読めぬ本心

「やあみんな、遅かったね」


 エルドたちを出迎えたのは驚くことにイスマイルであった。中央のダイニングテーブルに腰を掛けて、呑気なことに紅茶を啜っていた。


「っ!?」


 即座にエルドは剣を抜くと、イスマイルの方へと切っ先を向けた。


「どうしてあなたが……」


「地下墳墓以来かな。あの顛末は僕も見届けさせてもらったよ。ああしてアルスター市民とイシュメル人とを融和させるなんてね。決して簡単なことではなかっただろうけど、とても素晴らしい光景だったよ」


「彼らをけしかけておいて、良くもそのようなことが言えますね」


 アリシアは鋭い目つきでイスマイルを睨みつけた。


「ハハ、確かに僕の言えたことではないか。だが、あの結末は僕らにも、あのエインズワースにも到底、実現し得なかったことだ。その点は誇りに思って良いだろうね」


「とても不愉快な言い回しだわ。彼らの想いを利用しただけのくせに」


 イスマイルの柔和な態度に反して、一同は警戒感を強めていた。本心を全く見せない、その不敵な言動が彼らの不信感を募らせていた。


「この際だからはっきりさせましょう。イシュメル人の件、地下墳墓で見たあの幻獣、そしてこの地の異変、それらを起こしてあなた達は何をしようとしているのか」


 エルドはその目的について尋ねた。


「ふむ、まあ良いか。いずれ明かす内容でもあるし」


 イスマイルはカップをソーサーに置くと、エルドたちの方へと向き直った。


「さて、結論から言おう。この地の異変、それに僕たちは関与していない」


 イスマイルはしれっと言い放った。無論、四人たちはその言葉を信じることなど出来なかった。


「嘘をつかないで欲しい。伝承の獣や魔神化、それらが全てあなた方によってもたされたことは明らかだ。少なくとも全てあなたの関わる者達に起こっていたことなのだから」


 地下の幻獣は言うに及ばず、獣化を果たしたのは全てイシュメル人であり、イスマイルの一派が肩入れをしていた者達である。


「確かに、アルスターでの事なら全てそうだ。だけどね、エルドくん。あれは何も特別なことじゃない。誰にでも起こりうることなんだ」


「馬鹿言うなよ。あんな現象、どこでも聞いたことねえ。第一そんなありふれた呪いみたいなのがあるなら、とっくに教会が解呪の研究に乗り出してるだろ」


「言い方が悪かったかな。これからありふれた現象になるんだ。そのための研究が今この地で行われている。その副産物がこの地方を覆う霧というわけだ」


「それはどういうことでしょうか」


「十年前、アシュメダイの門が開かれ、この国の霊子はかつて無い高まりと歪みを見せた。決して人の身では感知し得ない変化だが、人の理を外れた者にはそれがつぶさに感じられているはずだ」


「待って。十年前って……あの《グリューネの落日》と関係が?」


 エルドの表情が険しくなった。十年前の災厄の原因は今日となっても明らかとなっていない。父の死と関係のある話であれば、聞き逃す訳にはいかない。


「そこのアリシア嬢の父君、そして一人の英雄が亡くなられたあの事件かい? 関係がないとは言い切れないね。かの災厄で全てが無に帰したことで、この地に刻まれた楔の一つが破壊されたのだから、彼らはその犠牲になったと言える」


「よくわからんが、その楔とやらを外すために災厄は起こされ、そして今この地の異変にも繋がった、そう言いたいのか?」


「カイムくん、君は存外頭が回るみたいだね。つまりはそういうことだ。ついぞ、その災厄を引き起こした者の正体は分からなかったが、今こうしてこの地の霊子が乱れたことによって、極めて限定的ではあるが、獣化、魔神化の現象が人為的に起こせるようになったのは事実だ」


