繋がるピース

 魔獣達の進撃は、エルドと州兵たちの尽力によって何とか目立った被害を出さずに駆逐された。しかし一体何故、魔獣達が突然に暴れだしたのか、その原因は誰にも分からなかった。


「カイムは目覚める気配は無しか。あんな竜を相手にしたら無理もないか」


 エルド達の宿泊先、そのベッドの上でカイムは眠り込んでいた。先の戦いで霊子を枯渇させた彼は、霊子欠乏症に陥っていた。

 こうなっては自然の回復を待つしか無い。


「仕方ありません。カイムくん抜きで今後についてまとめましょう」


 霊子の欠乏は顔色や頬のコケなどに反映される。顔を見ればどの程度回復しているか、大体の推測は立てられる。

 アリシアの見立てでは、カイムの回復にしばらく要するとのことであった。


「それは良いんだけど、ローレンスはどうしたの?」


 ふとエルドが辺りを見やる。そこには長身のキザな青年は居なかった。


「なにか心当たりがあるとかでどこかにふらっと消えてしまいました」


「気ままな人だよね、ローレンスくん」


 同行を願い出たというのに、ローレンス自身は単独行動をすることが多かった。そのことにやや呆れを浮かべながらも、エルド達は話し合いを始める。


「さて、これまでの情報ですが、気になる要素は二つですね」


「司教様の話された《魔神の黒霧》それによって変質したとされる怪獣――竜だね。伝承の通りならあれが今回の異変の原因ってことになるんだけど」


「でも、変だよね。そもそもあの竜はどこからきてどうして変質したのか、そこが分からないよ」


 エルドはゆっくりと司教の言葉を探る。


「確か負の感情を募らせた幻獣が変異するものと司教様はおっしゃってたけど、あれほどの変異を起こすなんて何があったんだろうか」


 三人は頭を悩ませる。この地方で確認される《伝承の獣》達、しかしその原因と目される竜自身もまた、《伝承の獣》であった。

 そこには一見、数珠つなぎのように物事が繋がったように思えて、どこか噛みあわせが悪くいまいち締まらない心地の悪さがあった。


「そうなるとアリシアの聞いてきた話か」


「キャドバリー侯の側に現れたフードの女性ですね。侯の不調を良いことに、この地を牛耳っているようです」


「このタイミングでそんな人が現れるなんてあまりにも不自然だけど、今回の件とどう関わってるんだろ。そもそも今回の異変、何が目的なのかいまいち見えないし。どうしても繋がらないな」


「アルスターで暗躍していたロージアンとイスマイル達はそれぞれリゾート地の開発や、イシュメル人の反乱の後押しと、ある意味では目的をはっきりさせてたよね。でも確かに、今回この地で起こる異変にはそれが見えない気がする」


「お二人の言う通りですね……そういえばフィリア、水質の調査の方はいかがでしたか?」


「あ、うん。アルスターの時と同じだね。フェリクサイトの廃液が混ざっていたみたい」


「ちょっと待ってフィリア、湖の汚染はあの竜の仕業で、フェリクサイトは関係ないんじゃ……」


「そういえばそうかも……え? どういう事」


 サザーランド各地で発生した《伝承の獣》、その発端となった《竜》、時を同じくして現れた謎の女性、湖に混ざったフェリクサイトの廃液、その全てが繋がりそうで繋がらない。


「こういう時こそ、カイムが居てほしいんだけど……」


 エルドが呟いた。


「そうね。カイムはああ見えて物事を俯瞰したり、推論を立てるのが得意だもんね。まったく肝心な時にこうなんだから」


 こういった話し合いの場ではさりげなく話を整理し、道筋を示していたのがカイムであった。こうして本人が居なくなることで、その重要性が身に染みてきた。


「仕方ありません。やはり、こういう時はプロの方にお伺いしましょう」


「プロ?」


「イスマイル、来てください」


 まるで従者を呼ぶような気安さでアリシアが呼びかけた。


「確かに僕はプロかもしれないけど、姫様の従者ではないんだけどね……」


 そうぼやきながらも、呼びかけに応じてイスマイルが転移してきた。


「ああ、まあ確かにプロだよね。えらく迷惑なプロだけど」


 フィリアが嫌味っぽく言い放った。


「あなたはこの地で起こっていることを"実験"と表現していましたね。単刀直入に言います。《伝承の獣》、教会の掴んでいる変異の条件、それ以外にも方法はあるのではないですか? そしてこの地で起きている変異は全て、あなた方が行うものとは異なるアプローチで実行されている。そうなのでしょう?」


