決戦(1)

 振り荒む甚雨の中、一人の娘が死闘を繰り広げていた。その全身からは血がどくどくと流れ、腰を落として息を切らしていた。

 周囲はジャファルの作り出した"海"に覆われ、かろうじて残された岩を足場になんとか目の前の存在に抗っていた。


「正直驚いた。最初に目覚めたのがお前で、たった一人で俺に抵抗するとはな」


 ジャファルはその翼で宙を舞いながらフィリアを見下ろしていた。


「その人間が最も恐れる記憶を反芻して、悪夢を見せ続ける幻術……でもね今更あの時の記憶を見せられても、私はもう動揺したりしないよ」


「あの、カイムのせいか……だが他の奴らは違うようだがな」


「ううん、みんな直に目覚める。叔父様を前にしていつまでも寝ていられるはずがないから」


 フィリアは両手の銃を再び構えて、その銃口をジャファルに向けた。


「やめておけ、今の俺は加減できん。それにもう限界だろう?」


 対するジャファルには傷一つ付いていない。何か結界のようなものが絶えず展開され、フィリアの攻撃を全て阻んでいたのだ。

 ただでさえ少ない足場で、宙を舞うジャファルを相手取り、攻撃を無効化する結界をどうにかしなくてはならない。今の状況はフィリアにとって絶望的であった。


 するとジャファルは頭上に手を掲げると、この戦いに決着をつけようと、辺りに展開された"海"を一斉に集め、球体を作り始めた。

 しかし、フィリアの目は闘志を失っていなかった。


「関係ないよ。出来るかどうかじゃない。やるかやらないかなんだ」


 フィリアは霊子を練り上げると、ジャファルに向けた銃口に魔力を集め始めた。


 そして一筋の稲妻が奔った刹那、両者の放った銃撃と水流がぶつかりあった。




 フィリアの放った銃撃が水球を砕いた。すると弾けた水が無数の鉄砲玉に分かれ、まるで流星群のようにフィリアに降り注いだ。


「ッ!!」


 即座に横の岩場に跳んでそれを躱すと、着地と同時に脇から背のジャファルに向かって銃撃を放った。

 しかし、それらはジャファルの周囲に展開された結界に阻まれてしまう。


「こんなものか?」


 ジャファルは巻き起こった爆煙を払い、悠然と佇んでいる。


「威力は以前と大違いだ。確かに成長したのかもしれん。だがな、この結界すら破れないのなら、どの道この先の災厄に抗うことなど出来ん!!」


 突如、滑空したジャファルは"海"から水を拾い上げるとそれを凝固させて剣を生成した。


「っ!!」


 斬りかかるジャファルを何とか両銃から伸びた光の刃で受け止める。


「災厄……? 叔父様は一体何を見たというの?」


「残念だが、俺には。だが、俺など話にならんほどの脅威だ。もはや人種や身分などで争ってる猶予すら無いほど」


 フィリアは銃剣とブーツに展開された光刃、そして体術を駆使してジャファルの剣をさばいていく。


「だから、こうして戦いを引き起こしたの? 私達を結束させるために」


「そうだ。だがそれでもなお、お前達には力がない!! こうして俺の試練に耐えられず、眠りに陥るほどにな」


 しかし、ジャファルは飛行能力を利用した三次元機動とその剣技でフィリアの身体に確実にダメージを与えていく。

 そして、フィリアの両手の銃剣を躱した刹那、"海"が飛沫を上げて螺旋する槍を無数に形成した。同時にジャファルも躱した勢いのまま、その剣を高く振り上げた。


「!!」


 しかし、フィリアはそれを待っていたように横っ飛びで躱すと、周囲に銃撃をばらまいた。すると光の奔流は、一斉にジャファルの方へと屈折して襲いかかった。


 それらもやはり、ジャファルの展開する結界に着弾すると爆煙を上げて消滅するだけであった。しかしフィリアはそれでも諦めず、今度は周囲に魔法陣を展開すると、そこに向かって魔力弾を撃ち込み始めた。


「ッ!?」


 ジャファルは一瞬驚愕した。突如、周囲に魔法陣が展開されたかと思うと、フィリアの銃撃が距離を飛び越え一斉にジャファルを襲ったのである。


「フィリアはどこだ?」


 すぐに辺りを見回す。しかし、銃撃の奔流に紛れ込んで投げ込まれた硝煙筒がその視界を塞いだ。そしてなおも続く銃撃が襲うと、予め仕掛けられていたであろう爆発物が作動し、爆炎に呑み込まれたジャファルはその場に釘付けになってしまった。


「これでよしと」


 いつの間にか遠く離れた崖上に立っていたフィリアがつぶやいた。そしてフィリアは胸元の襟を引っ張ると、胸に手を突っ込みいくつかの輪っかのようなものを取り出した。

 それらは宙に撒かれると膨張し、釘付けにしたジャファルへの通り道を作り出した。


 フィリアは天に発生させた異空間に手を突っ込むと、何かを取り出して構えた。それは愛用の二挺拳銃ではなく、物々しいごつさを誇る砲台であった。


 フィリアは身体に眠る霊子を練り上げて魔力に変換させる。

 フィリアの得物、魔導銃は使用者の魔力を変換して、火力に転用させるという代物だ。眠りに陥った者達が目覚めるまでにジャファルの体力を削り去る、その一心でフィリアは全霊子をフル動員させていた。


「叔父様が何を知ったのかは知らない。でも終わりにしよう。ロージアンの罪は私達が暴く、イシュメル人達が理不尽な目に遭わないように努力するから」


 フィリアはしっかりとジャファルに照準を合わせると、その引き金を引いた。


 放たれた白緑の光条が先程展開した輪を通る。その時、何らかの干渉が起こったのか、バチバチと霊子が弾ける現象が起こった。

 しかし、やがて光条がそれを食い破るように輪を突破すると、より太く協力な砲撃に進化した。それを二回三回と繰り返し、膨れ上がった極太の砲撃は躱す暇も与えずにジャファルを呑み込んだ。


「うおおおおおおおおおおおお」


 ジャファルは叫び声を上げると、やがて光条が爆発を引き起こし、周囲を煙が覆っていった。






 一瞬の静けさが辺りを支配していた。


 フィリアは砲撃に身体中の霊子を根こそぎ持っていかれた反動で、がくんと膝をつく。その顔は蒼く、霊子欠乏症を引き起こしているようだ。


「はぁっ、はぁっ……」


 それでもフィリアは息を切らせながら、ゆっくりと立ち上がる。決して最後まで油断してはならない。得物を二挺拳銃に持ち換え、煙が晴れるのを待った。


「確かに瀕死に見えたが、この一撃のために準備をしていたのか」


 晴れた煙の中、わずか傷を負っただけのジャファルが現れた。


「これでも駄目……」


 フィリアは悔しさを吐露する。人間相手には十分すぎるほどの火力であった。しかし、結界を持つジャファル相手では、かすり傷を負わせるのが手一杯のようであった。


「いや、今ので結界を失った。よくやった。だが……」


 ジャファルは悲しげな表情を浮かべる。


「今の俺は目の前の相手を殲滅するまで止まらん。ここで終わりだ」


 ジャファルは剣を片手にゆっくりとフィリアに近付く。一方のフィリアは防御の構えを取るのに精一杯という様子であった。


「他の者も目覚めることは敵わないか」


 振り上げた剣がまっすぐ振り下ろされた。目を瞑り、観念するフィリア。



 ――――しかし、その一撃は二振りの剣によって阻まれた。

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