「結局、あなたではあの災厄の詳細は分からないと?」


「やはり気になるかい? 無理もない。だが君が求める真実を握っている者、その心当たりは既に掴んでいるのではないかい?」


 イスマイルは見透かすように言った。


「まあ良いでしょう。とにかくあなた達と、この地の異変を引き起こした者はその秘法を用いて、ろくでもないことを企んでいると」


 エルドは優先すべき話題に戻ることにした。


「僕らの目的は決定的に違うからひとまとめにされるのは心外だけどね。実際、今回は困っているんだ。ここで行われている実験は我々の趣旨に反する。できればそれを阻止したいところだが、せっかくだから君たちの協力を仰ごうと思ってね。幸い、この地にも親衛隊の者達が常駐している。姫様なら、ある程度の捜査権が行使できるはずだ。無論、貴族の権利を犯さない範囲という条件は付いて回るけどね」


「イスマイル、その様な提案に私が応じるとお思いですか?」


 イスマイルの提案は突拍子がなかった。少なくともその信念を対立させ、互いに争ってきた間柄で出てくる提案ではなかった。


「無論、思ってはいない。現に君たちは今でも私を捕らえようと隙を伺っている。だが、時は一刻を争う。この地で伝承の獣へと変貌した魔獣や動植物の内の一部は、キャドバリー侯の手によって駆除された。その意味が当然お分かりだろうね?」


「まさか……? 人が獣化を起こした……? あるいは起こす可能性が」


「その通りだ。もしそのようなことになれば、彼らはどの様な目に遭うか。だが、君たちだけではそれを阻止することは難しい。もはや予断を許さない状況なのだから」


「それは……」


 結局、アルスターではフレイヤや、メイウェザー卿など様々な人の手を借りることで、何とか事態を収めることができた。だが、この地では僅かな親衛隊員を除き、協力者のアテはなかった。


「最初から選択肢はないと」


「少なくとも利害の一部は一致している。ならば、僕らは互いに協力しあえる。そうは思いませんか、姫様?」


「…………」


 アリシアは閉口した。素直にその提案を呑めるほど、目の前の男は信用のおける人物ではない。しかし、一方でイスマイルの口にする危惧も否定できない。この場でどの様に選択すべきか、アリシアは頭を悩ませた。


「決まってるよ、アリシア。僕らが優先すべきは罪のない人々の安全だ」


 だが、その苦悩を打ち払ったのはエルドであった。


「少なくともこの男の協力が得られるのは大きなメリットだよ。そして、それを享受しないとどうにもならないかもしれないのは、僕らの力不足のせいだ。そのことによるデメリットを負うべきなのは市民ではなく、僕らであるべきだ。だったら、協力を要請して、この地の異変をきっちり解決してから後悔する方が筋だと僕は思う」


 いずれにせよリスクを抱えるのなら、それは保身ではなく民のために。それはまさに為政者や貴族が当然に持ち合わせるべき責務とも言えた。


「エルド……その通りですね。まずはこの地の異変をどうにかする、それが優先事項でしょう。正直この選択がどの様な結果につながるのかは分かりませんが、せいぜい異変の解決のために利用させてもらいましょう」


 アリシアとエルドの決断に、他の二人も異論はないようだった。


「どうやら話はまとまったみたいだね?」


「そうだな、これが全員の総意みたいだ。ローレンスの奴は居ないがまあアイツのことは良いだろう」


「彼には後で私から説明しましょう。さて、イスマイル、私はあなたの協力を受け入れます。短い間ですがどうかよろしくお願いいたします」


 一応の礼として、アリシアは頭を下げた。


「清濁併せ呑むか。よく決断してくれたよ。僕に名誉なんてものはないから何の誓いも立てられないけど、少なくとも後悔だけはさせないように精一杯頑張らせてもらうよ」


 イスマイルは早速、握手を求めた。しかし、四人はそれを無視して今後の打ち合わせに入った。


「さすがに傷付くんだけど……」


 こうして公都を混乱に陥れたイスマイルと、エルド達の奇妙な同盟関係が成立した。

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