野盗

 エルド達は北上を続けていた。いつの間にか日も暮れて、アリシアの放つ光球を頼りに一行は闇夜を駆けていく。


「ちょっと時間を見誤ったかも」


 本来なら夜前には着いていたはずだが、既に日も暮れていくらか経った頃である。未だにウェンブリー村の灯りも見えていない。


「流石にサザーラント州には入ったみたいだけどな。結構な肌寒さだ」


「うん。毛布を持ってきてよかったね」


 フィリアとアリシアは毛布にくるまって、寒さをしのいでいた。


「湖水地帯だけあって、湿り気のある涼しさだな。公都は乾燥してたから慣れないな」


 カイムも腕をさすって冷えを紛らわそうとしていた。


「でも妙だな。さっき見た看板の通りならもうすぐ着いてるはずなんだけど……」


「エルド、おかしくありませんか? この先は森に続いてるようですけど」


 先程エルド達が通過した、分かれ道に置かれた立て看板では、三十分ほどで着くはずであった。しかし、それからだいぶ経っているというのに、エルド達の前に現れたのは鬱蒼とした森林であった。


「さては、看板はここにおびき寄せるために書き換えられてたな。こりゃ、嵌められた……エルド、人数は分かるか?」


 カイムはその奇妙さに気付いたようであった。


「うん。蹄鉄の音が四、何か鉄を打ち鳴らすような音もする。盗賊みたいだね」


 言うやいなやエルドは馬を止めて飛び上がった。


「え……?」


 いつの間にかエルドは、馬を走らせて接近していた男の背後に居た。

 音も気配もなく背後に現れたエルドに何の抵抗もできずに、男は首を締め上げられて気絶してしまう。するとエルドは馬を止めて次の馬へ、それを繰り返しながらあっという間にもう二人の男も無力化する。


「え? え?」


 最後の一人は突然のことに状況を飲み込めず、動転する。やがて最後の一人の背後に現れたエルドはその男を引っ掴むと、男を抱えて跳躍し、馬車の前に連行した。


「ひっ……人攫い????? 助けて! ころされるー!!」


 あまりに鮮やかなその手際に、男は錯乱し始めた。


「まあ、暗がりでそんな目に遭ったらそう思うのは無理ないな」


「エルド、こういうことに慣れてるんですか……?」


「これじゃどっちが盗賊かわからないね」


 心なしか一同が呆れているような気がした。


「そんなわけないって。それよりもこの人達、盗賊じゃないみたいだ」


「あん? どういうことだ?」


「人を襲うってことに抵抗のある動きだった。得物もくわすきで農具ばかりだし、食いっぱぐれた農民だと思うよ」


「一応、事情を聞いてみましょうか?」


 アリシアは男の前に出ると、その素性を明かした。


「ま、まさか、俺たち姫様を襲ったのか? な、なんてことを!? ほ、本当に申し訳ございません」


 自分のしでかしたことの重大さに気付いて男は狼狽し始めた。


「やっちまったな、おっさん。極刑は免れないぜ」


「ややこしくなるから、カイムは口を挟まない」


 フィリアはカイムを諌めると、アリシアは事情を質した。




「重税……ですか?」


「は、はい。最近になって税の額が引き上げられて。これまでの蓄えも取り上げられてこうするしか……」


「これが初犯とは言え短絡的だな……領主にはちゃんと抗議したのか?」


「はい……この辺りを治めるヒースコート様はお優しい方なので親身に耳を傾けてくださったのですが、一方のサザーランドを統括するキャドバリー侯は払えないなら鉱山労働に従事しろと……今回の徴税でも蓄えを差し出さなければ娘たちが連行されるところでした」


賦役ふえきによる課税ですか……」


「フェリクサイトの発見からそういう話よく聞くようになったよね。お父さんの管理してる鉱山ではそんなことないんだけど、よそでは女子供まで最低限の食事だけで昼夜休み無く働かされてるとか」


 重税を掛け、支払いきれなくなった農民を鉱山に縛り付ける、この国でも一部ではあるがそういった施策が行われている。


 労働力の提供によって課税とする賦役ふえき自体はこの国でも珍しくない。しかし近年目立つ鉱山等では、いずれのケースも公国法を遥かに上回る重労働を課す、年端の行かない子供まで連行するといった違法状態が噂されている。


「だが理由はどうあれ、略奪行為は違法だ。どうする、アリシア?」


 アリシアは少し考え込む。


「ここに居るのは私達だけです。幸い何かされる前にこうして取り押さえたことですし、目を瞑れば問題はないでしょう」


「おいおい甘すぎねえか?」


「ええ。ですが真に問題なのは彼らを略奪に走らせたその環境です。飢餓が原因であるなら、まずはそれをどうにかすることが最優先でしょう」


「アリシアの言うとおりかもね。対症療法的な対応ばかりじゃなくてその元を断てば、彼らもこんな馬鹿な真似はしないと思う」


「そうね。見るからに気弱そうな人たちだし」


「だが領主の課税権に口出しなんて出来ないぞ?」


「それについては追々考えましょう。まずは食料の問題を解決することですが……」


「それなら僕に任せて欲しい」


 言うとエルドは森の奥へと消えていった。そしてしばらく経った後――――


「今日の晩御飯だ」


 そこには昏倒させられた巨大な鳥型魔獣が引きずられていた。


「デア・コカトリスじゃねえか……お前、女王種を狩ってきたのか」


 魔獣の中には仲間を産み増やす女王種と呼ばれる個体が居る。それらは一般の個体から選ばれるが、選ばれた女王種はその日を境に急激に大きく成長する。


「流石にただの農民じゃ狩るのは難しいけど、女王種の肉は量と栄養があって滋養に良いんだよ」


 そのため腕に覚えのある戦士の中にはこうして腕試しに食用にと、討伐に挑戦するものは少なくない。


「さて、早速これを連れて行こう」


「どうやって?」


 幸い距離としては村まで遠くなかったため、エルドが引きずっていき、村まで届けることとなった。

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