調査開始

 現状、優先すべきは、黒霧の発生原因、野生生物の凶暴化及び、湖の怪獣出現との因果関係、そして一連の騒動の原因を誰が作り出したのか、それを暴くことであった。

 そこで候補に上がったのが、国営蒸留所とキャドバリー侯の経営する魔導機工場の二箇所であった。いずれもリヴィエラ湖の水を引いてそれぞれの産業に利用しているからだ。


 一行はローレンスを拾うと、エルドとカイムとアリシア・ローレンス・フィリアの二手に分かれて聞き込みに乗り出すことにした。


「アリシア、残念そうだったね」


 蒸留所を訪れるのはエルドとカイムである。


「むしろ飢えた猛獣のような形相までしてたな。まあ、この国一番の名酒を製造することで有名だからなここは。酒好きの姫さんにはたまらないんだろうけどな」


 酒造業はリヴィエラの基幹産業である。

 インヴァネス連峰から流れる清水の数々、その清冽せいれつな水を育む豊かな大自然、気候、熟成用の樽の原材料となるホワイトオークの森、様々な条件が絡み合い、生み出された最適な環境が数々の名酒を作り出すのだ。


「この国で絶えず研究を重ね、今なお進化を続ける名ビール、リヴィエラ・ラガー。それを味わうまたとない機会だしね」


「いやいや、旅行に来たわけじゃねえし、どの道飲ませるわけないからな」


「え?」


「え、じゃねえよ。どうして飲めると思った」


「いやだって蒸留所に来て飲まないって……だって、え?」


 カイムの慈悲のない宣告にエルドはショックを受けていた。


「ほら、ぼさっとしてないで行くぞ。まずは修道院の方だ」


 アルビオンにおいて酒造の歴史は建国の頃に遡る。ここリヴィエラ修道院で、民への奉仕の一環として製造されたのがその始まりであり、今では工場にその製造の大半を任せてはいるものの、今でも修道士達は自前の蒸留所で酒造を行っている。


 エルド達は、小高い丘に二重三重の防壁を巡らす、迷路のような外壁を辿っていく。するとそこには、城塞を彷彿とさせるほどに立派な修道院がそびえ立っていた。


 二人は立派な教会建築の門扉を開いて中に入っていく。

 そこは聖堂の役割を持っているのか、結構な人数の町人が礼拝に訪れていた。そしてその中央では司教と思しき男が説教をしており、ちょうどそれが終わった頃のようだ。


「おや、あなた方は?」


 見慣れない顔に気付いたのか、司教の側の司祭が、こちらにやってきて尋ねてきた。


「初めまして。巡礼の儀でこちらに訪れたエルドと申します。こちらはカイム」


「どうもっす」


「おお、なるほど。その名は聞き及んでおりますよ。アリシア殿下の守護騎士の方々ですね。ようこそいらっしゃいました。ですが、殿下の姿がお見えになられないようですが?」


「姫殿下はこの街の異変に対処するため、別の場所に向かわれています」


「なんと、それはありがたい。民達も不安を感じているところです。その言葉があればそれも幾分和らぎましょう」


「まあそんなわけで、ぶしつけで悪いんだが、色々と話を聞かせてもらっていいか?」


「ええ、もちろんです。今、司教様にご報告いたします」




 そうして、エルド達は司教に直接話を伺う機会をもらうこととなった。二人は聖堂の上階にある司教の執務室に通された。


「ふむ。君たちとアリシア殿下のご活躍は耳にしているよ。貴族の子息の多くが享楽と怠惰に耽るなか、とても立派なことだ。そしてこの地の異変にも早速対処してもらえるとか」


「はい、そのために色々と話を伺えればと思いまして」


「すると、やはりこの霧の事かね? そうだね、この霧について、我々は多少の知識があるとは言えよう」


「本当か?」


「とはいえその全貌を掴んでいるわけではないし、明確な対処法が蓄積されているわけでもない。ただ、この霧を我々は、伝承になぞらえて《魔神の黒霧》と呼んでいる」


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