姉弟

 遺跡での死闘の後、傷付いたレオンは教会の経営する病院へと搬送されていた。


「容態はどうですか?」


 レオンの側には彼の様子を眺めるフレイヤの姿があった。


「じきに目を醒ますそうよ。全身の血管がずたずたになってたっていうのに、命に別状がないなんてタフなんだから」


 皮肉めいた言い回しだが、レオンの無事な様子に目を細めて安堵するあたり、その容態を相当気にしていたようだ。


「自己治癒と司祭様の治療で、傷もある程度塞がっている。もう心配はないはずよ」


 普段の男勝りな話し方とは打って変わって、今の彼女は親しい弟に接するようにエルドに話しかけていた。


「まさかレオンにここまで傷を負わせる人間が居るなんて」


「そうね。レオンは性格に難はあるけど、実力に関しては大陸全土でも屈指のものよ。それを上回る相手なんて、それこそあなたのお父様ぐらいよ」


 剣聖・アルバート、エルドとレオンの父にして、剣術の師である。その剣技と雷光は天を裂くと言われ、雷帝の異名を持つほどの実力の持ち主であった。


「…………」


「どうしたの、エルド?」


 エルドは考え事をしていた。記憶の糸を辿り、先程のベガの剣筋を反芻する。


「妙な既視感があったんです。ベガという男の操る剣技、どこかで見たような気がして。でも今、分かりました。父の振るう剣にその源流が似ている、そんな気がするんです」


「……確かに彼の得物は大剣だったし、言われてみると似てないとは言い切れないわね。とはいえアルバートさんとあなた達の剣はそれぞれ独自のアレンジが入ってるし、あの男の剣も完全に同じってわけではなかったから確証が持てないけど」


「まあ、僕も父の剣技は子供の頃にしか見てないですから思いつきなんですけどね」


「そうね。もう随分昔のことだもんね」


「…………」


 エルドは昔を思い出す。両親が命を落とした後のことであった。


「ありがとうございます。この八年間、僕らを匿ってくれて」


「そっか。もうそんなに経つんだ」


 フレイヤは懐かしげな表情を浮かべる。


「あの日、霊樹の森であなた達を見つけた時は本当に驚いた。アルバートさんたちが亡くなられた後、あなた達もエインズワースの手の者によって殺されたと聞いていたから……」


 そう、両親の死後、エルド達は追手に狙われ続ける日々を送っていた。家を捨て、人目に付かぬ森に隠れ住み、昼は魔獣、夜は寒さに怯える日々、満足に食事も得られなかった二人に手を差し伸べたのがフレイヤであった。


「僕らに偽りの身分と住まいを与えてくれたイーグルトン伯爵にも感謝してます、多分レオンも」


 エルドは深々と礼をする。


「でもそう思うなら、私達しか居ない時はもっと砕けて話してくれてもいいのに」


 フレイヤはエルドをまっすぐ見つめると少し不満げな様子で訴えた。交わす視線が気恥ずかしくて、エルドは思わず目をそらす。


「でも、騎士学校ではずっと先生と生徒の関係だったし」


 戻そうと思えば戻せたのだが、様々な理由から二人の距離感を計りかねてエルドはつい丁寧な口調で応対してきてしまった。規律に厳しいフレイヤにとってもそれで良いと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって甘えてくる可愛い弟だったでしょ?」


 フレイヤは昔のことを持ち出した。


「それを言うのはやめてよ、姉さん……」


 可愛いと呼ばれて素直に喜べない、微妙な男心である。


「お姉ちゃんじゃないの?」


 そんなエルドの様子がおかしかったからか、フレイヤはエルドをからかいはじめた。エルドは気恥ずかしさからそれっきり黙りこむが、そんなエルドの様子を見てフレイヤは笑みを浮かべた。


 しばらくの沈黙が漂う。


「でも……」


 やがてその沈黙を裂くようにフレイヤが口を開く。


「二人共、生きててよかった。二人が失踪したって聞いた時は堪えられなかったから」


「姉さん……」


「少ししんみりしてしまったわね。そうそう、そういえば聞きたいことがあったんだっけ?」


「あ、はい。イシュメル人が十年前の戦争に従軍したって本当なんですか?」


「どうしてそれを?」


「ジャファルさんが度々口にしていました。イシュメル人街の老人たちも参加したって」


「そうよ。十年前、先王が土地をイシュメル人に分け与えることを決めた時、エインズワースを始めとした貴族派が猛反発した。だから彼らは帝国との戦争に従軍し、その報奨として土地が与えられることとなったの」


「大義名分を用意して反発を抑えたことだね。でも、騎士学校の戦史の授業では聞いたことがなかったような……」


「貴族たちが彼らの功績を隠し通そうとしたの。父上……学園長は不正を許さない方だけど、それぞれのカリキュラムを担当する教師陣と理事達については一枚岩ではないから」


 栄えある国の教育機関もまた、様々な者の欲と思惑によってその教育のあり方は捻じ曲げられていた。


「歴史学の教授も貴族派だったよね。そういうことか……」


 エルドはため息をつく。歴史の真実を模索しようとする人間がそのような事でいいのかと呆れるばかりであった。


「それで彼らはどのように戦線に投入されたの?」


「基本的には前線で、彼らは貴族の軍の盾として徴用されたわ」


「そんな……」


 エルドは言葉を失った。まるで人の扱いではない。功を得ようと前線に立ちながら、死の危険を避けるために立場の弱い者を盾にするとは、とても貴族の所業とは思えない。


「今の言い方だと貴族が無理やり盾にしたように聞こえるけど、元々はイシュメル人自身が願い出たことよ。土地を与えることを約束した王と国への忠誠を示したいと彼らは進んで盾になった」


 イシュメル人は義理堅い民族だと言われている。故郷を追われ、流浪してきた彼らにとって人の親切は、他の定住民族が思うよりも遥かにありがたいものである。

 故に彼らは恩あるものに最大限の礼を尽くす。


「それがイシュメルの献身……自分の命まで掛けるなんて」


 エルドはただただ驚愕する。その在り方はどの民族よりも誇り高いように思えた。


「でも彼らの口ぶりだと、大戦の末期に何かあったようだけど」


「トラファルガー砦奪還戦のことね。当時、帝国はアリアナ自治州中部、州都グリューネの鼻先にまでその戦線を押し上げていた。それを打開しようと彼らの拠点としていたトラファルガー砦を奪還しようという作戦が持ち上がったの」


「それは講義でも扱いましたね。霧が深く、まともに先も見通せない日を狙い、周囲を囲むトランシルヴァニアの森を行軍し敵の砦を包囲して奪還したと」


「ええ、でもその先は私も詳しく知らないわ。というより資料が残っていないの。ただ一つ分かっていることは、その戦いを終えてカーティスは部下をすべて失い、イシュメル人も作戦に参加した殆どの者が命を失ったということだけ」


「え……?」


 エルドは言葉を失った。教科書ではその作戦は画期的な作戦により、圧倒的な勝利を収めたと説明された。しかし、フレイヤの言葉が正しければその勝利の裏にはおびただしいほどの死体の山が築かれたということになる。


「この先は彼ら本人に聞くしか無いでしょうね。殿下達がうまく聞き出せていればいいけど」


 そうして二人は、レオンの目覚めとアリシア達の帰還を待った。

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