顛末

 エルドとアリシアは、イシュメル人街のあった場所を睨みつけていた。そこも今では様々な工事の手が入り、リゾート地へと生まれ変わろうとしている。

 既にその場所から、イシュメル人街という名前は失われていた。


 一連の騒動を主導したのは確かにロージアンであった。しかし、多くの貴族が彼のリゾート地建設の利益を享受する立場にあったこともまた事実であった。

 それ自体、罪に問われる事ではないためか、彼らは一部のアルスター市民の反発も意に介さず、当初の予定通り、イシュメル人を追放し、リゾート事業に着手することを決定した。


 ただ、自分たちの利益のために。


 彼らはメイウェザー商会に対して、役員であるロージアンの不祥事から、リゾート事業への参入を痛烈に非難しておきながら、身柄を拘束されたロージアンの後釜に誰が座るかを巡って互いに競って開発に乗り出す始末であった。


 それがこの国の現状である。アルビオン人であろうと、イシュメル人であろうと、貴族の私欲を肥やすためであれば容赦なく消費され続ける。それは誰か一人の悪玉を排除すれば改善するという単純なものではない。


 その悪徳は、貴族が貴族たる誇りを忘れ、権力を行使する構造が続く限り、決して消えはしない。その構造こそがこの国に根ざした病巣である。


 だがしかし、アリシア達の行動も決して無駄ではなかった。イシュメル人とアルスター市民の流血を最小限に抑え、彼らの国外追放も阻止することが出来たのだ。




 同じ頃、フィリアとカイムは公都中央の大通りを眺めていた。

 多くの馬車が行き交う目抜き通りで、アーケード街に負けず劣らず、飲食店や工芸店、アパルトメントが軒を連ねる賑やかな区画である。


 そこは、アルビオン人が専ら商業活動を行い、優先的に居住するなど、異民族が排斥されてきた区画でもあった。

 しかし、その状況はイシュメル人の献身が明らかになった今、少しずつではあるが変化を見せていた。


 軒先で客を呼び込もうと声を出す者、簡素なテントを張り、出店を出す者、家路につく者、その中には獣の耳を揺らす、毛深い彼らの姿があった。


 決して追放ではなく、画一でもない、彼らはイシュメル人としての存立を保ったまま、イシュメル人街という閉じたコミュニティを脱し、アルスターの市民との融和を始めていたのだ。






 イルフェミア暦1472年3月、後に「イシュメルの反乱」と呼ばれる一連の出来事は、王女アリシアとその守護騎士達、そして他ならぬイシュメル人の手によって最悪の事態を免れた。


 互いに恨みを持つ者、その文化・習俗に忌避感を持つ者、相容れない者達が居ないわけではなかった。

 だが、それまでぎこちない友好を築こうとしていた両者は、ゆっくりとではあるがこの事件を機に、真の友好へとその歩みを進め始めたのであった。






 ――――第一章 公都に巣食う影 完

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