鳴動する大地

 湖岸ではずっしりと膨れ上がった身体を鋼のように硬い鱗で固めた、凶暴な鰐型魔獣が闊歩していた。

 鰐達は、その万力のごとく力強く、暴竜の様に凶悪な顎で水辺の生物を食い散らしながら、人里へと押し寄せていく。

 何より恐るべきは、その鈍重そうな見た目に反して、鰐達は俊敏な所作で湖岸を掻き分けながら駆けずり回っていることだ。


 その湖岸を埋め尽くす鰐達の異様さに、人々は恐怖の声を上げ、怯え逃げ惑っていた。

そして、逃げ遅れた人々を見つけた鰐達は、空かせた腹を満たそうとその大顎を開いて一斉に飛びかかった。


「させない!!」


 その時、流星のごとく駆ける無数の光の奔流が鰐達の土手っ腹を打ち払った。その光の先には二挺の銃を構えたフィリアが立っていた。


「どうしてこんなところに鰐が……?」


 本来、寒さに弱いはずの鰐がこのような冷帯の地に現れることなどありえないことであった。しかし、どこに潜んでいたのか、凶暴化した鰐達は蟻のごとき群れを成して次々に湖から湧いて出てきていた。


「流石に数が多いかも。でも……」


 フィリアは弱音を吐きながらも、銃で鰐たちを威嚇して自身に注意を惹きつける。

 鰐達は直進的な動きでの敏捷性はなかなかのものであるが、どうやら衝撃を受けると、その方向にもたもたと身体を曲げて突進する癖があるらしい。

 フィリアはその習性を利用して、鰐達を銃撃で牽制しながら、的確にその背を足場にして跳躍していき、鰐たちを一所にまとめていった。


「ここ!!」


 フィリアは一箇所にまとめた鰐達の頭上に跳躍すると、両手の銃を連結させて、溜め込んだ膨大な魔力を一気に浴びせかけ、その極太の熱線で次々に鰐たちを焼き払っていった。

 すると瀕死状態に追いやられた鰐達は徐々に黒い靄を吐き出し、その巨躯をすぼませながら弱々しく細った元の姿へと次々に戻っていった。


「ふう」


 フィリアは一息ついた。どうやら周囲の鰐は一通り掃討できたようだ。しかし――


「きゃあああああああああ」


 遠方から悲鳴が響き渡った。フィリアは慌てて声のした方へと駆け出す。

 そこでは驚くことに、地中を掘り進みながら地上に現れた鰐の群れが母娘を襲っていた。母は必死に娘を抱き止めてかばうが、鰐達の獰猛な顎が母娘ごと噛み砕こうと迫っていた。


「しまった。間に合わ――」


 全速で走るフィリア、しかし、いかんせん距離が空いていた。それでも、何とか母娘を救おうと銃を撃ち放つ。フィリアの必死な想いを乗せて走る光条、しかしそれが届くいとまも与えず、鰐の顎はまさに二人を引き千切らんとするほど、間近に迫っていた。


「そんな……」


 フィリアはその顔を真っ青にさせた。しかし、その巨顎が届くよりも先に奔ったのは、一筋の閃光であった。


「え――?」


 フィリアは一瞬のことで状況が理解できなかった。

 しかし次の瞬間、閃光が凄絶な雷の奔流を纏いながら鰐を貫くと、轟音とともに周囲の鰐の群れを一瞬で薙ぎ払う天雷となって迸った。


 その荒れ狂う雷電のうねりを前にその丈夫な鎧は何の意味も持たず、鰐達はずたずたにその身を裂かれて、たまらず変異を解いた。


「もしかしてエルド……?」


 鰐たちを一層した閃光はやがて、ぷつんという一瞬の放電の後に終息し、中からエルドの姿が現れた。


「フィリア、よく持ちこたえてくれたね。どうして、魔獣達が急に暴れだしたのかわからないけど、なんとかなったみたいだ」


 エルドは軽くため息を付いて、息を整えた。二人の一連の攻撃で今度こそ、周囲の鰐達は迎撃できたようだ。

 しかし、街を襲う脅威はそれに留まらなかった。


「鰐の次は竜か……」


 今度はその空を覆わんばかりの数の中型の飛竜が、群れを成してリヴィエラ市街に押し寄せてきていた。鰐達と違って変異こそしてないが、その戦闘力はかなりのもので、その数と相まって危険であった。


