荒ぶる山

「しかしなんでこんなところに……」


 何故かエルド、アリシア、カイム、フィリアの四人はレオンに連れられてガラティア山岳中央の山に訪れていた。途中まではフレイヤ率いる親衛隊より借り受けた天馬に乗って飛び進めていたが、吹雪く山頂付近を飛ばすのは酷であると小屋に停めて徒歩で登頂していた。


「あのレオン少佐、私も説明していただきたいです」


 アリシアも疑問を差し挟む。

 そもそも、エルド達は銀行でロージアンの嫌疑に繋がる証拠品を探っていたはずであった。






 一時間ほど前のことである。


「ありました。水源の汚染に関する指示書です」


 アリシアは金庫に置かれたファイリングされた書類から目当てのものを探し当てた。


「破棄せず残っててよかった。わざわざご丁寧にファイリングまでされてるとは思わなかったけど」


「もともと几帳面な性格だからね。でもわざわざうちの廃液まで持ち出して、どうしてこんな事をしたんだろ」


「そこが疑問ですね。何故彼が性急に事を進めようとしたのか。いずれ明らかにしないといけませんね」


「それと、こいつをけしかけた理由もな」


 書類を捜索していた三人の後ろからカイムの声がした。振り向くとそこには、怯えたように竦む支店長ととそれを掴まえるカイムが立っていた。


「お、お許しください。仕方無かったんです」


「支店長? カイム、いつの間にか姿を消したと思ったら何してるの……」


 フィリアが呆れたようにカイムを睨んだ。


「彼が僕らにあのネペンテスをけしかけたからだよ、フィリア」


 カイムを責めるフィリアであったが、エルドはそれについて補足をした。


「え?」


「お、お許しください。仕方無かったんです」


「さっきも聞いたぞ、おっさん。さて、世が世なら……てか現行法でもぶっちぎりのアウトだ。どうする、アリシア?」


 仮にも次期公王を罠に掛けたのだ、法の緩やかなこの国でも決して軽い処分ではすまないだろう。


「そうですね。ですが私は支店長さんにそのような悪意があったとは考えておりません。ですが」


 アリシアは笑顔を浮かべて、語りかけた。


「あ、あの……あのあの」


 支店長は動転してしどろもどろになっていた。


「どうしてこのようなことをされたのですか? 当然、理由があったのですよね?」


 なおもアリシアは笑顔で語りかける。その笑顔の美しさとは裏腹に、妙な圧力めいたものを感じる。


「は、はい。その……ロージアン伯からもし自分の金庫を探るものがいれば、全力で排除するよう通達がありまして。その……」


「なるほど……支店長さんからすれば到底逆らえる相手ではないでしょうからね。仕方のないことです」


 しかし、アリシアが支店長を責めることはなかった。


「ご安心ください、今回のことは私の胸の内にしまっておきますし、支店長さんに何か被害が及ぶようなことが無いよう、ロージアン伯についてはしっかり対処いたします」


「そ、そんな、あんなことをした私めを許してくださると?」


「ええ、もちろんです。さあ、お戻りください。私たちはもう少し調べ物を致しますから」


「あ、ありがとうございます!」


 支店長は深く深く頭を下げるとその場を去っていった。


「見逃して大丈夫なのだろうか……」


「ただ気の弱い方のようですし、心配しなくても大丈夫でしょう。それよりも、イシュメル人街の大火についての証拠も出ればよいのですが……」


 ここまで来たのだ。更なる証拠が欲しいところであった。


「でしたら、後はこちらで引き受けいたしましょう」


 金庫を漁る一行に声をかけたのはレオンであった。


「殿下、少数ですが親衛隊より人員をお借りいたしました。金庫の捜査はお任せください。それと今後は殿下の見つけられた書類を元に、ソルテールのロージアン伯に対して捜査権限が行使できるよう手続きし、彼の嫌疑を精査したいと思います。既にヘイスティングス卿にも協力を要請いたしました」


「レオン少佐、目覚められたのですね?」


「はい、ご心配をおかけして申し訳おりません。エルドもね」


「いや、心配してないけど」


 エルドは素っ気なく言い放った。


「まったまたー、フレイヤと言い素直じゃない妹と弟だ」


「そのまま寝込んでいればよかったのに……」


 その鬱陶しさにうんざりしてエルドがぼやいた。


「しかし、レオン少佐も手際が良いな」


「まあね、君たちにはこれからやってもらわないといけないことがあるから、急いで済ませてきたよ」


「レオン? またなにか企んでるの?」


 エルドは呆れたような視線をレオンに向けた。


「さあ、外に天馬を停めてある。さっそくガラティア山岳に向かおう」






 事の顛末としてはこの様な感じであった。

 何の説明もなく、一行はここガラティア中央の山頂に連れて来られていた。


「さて、ここだ」


 一行が連れてこられたのは山頂の少し手前の氷食地形であった。その平らにくり抜かれた雪原ではライオネル・セイバーと呼ばれる獣が我が物顔で闊歩していた。どれも人の三倍はあろうかという巨体だ。


「やっぱり、しばらく見ない内に幻獣化した獣が繁殖してるな……よし」


 レオンはエルドのベルトを掴んで持ち上げた。


「な!? レ、レオン、何を!?」


 突然の蛮行にエルドは、解放されようともがき出す。


「何、まずは幻獣退治だ。エルドたちだけでやってごらん」


 そう言うとレオンはエルドを幻獣の群れへと放り投げた。


「うわぁああああああああああああああああああああああああああ」


 綺麗な放物線を描いて飛んでいくエルドであった。

 何とか受け身を取ろうとするが、着地の衝撃でエルドは雪原を転げ回り、やがて岩壁にしたたかに背を打ち付けて漸く止まった。


「だああああああああああ、何するんだレオンのやつ!!」


 いつも穏やかなエルドも、声を荒げて叫んだ。

 その様子を見て、他の三人は目を丸くさせていた。


「エルドなんか比じゃない脳筋だ……一体何の真似なんだ?」


「決まってるよ、修行だ。正直、次にイシュメル人が動き出すのがいつか分からない状態でこんなことをやるのはどうかと思うんだけど、もし君たちがジャファルや、この公都で暗躍する者達と対峙するなら避けては通れないことだからね」


「!?」


 その言葉を聞いて、アリシアは表情を一変とさせた。


「確かに……そうですね。私達はあのジークハルトという青年相手にただすくみ上がることしか出来ませんでした。レオン少佐の修行が受けられる、これほど恵まれた修行はないでしょう」


 アリシアはすっかりやる気であった。気持ちはカイムとフィリアも同様であった。


「そうだな。そう言われて引き下がる訳にはいかないな」


「うん。私ももっと強くなりたい」


 三人は顔を見合わせてうなずくと、眼下の氷食地帯へ飛び込んでいった。

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