そのことが悲しくないと言えば嘘になる。

 だが、それでも彼女は涙を振り払い、この身を捧げることを決心した。ただ、この地に住まう全ての生き物のために……

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