「エルド、フィリア! ご無事ですか?」


 騒ぎを聞きつけて、アリシアとローレンスの二人もその場に駆けつけた。


「一体どうなってるんだい? 突如街に湧いた魔獣の数々、ここは動物園か何かなのかい?」


 こんな状況だと言うのに、ローレンスはとぼけたように言った。


「呑気なこと言わないでください。直に、この地の州兵が駆けつけてくるはずですが、あの数が相手だととてもこの街を守りきれませんよ」


 そう言って、アリシアは目の前に巨大な魔法陣を投影すると巨大な光の柱を飛竜の群れへと撃ち出した。


「ま、それもそうですね」


 続けてローレンスは槍を抜き放った。


「俺の美声にはこんな使い方もあるんだ」


 ローレンスは、エルド達の方へとウインクを飛ばすと、大きく口を開いて、美しい歌声を発した。同時に前に構えた槍の先端が振動を始めた。

 一体何事かとエルドは思ったが、ローレンスの歌声はそれと響き合うように増幅し、巨大な音の波となって飛竜の群れに押し寄せていった。


「ローレンスの魔法適性は『音』……でもこんな魔法の使い方があるなんて」


 アリシアとローレンスの放った魔法は、次々に飛竜たちを撃ち落とし、その数を減らしていく。飛竜達は、獲物に接近する隙も与えられぬまま一方的に駆逐されていった。


「なんだか二人がいれば、十分何とかなるような気もするけど……」


「おーい、エルド。大変だ」


 その時、上空から風を纏ったカイムが飛来してきた。カイムは風の壁をクッションにふわりと着地すると、慌てたように口を開いた。


「魔獣達、街の四方八方からも押し寄せてるみたいだぞ。州兵達が相手してるが、もしかしたら防壁が崩されるかもしれん」


「なんだって?」


「どうしてこんなことに……」


 魔獣が人里を襲う。それ自体は決して珍しいことではない。食いっぱぐれたもの、人に恨みを持つもの、様々な理由で魔獣達は人と敵対をする。

 しかし、今回のように種族の垣根を超えて、同時多発的に人里を襲う例は極めて珍しかった。


「とにかく、僕らも二手に分かれよう。正直どこまで役に立てるかわからないけど、それでも街を放っておく訳にはいかない」


 エルドの言葉にカイムとフィリアがうなずく。しかしその時、湖から再び魔獣達が湧き出してきた。

 今度は鰐型のそれではなく、ずんぐりむっくりとした手足の生えた魚類であった。魚類は目をぎょろりとさせながら、その手に持った三叉槍をエルド達に向けてきた。


「くっ……次から次へと」


 エルドは悪態をつきながら剣を構えて応戦した。しかし、魚類に続いて後には、様々な水生魔獣が続々と這い出てくるなど、もはや事態はエルド達がいてどうにかなるレベルを超えていた。


「ったく。何が起こってんだよ」


 カイム達も応戦の構えを取り、一行は魔獣を迎撃していくが、その数にはキリがない。


「も、もうダメかも……」


 銃を乱射するフィリアの目の端には涙すら浮かんでいた。


「諦めないで。とにかく状況が打破できるまで、戦い続けるんだ」


 エルドは必死に二人を鼓舞する。しかし、戦闘力では勝っても数の利ではこっちが圧倒的に劣っている。

 いつまで魔獣達が這い出てくるのか、先の見えない状況で万策尽きたかのように思われたその時、エルド達の足元でまるで地震のような地鳴りが発生した。


「うおっ、何だ」


 突然のことで驚く一行であった。そして、その振動が湖より響くものだとわかった時、湖から巨大な竜のような獣が飛沫を上げて飛び出した。


「な、なあああああああ!?」


 その体躯は、カイムが驚くほどに巨大で、優に50mはあろうかというサイズであった。

 そのどろどろと溶けた様なサイケデリックな青い皮膚に、エルドたちを見下ろす圧倒的な威容、それはまるで魔神の使役した使い魔のようであった。


「は、はは……こりゃ確かに怪獣だね。こんな大きさデタラメだ」


 さすがのエルドもその不気味さと存在感に圧倒されたのか、乾いた笑い声を発した。


「もうダメだね……」


 次から次へと湧き出る水生魔獣、空に壁外にと押し寄せる空と陸の魔獣達、そして今エルド達の目の前に現れた巨大な竜、リヴィエラの命運は尽きたかのように思われた。

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