メイウェザー卿

 イシュメル人達の拠点捜索の方針をアリシアが固めた折、一人の男がアリシアを訪ねてきた。


「お久しぶりです。殿下」


 男は恭しく一礼した。


「ええ、よくお越しくださいました、メイウェザー卿」


 かなり若い見た目の男で、傍から見れば三十代前半といった顔立ちであった。


「お、お父さん?」


 その姿を見たフィリアは思わず声を上げた。そう、彼こそが彼女の父であるグレン・メイウェザー男爵だ。


「可愛い娘よ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」


「う、うん。でもどうして? いつソルテールからこっちに来たの?」


「つい先程だよ。実は先日、ロージアン卿についての、ある嫌疑が浮上したんだ。そうしたら殿下より、魔導通信でご連絡を頂いたので、鉄道にて急ぎ公都に上がったんだ」


「嫌疑?」


「ああ。魔導機の製造にはフェリクサイトを加工したものが用いられるんだけど、その時に有害な廃液が出てくるのはフィリアも知ってるよね?」


「うん……あ!?」


 フィリアは何か気付いたようだった。


「昨日、ライトリム湖で抽出したあの毒物……もしかして?」


「うん。現物を確認させてもらったけど、あれがその廃液だよ」


「あれが、そうだったんだ。なんで気付かなかったんだろ……」


「そしてここからが本題だけど、その廃液が持ち出されていたことが発覚したんだ。他ならぬ、ロージアン伯によってね」


 メイウェザーの言葉に一同が驚く。


「やはり、そうでしたか……」


「いよいよ黒じゃねえか。これで湖の汚染とロージアン、繋がったんじゃないか?」


「ええ、彼が廃液を持ち出した証拠と湖の毒性の正体に関する調査結果が揃えば、彼に対して捜査権を行使できます。そして彼のイシュメル人に対する工作に関する真実を明かすことができれば……」


「少なくとも彼らの国外追放は防げるかもしれないね」


 エルドが続けた。


「アリシア、公都銀行の彼の金庫を捜査してみない?」


「何か心当たりがあるのですか?」


 エルドは、イスマイルが去り際にイシュメル人が襲撃した場所を捜査するように示唆したことを伝えた。


「確かに。あの獣は銀行の金庫を執拗に破壊しようとしていましたね。その中に彼の嫌疑を明らかにする証拠があるのかもしれません」


「こいつは決まりだな。俺たちの次の行き先は公都銀行か」


 一行は方針を固めると早速、動き出した。


 部屋には殿下とメイウェザーを残すだけとなり、アリシアが要件を伝えようと口を開いた。


「メイウェザー卿、捜査令状の取得にご協力いただけますか?」


「殿下のためであれば、なんなりと」


 再びメイウェザーが一礼する。


「すっかり、礼をするのが様になりましたねメイウェザー卿。ぎこちのない挨拶をしていた昔が懐かしいです」


「で、殿下、どうか昔の無作法に触れるのは……」


 メイウェザーは気恥ずかしさから目を伏せた。元々、彼は平民であった。


 しかし、魔導機産業で莫大な財を成し、国の公共事業に私財を惜しみなく投じて多大な貢献を為したことから、彼は先王より爵位を与えられた。

 その経緯からアリシアもまた彼を深く信頼していた。


 一方のメイウェザーも国を愛し、アリシアを敬愛する心から、何かと彼女の力となってきた。


 二人の一連のやり取りから、お互いに対する信頼感が感じられた。


「殿下、一つだけ此度の件、謝罪させてください」


 先程までの礼とは打って変わり、メイウェザーは謝罪のために頭を深々と下げた。


「そんな。どうか顔をお上げください。卿の責任ではありません」


「ですがあやつが、ジャファルが入植以来、イシュメルの民のために心を砕いてきたことを知りながら私は力になることができませんでした。責任の一端は私にもあります。ロージアン伯の不敬もまた、彼を御せなかった、私の経営の失態と言えましょう」


「いいえ、メイウェザー卿。卿は父の遺志を継ぎ、入植したイシュメル人達を多く雇い入れ、彼らに職を提供してきました。今回の件は彼らの抱える苦悩と、ロージアン伯の野心に気付かず見過ごしてきた我々、為政者にあります」


「そのような殿下……」


「ですがそれをいつまでも悔いていては仕方がないでしょう。でしたら過去の後悔を、価値ある未来に繋げるために努力いたしましょう。今後とも力をお貸しください、メイウェザー卿」


 アリシアは頭を下げる。


「殿下……」


 幼い頃より見守り続けた主君が、こうしてこの国の為に力を尽くそうとしている。その姿にメイウェザーはこみ上げるものを感じていた。


「……生涯の忠誠を誓います、殿下」


 そうして二人は部屋を後にした。

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