立ちはだかる絶望

「はぁ……はぁ……」


 エルドは肩で息をしながらその場にへたり込んだ。他の三人も同様に疲れ切っていた。

 この山は幻獣化したライオネル・セイバーが繁殖する危険地帯であり、時折、山の麓に降りてきた獣が通行人を襲う事件が多発していたために、定期的な駆除作業が行われていた。

 しかし、通常一部隊がじっくり一日かけて行う戦いを、エルド達はたった四人で、それもわずか数時間で完遂させられた。


「なるほど、こりゃ良い修行だ。だけどさすがにきつすぎるぜ……」


 カイムがぼやいた。

 先程のネペンテスなどは動きが鈍く戦いやすい部類であり、しかも瀕死だったために、さほど苦労もなかったが、ライオネル・セイバーは別である。

 寒冷地のような過酷な環境で育つ獣は、それだけで他の魔獣より屈強な個体となる。それが幻獣化するのだから質が悪い。


 鋭利な爪と牙、それらを振るい一裂きで獲物の肉をえぐる筋力、集団で連携し執拗に獲物を屠る頭脳と執念深さ、数匹を相手取るだけでも並の戦士では敵わない。


「うーん、ざっと五十はいた獣達をこの短時間で討伐するなんて、大した強さだね」


 いつの間にか、レオンが一行の側に立っていた。


「こ、これぐらいどうってこと無いさ」


 エルドは息を切らせながら言った。


「だが守備隊の兵士ならともかく、親衛隊や国境警備隊の者ならこの程度、造作もなくやってのける。獣に手こずるようなら、君たちの実力は彼らにすら及ばない。エルドは多少腕は立つが、それでも魔法が扱えない時点で他の強者に大きく溝を空けられている」


 レオンは容赦なく言い切った。


「っ……」


 それはエルドたちにも分かっていたことであった。ここ数日の、公都で暗躍する者達との戦いでエルド達はほとんど役に立てなかった。


「無論、君たちはまだ若い。素質もある。時間をかければいずれは、他に引けを取らぬ強者になれるだろう。だが、これからあのジャファル達を相手にするには時間も実力も圧倒的に足りない。いずれフレイヤが彼らの拠点を突き止めるだろうけど、その時、君たちはどうする?」


「決まっています……」


 アリシアが剣を支えにゆっくりと立ち上がった。


「私にはこの国の犠牲となった彼らを救う必要があります。彼らだけではありません。差別、汚職、重税、強制労働、この国に残るあらゆる理不尽を私は一層します。その第一歩として、私はイシュメル人達を止めてみせます。対決が避けられないのなら、例え命の危険があろうと私は先頭に立ち、公国に残る禍根を取り除いてみせます」


 アリシアの言葉に他の者達も立ち上がる。志は皆同じであった。


「ご立派なことです。先王夫妻もお喜びのことでしょう。ですが――」


 一拍置いた。


「口先だけで力が示せないのであれば、全ては絵空事でしかない」


 レオンが冷たく言い放った。


「もし……もしも、殿下と君たちがイシュメル人との戦いで先頭に立とうと考えているのなら……」


 腰に提げた剣の柄に手をかけると、レオンの身体を覆う闘気がみるみる膨れ上がっていった。地が揺れ、雪原を覆う雪がその熱に当てられてみるみる溶け去っていく。

 およそ常人の発する気など比にならないほどの膨れ上がった闘気に一行は気圧されそうになる。


「誰か一人でも良い。せめて一太刀、僕に浴びせるほどの力を示してみろ」


 ただでさえ四人を圧倒する闘気が、レオンの抜剣と共に最高潮に達した。

 空間を支配する程の気の奔流に呑まれ、四人は息もできないほどのプレッシャーに襲われる。


「君たちの先に待つのは、帝国との戦いを生き残り、人智を超える力を得た魔人・ジャファルだ。そして彼に協力する者達、いずれも人を超えた強者たちだ。それでもこの国を変えるなんて夢想を果たしたいのなら、騎士学校で培った全てをぶつけ、彼らに挑む資格を示せ。もし、口先だけの志でしかないのなら――――」


 レオンは剣を掲げて魔力を練り上げた。天を衝くほどの光の柱が目の前に顕現した。


「手足をへし折ってでも、戦場に出られないようにする」


 目の前に立つレオンからは一切の容赦は感じられなかった。たとえ、アリシアであろうと力を示さなければ確実に再起不能にされるだろう。

 一行は呑まれかけていた気を取り戻し、全身に気合を入れる。


「いいよレオン。前々からその優男ヅラに一発入れたかったんだ。それに自分の未熟さは自覚している。父さんと母さんが愛し守ろうとし、アリシアが変えようとしているこの国のために、僕はもっと強くならなきゃいけない!!」


「なんと絶望的な相手……今でも手が震えます。ですが、それが私の乗り越えるべき最初の壁と考えれば気合が入るというもの。全力で行かせてもらいます!!」


「こんなこと言うのは俺のガラじゃないが、俺を掃き溜めから掬い上げてくれたのはこの国だ。どうしようもない連中がはびこる国でも、俺にとっては第二の故郷だ。相手があんたでも全力をぶつけるだけだ!!」


「お母さんとアイシャさんが守り、救ってくれたこの生命。その全ては、イシュメル人とこの国の融和のために使うんだ。だから、ここで退くつもりはない!!」


 四人が武器を構える。相手は至高にして最高の騎士、その剣から立ち昇る光の柱は余りにも強大で戦力差は絶望的であった。

 しかし、それぞれが抱える想いのために、四人は果てのない絶望へと挑んだ。

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