イシュメルの決意(1)

 馬を駆る者の中には老いさばらえた老人たちも少なくなかった。

 しかし、その身に宿る闘気は壮年と欠片も変わりがなかった。各々がその手に愛用の武器を取り、歴戦の勇士のような相貌を呈していた。


「もはや武器は取るまいと思うておったが、明日の子らのため、そして我々のために心を砕いてくださった姫殿下のためと思った時、不思議と力が湧いてきおった」


 そこには子供を除いた、ジャファル達に賛同せず集落に残ったすべてのイシュメルの民達の姿があった。


「我らこの国の王家に大恩ある者、その恩人の危機とあらば忠義の剣を振るい、その敵を悉く打ち払おう。我らが同胞がその道を踏み外すというのであれば怒りの槍にてその愚行を止めよう。偉大なる水の大精霊の加護ぞあれ、皆の者突撃せよ!」


 号令を発したのは長であった。以前は倦怠と諦めからすっかりと気迫を失っていた様子であったが、今は凛とした顔付きで、イシュメル人を率いていた。


 長の号令を機にイシュメル人たちが一斉に突撃を開始した。前衛の、槍を持った騎馬戦士達は、剛烈な突撃で獣達に立ち向かうと、神速の突きを放っては兵たちを拾い上げて離脱していく。


 後衛の戦士たちは崖を駆け上り、水魔法で獣達を牽制しながら、治癒の雨を降らして傷ついた兵を癒やしていく。


「殿下、もしやこれが」


「ええ、でもまさかこれ程の数のイシュメル人が来てくれるなんて」


 アリシアの一手は極めて単純であった。

 今回の一連の騒動によって生まれた、アルビオンとイシュメル人という対立の図式であるが、こうして暴走したイシュメル人とそれを止めるイシュメル人という構図に塗り替えることで、彼らへの擁護の意見を高めようというのがその意図であった。


「ですが私は……」


 アリシアの表情は決して明るくなかった。

 どう取り繕おうとアリシアが、彼らに戦いを要請し、同胞同士を争わせたことに変わりはない。このことで新たな禍根が生まれる可能性もあった。

 故にアリシアはこの方法は最悪の一手であると苛んでいた。


「アリシア」


 そっとフレイヤがアリシアの肩に手を置き、優しげな表情を浮かべた。


「彼らの表情をよく見て。彼らは決してアリシアに強制されてここに来たわけじゃない。皆あなたの考えを、志を聞いて、自分の意志であなたに協力すると決めたのよ」


「っ……」


 アリシアは胸を震わせた。


 自分は本当に正しい選択を採れたのか。父に恥じない道を示せたのだろうか。

 疑問は晴れなかったが、こうして街道に集ったイシュメル人達を見て、その良心の呵責も少し晴れたような気がした。


「さて、彼らだけを戦わせるわけには行きません」


 フレイヤは、厳しい表情へと切り替え、息を大きく吸い込み、霊子を練り上げた。


「聞け、兵たちよ! 彼らは誇り高きイシュメルの民たちである。共にこの国に住み、この国の発展を支えてきた者たちだ。だが我々は彼らに恥知らずな行いをしてきた。戦場で彼らを盾にし、水源を汚染し、住処を焼いた。だがどの様な仕打ちを受けようと、その忠節を、その誓いを忘れず、また我らに力を貸してくれたのだ!」


 アリシアは魔力で増幅させた声を戦場中に響かせる。


「彼らとともに歩む限り、我々に敗北はない。傷つき倒れた兵たちよ、今一度その力を貸してほしい。そして、我らの過ちにより追い詰めた彼らを救ってほしい。既に人の姿を、心を失った者達だが、すぐに対処すれば命だけは助けられるだろう。無論、この中に彼らに晴れぬ恨みを抱える者がいることは重々承知している。だから無理強いはしない。だが今、君らのために武器を取る彼らのこの姿に、何か心突き動かされるものがあるというのなら、どうか最善を尽くして欲しい」


 フレイヤが兵たちを鼓舞する。それはきっと綺麗事に過ぎないだろう。軍を預かる者の発言としては不適切であるかもしれない。当のフレイヤも当初は、抵抗激しければ命を奪うこともやむなし、そう考えていた。

 だが、目の前で命を懸ける彼らを目にして、フレイヤは心から彼らを、為政者の醜い思惑に追い詰められた者達をどうにかしたいと思い始めていた。


 それは兵たちも同じ気持ちであったのだろう。皆傷つきながらも気力を振り絞ってその身を起こすと、フレイヤの号令に答えるようにときの声をあげた。


 その中には先日の事件で家族を失った者も居た。だが今この瞬間、彼らは怨恨を忘れ、お互いの背中を合わせたのだ。

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