ローレンス

 その後、ローレンスは部屋を借りると早々と床に就いてしまった。貴族派筆頭の子息が何故一人でこの場に現れたのか、結局はぐらかされたままで聞けずじまいであったため、翌日改めてローレンスに問い直した。


「まあ、単純な話だ。姫様達が、こうして自分たちだけで巡礼の旅に出るって言うんだ。そりゃ良い修行だと思って俺も一人で旅に出ることにしたんだ」


「前々から気まぐれな方だと思っていましたが、やれやれ……」


 アリシアがため息をつく。このローレンスという男、昔から思いつきのままに行動する悪癖があり、アリシアの頭を悩ませていたものだ。


「でもどうしてウェンブリーに? てっきりエインズワース卿の治める、ドーリスに向かうもんだと思ってたのに」


 エルドが疑問を口にした。ドーリスとは南の国境にほど近い大都市で、筆頭貴族エインズワース公爵の治める中心地である。


「修行の旅なんだからわざわざ帰省する必要もないだろう? 気ままに国を回りながら、そのうち寄ってくさ。そんでまあここを選んだ理由は他にもあるんだけど……それはまあ個人的な話だから良いよな?」


「結局肝心なところは伏せるのかよ! まあとにかく、要は本当に気まぐれってわけか? 貴族の考えることはわからんな」


 エルド、カイム、フィリアの三人もまた見知った仲ではあるが、それほど親しかったわけでもないので、その真意を測れず呆れを見せた。


「まあまあカイム、そう邪険にするなって。せっかくこうして巡り会えたんだ。一緒に旅をしようぜ」


 まるで親友の間柄であるかのように、ローレンスはカイムの肩に手を回した。


「おいやめろって」


 当然カイムも、鬱陶しげな表情を浮かべる。しかし、ローレンスはがっちりと捕らえて身を寄せるなど離そうとはしない。


「まさか、着いてくるつもりですか?」


 アリシアは怪訝そうな表情を浮かべた。


「お嫌でしょうか? 目的地が一緒ならそれが良いかと思ったのですが」


「いえ、別に構わないのですが……」


 どういう訳か、アリシアはあまり歓迎していないようだ。


「姫様。ご存知の通り、この村の様子は酷いものです。村に残るのはほんの僅かな食料のみで、ほとんどは税として徴収されるなど、とても貴族のすべき行いとは思えません。加えて付近にはほとんど鳥獣の姿が見られない。村の者に聞いたところどうやらこのサザーランドの州兵が魔獣討伐の一環で駆除して回ったそうです」


 先程までの軽い態度は一変、ローレンスは真剣な表情で述べた。


「……全ては賦役という形で鉱山労働に人を動員するためというわけですか。何故キャドバリー侯がそこまで急進的な動きを進めるのか、ローレンス、あなたなら何か知っているのではありませんか?」


 キャドバリー侯もまた、貴族派に名を連ねる人物だ。その貴族派の筆頭貴族の子息であるローレンスであれば、事情を知っているかもしれない。アリシアはその疑問をぶつけた。


「残念ですが姫様、俺も父からは何も聞かされていないのです。ですが、自分もこの現状は見過ごせません。俺が行ったところで何ができるわけではありませんが、まずは彼の本拠地リヴィエラに向かおうかと」


「おいおい、貴族派にしては偉く良識があるな。なにか裏があるんじゃないか」


 ローレンスの態度にカイムは疑念を抱く。カイム自身の貴族嫌いが表れ出たようだ。


「カイム、父上の息子だからって俺まで貴族派ってわけじゃないさ。最近の父上は何を考えてるかわからないし、俺に対しても放任主義を貫いてる。なら、俺は俺の思うまま自由にやるだけさ。これでもお前たちほどにはこの国のことを思ってるんだぜ」


 そう語るのローレンスの言葉にはさして裏があるようには思えなかった。


「良いんじゃない? 目的が一緒なら、ローレンスくんの同行を断る理由もないと思うけど」


 フィリアは別段、反対ではないようだ。


「そうですね、フィリア。ひとまずリヴィエラまでの間ですがよろしくおねがいします」


「ええ、道中はこのローレンスがしっかりと護衛させていただきます」


「やれやれ、うるさいのが一人増えたな。てかいつまで俺の肩に腕掛けてるんだよ」


「お、悪い悪い。久々にみんなを見たらテンション上がってさ。ま、そんなこんなで、みんなよろしく」


 そう言ってローレンスは気さくな様子で、握手を求めて回った。するとその時、村人が一人慌てた様子で駆け込んできた。


「た、大変だ!! 村のはずれに巨大な魔獣が!!」






 村人の案内で一行が訪れた先には異形が佇んでいた。


「おいおい、何だよこいつは……」


 カイムは絶句した。


 見上げるほどの巨体で、孔雀青の奇妙な体色をした四足の獣がエルド達を見下ろしていた。

 その口は三叉に別れたおどろおどろしい形で、その皮膚はただれたようにどろどろと液体のようなものを垂らしながら地面を溶かしていくなど、その姿は異形という他ない姿形をしていた。


「犬……? だけどそれにしては余りに冒涜的な姿だ……」


 エルドはその姿を見て嫌悪感を抱いた。既存の魔獣とは似ても似つかないほどにかけ離れたその姿には、どこか不快感を掻き立てるおぞましさがあった。


「随分と珍しい魔獣だけど、あれだ。聖典に載ってる悪魔が使役した猟犬に似てるな。確か、《霞み消え行く幻影》とかなんとか」


 ローレンスは聖典の記述を手繰り寄せながら告げる。


「確かに似ていますがあれは伝承の存在で――――」


「アリシア!!」


 突如猟犬が赤い四つ目を光らせたと思うとエルドの叫びと共に、青黒い霧となって霧散した。次の瞬間、猟犬はアリシアの目の前に現れ、三叉に分かれた口で噛み付いてきた。


「っ!?」


 アリシアはなんとか躱すが、アリシアの立っていた場所はきれいにくり抜かれたようにしていた。


「確かアーケードを襲った獣が聖典の獣に似てたとか。何れにせよ俺の槍の見せ場って所かな」


 ローレンスは背中の槍を取って振り回すと、後ろ手に持って構えた。同時に他の四人も得物を手に構える。


「さあ、みんな行くぞ! 村人達を守るんだ」


「お前が仕切るなっての」


 いまいち締まらないローレンスの号令とともに五人は地面を蹴った。

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