《猟犬》

 孔雀青の猟犬は咆哮をあげると、瘴気を撒き散らしながら一行を襲撃した。

 ふっと霞となって消えては、あらぬ方向から現出し、一度飛び跳ねたかと思ったら鋭角に屈折しながら不規則な動きで翻弄するなど、慣れない動きに一行も防戦一方となり苦戦していた。


「止めようにもこう不規則に動かれたら、どうしようもないね」


 エルドは四方八方から襲いかかる猟犬を、いなしながら言う。

 その攻撃の一瞬の隙を突こうと他の者達は魔法を放つが、鋭い危機察知能力を持っているのか、一瞬で姿を霞に変えて消え去ってしまう。


「攻撃の瞬間だけ実体化し、こっちが攻めに転じようとすれば霧の中。ったくどうすりゃいいんだか」


「ぼやいてないで、攻撃を続けてください」


 カイムとアリシアは風刃と光条をばらまいて何とか猟犬に当てようとするのだが、すべて巧妙に避けられてしまっている。一方フィリアは銃撃を撒くと、それらを捻じ曲げ、這い出る隙の無い網の目を描いて猟犬を捕らえようとした。

 しかし、その飽和攻撃を前に猟犬は、自在にその身体は伸縮させてかいくぐるという荒業に出るなど一行は完全に攻めあぐねていた。


「はは、こりゃ大変そうだな」


「おい、お前だけぼさっとしてるなよ」


 一方のローレンスはというと後方に立って攻撃に参加もせず、目を閉じまるでリズムを刻むように唸っていた。その様子を見てカイムは声を荒げるが、全く動じる様子はない。

 その時、猟犬が後方のローレンスめがけて現出してきた。


「ローレンス、そっち行ったよ!」


 エルドの警告とともに、猟犬はローレンスを丸呑みにしようとその大アゴを開いた。しかし――


「うむ!!」


 目を見開いたローレンスは槍を振り回して軽く猟犬を払った。その攻撃は猟犬の爪とかち合い、これといった一打とはならなかったが、ローレンスは続けざまに跳躍して無数の突きを猟犬に放ち、追撃した。


「Guu……」


 しかしその突きの届く直前、猟犬は再び霧散して消失した。


「うーん、逃げ足が早いなあ」


 呑気に言い放つと、再びローレンスはリズムを刻み始めた。するとエルドが一歩前へと躍り出る。


「こうなったら真っ向から叩き斬ってみようかな」


 そう言ってエルドは大剣を構えて迎撃の体勢をとった。


「エルド、ひょっとしてなにか案が浮かんだのか?」


「浮かばないから斬るんだよ」


「ああ、そう……」


 いつも通りのエルドに呆れながらも、一同はエルドの指示を受けて一旦、距離をとった。


「さあどこからでもおいで」


 エルドはゆっくりと瞳を閉じた。


「エ、エルド!? 何をやってるんですか?」


 突然の行動にアリシアは不安の声を上げた。しかしそれに対して他の者達は、まるでこれが普通と言わんばかりにその光景を静かに見守っていた。


「アリシア、エルドはいつもこんな感じだよ」


「それはそうですが……」


 一方のエルドだが、アリシアの心配を他所に視界を遮り感覚を研ぎ澄ませていた。たとえ姿を消しても、溢れ出る殺意は抑えられない。

 その僅かな感覚を頼りにエルドは、はいより迫る襲撃者を切り払った。


「Guga……!?」


 突然のことに驚いたのか、爪を払われると同時に猟犬は姿を消した。その後、位置を変え、タイミングを変えながら攻撃の手を加えてくる。

 しかし、エルドは四方から迫るその全てを見切り、ことごとく打ち払っていく。


「相変わらずでたらめだなあ、エルドは」


 とぼけたような口調でローレンスが漏らす。


「というかお前はさっきから何やってるんだ?」


 戦闘の合間だと言うのにローレンスは絶えずリズムを刻み続けていた。その真意がわからず、カイムはため息を吐いた。


 さて一方のエルドであるが、その剣撃は鋭さを増し、一方的に襲いかかっているはずの猟犬を逆に押していた。そして今では猟犬の現出前に気配と方向を察知し、予め迎撃体勢をとる程となっていた。


(リズムは完全に掴めた)


 エルドは一連の攻撃を受けきることで、相手の攻撃のタイミング、クセ、思考、その全てを完全に把握していた。そして、エルドは猟犬の次の一手を予測する。


「ここだ!!」


 猟犬が現れるよりも素早く、エルドは思い切り剣を振り抜いた。


 その先には猟犬の牙があり、鋭く振り抜かれた剣はその顎を真っ二つにせんと閃いた。しかし――


「え……」


 剣が猟犬を斬り裂いた瞬間、その身体が霧散していった。完全にタイミングを捉えたはずのエルドの一撃は空を切ったのだ。


「くっ」


 それでも何とか猟犬を捉えようと、エルドは立て続けに襲いかかる爪と牙を斬り払っていった。技量も反応速度もエルドが上、しかしその剣は豆腐を斬るがごとく何の手応えもなく虚空を裂いていた。


「エルド、どうやら本体は別にあるようだね」


 いつの間にか傍らにローレンスが立っていた。


「俺があぶり出すから君は、その本体に攻撃を加えてくれ」


 そう言うと、ローレンスは槍を前方に構え、ゆっくりと口を開いた。


「La――♪」


 美しいテノールの歌声が響いた。心安らぐ旋律とともに音の波が周囲に響いていく。すると猟犬を構成していたものが霧散し、小型の猟犬が耳をふさいでうずくまっていた。


「あれか」


 エルドは剣を構えて跳躍した。そしてそのまま剣を突き刺すように猟犬に振り下ろした。


「Guaaaaaaaa」


 猟犬が絶叫すると同時に、まるで煙玉のように黒い瘴気が辺りに漏れ出ていった。


「やったか!?」


「もう、そういう事言わないの」


 カイムはまるで、エルドの攻撃が失敗したかのような雰囲気を演出する不穏な言葉を発し、フィリアに諌められた。

 さて一方の猟犬だが、瘴気の晴れたその後には干からびたような小型の犬が倒れ込んでいた。エルドは恐る恐る近付き、その様子を調べる。


「……これただの犬だね」


 エルドが言った。魔獣とは霊子を吸収してその身を進化させた動物の総称であるが、目の前の存在はより原始的でありふれた単なる犬であった。


「アーケードではイシュメル人が変身していましたが、今回は動物が……? これはどういうことでしょう」


 先頃の事件との違いにどの様な意味があるのか、アリシアは考え込む。


「エルドによると、連中に力を与えたのはあのイスマイル達って話だったが、今度は動物実験でも始めたのか?」


「でも、そうするとどんな目的なのかな? 前回は迫害されるイシュメル人に力を与えることが目的だったみたいだけど……」


 カイムとフィリアも逡巡する。追い詰められた民族に肩入れをする、そのような政治的な思惑が見えていた以前と今回のギャップについて、皆意図が汲めずにいた。


「俺はその事件については詳しくないけど、こんなところに一匹だけはぐれてきたってのも妙な気がするな。だがとりあえずその犬も瀕死みたいだし、手当しないか? 流石にそんな姿を見ているのは忍びないよ」


 一同はローレンスの提案に従ってひとまず犬を看病することにし、一度村へと戻った。

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