麗しの公都にさよならを

 公都の北から伸びる古城街道を馬車が駆ける。

 かつて、海賊を討伐するために建てられた古城を追い越しながら、一行は蹄鉄を鳴らす。


 御者を務めるエルドの脇からアリシアが顔を覗かせた。


「そろそろ日が暮れますね」


 そよ風に髪をかきあげながらアリシアが言った。


「うん、日が沈む前にウェンブリー村に着けば良いんだけど」


「全くだ。日が暮れたら、盗賊たちの格好の餌だからな」


 馬車の中でカイムが呟いた。


「大丈夫。盗賊が向かってくるならこの剣で叩き潰すだけだよ」


「物騒なこと言うな、エルド。剣をしまえ」


 カイムはため息をつきながらエルドを諌める。


「でも楽しみですね、エルド。ウェンブリーのハニー・エール、一度現地で飲んでみたかったんです」


「そうだね。牧羊が盛んだからきっと美味しいベーコンも僕らを待ってるはずだ」


「まったく、俺らの姫さんと脳筋騎士は食べ物と酒のことしか頭にないのかねえ」


 呆れたようにカイムがため息をついた。


「ね、ねえ。も、もう少し速度落とさない? 私気持ち悪いんだけど」


 馬車の中でフィリアはぐったりしながらカイムの裾を掴み続けた。


「吐くのは勝手だが、絶対に俺に向かって吐くなよ」


「それはそうしてっていう振り?」


「アホか!! 全く、貴族の娘だってのになんで馬車酔いしてんだよ」


「だ、だって、成り上がり貴族だもん。そんな教養な――――うひゃぁ」


 まるで苦しそうなフィリアを弄ぶように、馬が身体を揺らした。情けない声を上げると、フィリアは必死にカイムにしがみついてその胴を締め上げた。


「やめろ! やめろ! 吐くなら馬車の後ろからしろ!」


 エルドたちは他愛のない会話を繰り返しながら街道を進んでいく。


 その旅は、かつて建国の王が国を巡った足跡を辿る巡礼の旅、騎士学校を卒業した四人が真に騎士としての資格を得るための試練である。



 公都では苦い思いをした。結局は貴族の思惑通り、イシュメル人街のリゾート開発は進み、公都で暗躍する者たちを捕らえることは叶わなかった。


 しかし、一行の表情は決して曇ってはいなかった。力がないのなら己を鍛えあげれば良い。

 この国に巣食う影は大きいかもしれないが次に公都に戻った時は必ず、この国を変えるほどの力を付けてみせる。


 一行はそう胸に誓い、遠く離れた公都を振り返った。



 ――――ちょうど西のエルーナ湾に陽が沈み始めた頃であった。

 黄昏の光が白い公都の街並みを照らした。

 赤い光に染まるアッシュフィールド城は雄大に佇み、まるでエルド達の背中を押すように煌々と燃えていた。


 ほんの僅か寂しさが募った。しかし、それを振り払って一行は背を向けると公都に「さよなら」を告げた。


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