思い出の旋律

 石造りの家にピアノの音が響いていた。

 心を震わす旋律、一見悲しげだが、どこか心を明るく照らし、包み込んでくれる優しげな音の奔流。


 それを奏でていたのはブラウンの長髪の青年、ローレンスであった。



 初めて聞いたのは戦争を避け、この地に住む母方の親戚を訪ねた時だった。


 ――あなたの演奏には心がないわ。あのね、どれだけ技術が良くても、計算高くても、人の真心の籠もった打鍵やリズム、旋律には決して敵わないんだから。それに、心のこもった演奏は"奇跡"だって起こすのよ? ほら貸して、私が手本を見せてあげる。


 彼の音楽の根源にある言葉を頭の中で手繰り寄せながら、鍵を弾ませていく。初めて自身の心を震わせた旋律、それを片時も忘れたことはなかった。


「ローレンス、その曲は……」


 夢中で旋律を奏でるローレンスの背に中年の女性が声を掛けた。


「レア、あの娘が好きだった曲です。彼女と離れてからもこの曲はずっとこの頭の中に残り続けていました」


「でも、あの娘は……」


「いいえ、俺が必ず見つけ出しますよ。今でも彼女の存在を近くに感じる……きっと彼女はまだ死んでいません」


「そんな……本当なの?」


 女性は訝しんだ。誰かの存在を感じるなど、にわかには信じ難かった。


「知らないんですか、おば様? 音楽は"奇跡"だって起こすんですよ」


「奇跡……」


 女性がその言葉をそっと反芻した。


 それは"音"に親しんできたローレンスだからこそ扱える旋律魔法によるものだ。

 彼の中に刻まれた想い人の鼓動、それが寸分欠けること無く頭の中に残ったことですぐに気付くことができた。


「どうやらあの《竜》がまた、現れたみたいですし、そろそろ俺は行きますね。次はレアを連れてここに戻ります。だからその時は、あの懐かしいサワークリームのパスタを作ってください。できれば仲間の四人の分も」


「ええ、食べきれないほど用意しておくわ」


 そういってローレンスは槍を手に家を後にした。




 そして、それからしばらくの後、ローレンスは宿を出るエルド達と合流した。


「ローレンス、あなたはどこに行っていたのですか?」


「ちょっとした情報収集ですよ」


「情報収集?」


「ええ、あの《竜》が再び動き出しました。行き先は湖を挟んで反対側の北、恐らく魔導機工場に向かっているのでしょう」


「工場付近は労働者とその家族の住居が密集しています。陸に上がらせるわけには行きませんね」


「話を聞くに優先度は工場廃液の停止でしょうね。そのは俺が止めてみせますよ」


「一人なんて無謀だよ。僕もついていく」


 そういって前に出たのはエルドだった。


「いいのかい?」


「うん、工場の方にはイスマイルがいるから戦力的には十分だ。ある意味、不安ではあるのかもしれないけど」


「やだなー、信用ないなー」


「あの竜相手に二人でなんて、無茶です」


「その点は心配ありませんよ、殿下。俺に秘策がありますから」


「秘策……?」


「ええ、ともかく《竜》は任せてください。殿下は一刻も早く工場の方へ」


 正直、不安は拭えなかったが、廃液の停止は確かに急務であった。


「分かりました。お二人ともご武運を」


 目標はこの地の異変の元凶と思しき、廃液を止めることだ。こちらにはアリシア、フィリア、イスマイルが当たる。一方、工場に向けて歩みを進める《竜》の対処はエルドとローレンスが当たる、一同はそれぞれのやるべきことを確認し、二手に分かれた。

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