 アリシアの問いかけにイスマイルはその口元をほころばせた。


「ふむ、カイムくんが推論や俯瞰的な見方に長けているのなら、姫殿下は人の言葉の裏を読むのが得意というわけか……そうだね、結論から言ってしまえば、僕も同じ様な推論にたどり着いた。最もその詳細に気付いたのは君たちの話を聞いてからだけど」


「では"協力者"として、その詳細について当然教えていただけますね?」


 今度は沈黙を返した。そして、しばらく考えるような仕草を見せると、ゆっくりと口を開いた。


「……それは、ちょっと。僕も、中間管理職みたいなものだし……」


 間を開けて出てきたのはそんなふざけた言葉であった。流石にエルド達も呆れて閉口した。


「戯言でかき回すのは結構です。お答えいただけないのであれば、他の方法を探るだけです」


「やれやれ、そっけないな。でも、あまりそう強気だと可愛げがないと思われるよ?」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべてイスマイルがからかった。


「余計なお世話です! 早く続きを!」


 さすがに乙女の心に傷が付いたのか、アリシアがまくしたてた。


「まあ良いか。実際、我々があの変異について知っているのは教会の知識と同等か、やや上ぐらいだね。変異へのアプローチも《伝承の獣》化した幻獣から《霧》を採取し、それを投与するという原始的な方法だ。まあ、それだけに色々とデメリットもあるんだけど、それはこの際置いておくとしよう」


「それでこの地の変異については?」


「おそらくヒントは出揃っているはずだ。今回の騒動の中で不自然だと思われた点も、変異に別のアプローチがあることを前提とすれば自ずと明らかになるはずだよ」


 この期に及んで、イスマイルはエルド達自身に気付かせるように言葉を絞った。すると、なにかに気付いたのかエルドが口を開いた。


「持って回った言い方だけど、流石に僕も気付いたよ。フェリクサイトの廃液、それが変異を引き起こした物質ってことだね」


 以前ちらりと目にしたフェリクサイトの廃液のサンプル、それがエルドの脳裏をよぎった。

 廃液の持つ気味の悪さ、汚染された水源の黒み、それらはよくよく思い起こすと、この地を覆う霧とリヴィエラ湖の汚染に雰囲気が似ているように思えた。


「確かにそうだとすれば合点がいきますね。本来あの竜はこの地に住まう魔獣で、湖の汚染によって変異した。そして、その汚染を引き起こしたのはフェリクサイトを扱う魔導器工房の支配者ということでしょうか」


「流石、アルスターの事件を終息させただけあるね。話もだいぶ整理されてきた。」


「そうなるとやはりすべての元凶はその女性、改めて工房を調べる必要があるでしょう」


 散らばりかけたピースが少しずつ噛み合っていった。


「ようやく詰めの時が来たね。今回のこの節操のない汚染は明らかにまずい。ひょっとしたら、この大地そのものが取り返しのつかない汚染に呑み込まれる可能性だってある。ぜひ殿下たちには最後までご協力願いたいね」


「言われるまでもありません。どういう意図があるかは知りませんが、あなたの目的は今回の件の合法的な解決、そうでしょう?」


「その通り。そういった手段は我々の苦手とするところだからね。戦力は提供するから大義名分をいただきたい」


「こんな男と手を組む時点で大義名分もあったもんじゃないと思うけど……」


 エルドが呟いた。


「まあ良いでしょう。概要が分かれば後は証拠を押さえるだけです。借りれる力はすべてお借りするつもりです。先程まで楽していた分、これからは遠慮なくこき使わせてもらいましょう」


「ハ、ハハ……どうかお手柔らかに頼むよ」


「っ……がぁっ……!!」


 その時、背後でカイムがうめき声をあげた。


「え?」


 その声を聞いてフィリアが後ろを振り返った。そこには悶え苦しむカイムの姿があった。


「そんなどうして……?」


 その様子を注意深く観察したイスマイルが口を開いた。


「霊子欠乏症は空気中の霊子を取り込むことで身体を回復させる。だけど今この地に満ちているのは《魔神の黒霧》、変質した霊子の霧だ。その様な状況で発症したら、行き着く先は……」


「そんな……」


「カイムはこのまま放っておけば、変異を起こすってわけか。まったく、世話を掛けさせてくれるよ」


「エルドそんな言い方――」


 フィリアが非難の目を向けた時、エルドが歯噛みしている事に気付いた。


「僕があの竜相手に情けなく倒れてたせいだ。それなら今度は僕がカイムのために一働きする番だ」


 エルドは握り拳を作って、部屋を後にした。他の者達もそれに続く。

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