魔人

 イスマイルの言葉を聞き、エルドはそれっきり黙りこくっていた。自分たち兄弟の間で隠し事は無いと思っていたが、エルドにはレオンの知らない悩み事があったようだ。

 一行はそれきり会話らしい会話をすることもなくある扉の前へとたどり着いた。


 一際重厚な扉を抜けると、そこには仄かに青白く光る神秘的な大樹が中央にそびえていた。


 そこはこれまでの見た部屋の中でも一層自然に溢れた場所で、遺跡に満ちた青白い光の粒子が妖精の様に舞い踊っていた。それは静謐な森の奥の、精霊たちが人に隠れて語らう木漏れ日の広場を彷彿とさせる幻想的な光景であった。


「よく来てくれた。一度君たちと話がしたかった」


 陽の光降り注ぐ部屋の中央にその男、カーティスは座していた。


「カーティス……」


 エルドが静かに呟いた。


「先日はろくに話もできなかったが、こうして間近で見ると母君によく似ている。レオン君の方はどちらにも似なかったようだが、その剣術と魔法の才はしっかりと引き継いでいるようだ」


 カーティスは昔を懐かしむような表情を浮かべて、そう語った。それを聞いて、レオンが前に出る。


「何故あなたが両親のことを?」


「我々の世代で、君のご両親を知らぬものはおるまい。それほど皆彼らを高く評価し、期待を寄せていた」


「期待……?」


「無論、公国の変革だ。フェリクサイトの発見や、海洋交易の発達によって平民が財を成し始めると、彼らは怯えるように民への支配を強めた。特に酷いのが鉱山だ。連日連夜、女子供に至るまで、民達は過酷な労働を強いられている」


 この国は貴族が強い力を持つ。無論、全てではないが彼らの中には平民を自身の栄華と権力基盤のための養分と見なし、隷従を強いる者がいる。それを改革しようと立ち上がったのが、先代の公王とその側近であるエルド達の両親であった。


「それがまさか、あなた達の動機だと?」


「そうだ、レオンくん。我々はあの方と共に彼らが果たせなかった改革の意志を継ぐ」


「ふざけるな」


 エルドは激昂した。


「そのためにあなた達はイシュメル人達の憎悪を煽ったのか? いたずらに憎しみの輪を広げ、取り返しの付かないところまで追いやったというのか? それが正義? 父さん達の意志? 馬鹿にするな」


 かつて父と母が語った理想は、このような卑劣な手段で為して良いはずがなかった。彼らが求めたのは身分の別なく人が豊かに暮らせる未来であった。それは決して、今幸せを享受する人間を貴族から平民にすげ替えることではない。

 エルドにとって、父母の意を騙るカーティスらの行いは到底許せるものではなかった。


「ええ、エルドの言う通りです。例え大義があっても此度のあなた達の行動、とても許されるものではない」


 レオンもまた同じ想いであった。


「無論、恥知らずな真似だということは承知している。だがもはやこうするしか道は無い」


 しかし、カーティスにもまた、微塵の迷いも見られなかった。例え己が間違っていようと、信ずる改革を断行しようという強い意志のようなものが、その瞳から見て取れた。


「姫殿下は、この国を変えようと拙いながら動き出そうとなされている。あなたにそれほどの固い意志が備わっているのであれば、殿下に手を貸すことこそが筋ではありませんか?」


 その言葉にカーティスは目を細めた。


「姫殿下、敬愛すべき方だ。世が世なら良い治世を為されたであろう」


 それは恐らく本心から出た言葉であろう。


「だが殿下が動かれるにはあまりにも遅すぎた」


「どういうことだ?」


「いずれ君らにもわかる」


 エルドの問いかけにカーティスは答えを伏せた。


「答えないなら別にいい。あなたが両親の知り合いだとしても、犯した罪は許されない。あの事件の被害者には命を落とした人だっていた。イシュメル人も、あなたが煽った結果、ロージアンの介入を許して憎悪と悪意の炎で焼かれた。あなたはそれを全て裏から操っていただけだ。自ら矢面に立とうとすらしなかった。それは最低の行いだ……」


 カーティスはどれほど手段が汚かろうが改革を断行する意志を持ち、エルドはどれほど理想が綺麗であろうと誤った手段を否定する。


 二人の信念はどこまで行っても平行線であった。互いの信念が相容れないのであれば、取るべき行動は一つしかない。


「あなたがその独善で大勢の人々を苦しめるのなら……僕は死力を尽くしてあなたを捕らえ、報いを受けさせる」


 エルドは剣を抜き、カーティスに向けた。


「エルド……そうだね。彼を父さんたちの意を継ぐ者なんて認める訳にはいかない」


 続いて剣を構えるレオン、そして二人に対しカーティスもまた槍を構え、エルド達と対峙した。


「待たれよ、カーティス殿」


 その時、どこからともなく声が響いた。


「誰だ?」


 レオンが虚空に向かって問い掛ける。すると、カーティスとエルド達の間に黒い闇のようなものがうねり始めた。しばらくすると何者かが転移してきた。


「ここは私が相手をしよう」


 それは漆黒の全身鎧をまとった人物であった。顔を覆い隠し鉄紺のマントをたなびかせるその姿と、鎧に隠しきれぬほどの気を放つその姿にエルド達は圧倒される。


「ベガ殿、何故ここに?」


「貴殿の計画の準備が整ったので呼びに参った次第だ。いくら貴殿とて、この二人を相手にしのぎきれる保証はない。特にそこの聖騎士は危険だ」


 ベガと呼ばれた騎士はレオンを見据えた。一方のレオンもベガの放つ気迫に気を引き締める。


「イスマイル殿、カーティス殿を連れてここから立ち去られよ」


「ベガ殿一人で大丈夫かい?」


「貴殿らのための時間ぐらいは稼げよう」


「僕たちが見過ごすとでも」


 しかし、イスマイル達の逃亡を許すつもりはない。エルドは地を蹴り、剣を振り上げた。しかし、ベガは異空間より大剣を取り出すとそれを真正面から受け止めた。


「迷いのない剣筋、重さも鋭さも申し分ない。だが、師を若くに失ったのは不運としか言いようがないな」


 ベガは右の足を軸に身体を回転させてエルドの剣を容易く弾くと、その鎧からは想像の出来ない俊敏な足取りでエルドに迫り、真っ向から叩き伏せた。


「かはっ」


 一撃で、ただの一撃で剣は砕け、エルドはその衝撃で吹き飛ばされた。


 直後、レオンが剣を振り抜いて斬りかかり、隙を突こうとする。しかし、ベガは慌てた様子もなく逆袈裟に放った一撃で難なくそれを払った。


「小手先だけで私は止められん」


 しかし、それで諦めるレオンではない。今度は目の前の空間を斬りつけて無数の剣光を飛ばした。その一つ一つが鉄をも裂くほどの強力な一撃である。剣光は遺跡の床を削りながらベガへと奔った。


「ぬぅっ……!!」


 ベガは大剣を前に構えてそれら全てを受け止めると、裂帛の気合とともにそれらを振り払った。そして直後、ベガが地面を蹴るとレオンに向かって剣をまっすぐ振り下ろした。それは、レオンの応じた剣とかち合い、同時に放たれた衝撃波が遺跡を揺らした。


「……イスマイル殿、今だ」


 レオンの剣が押さえられたその一瞬の隙を突いて、イスマイルは転移の術を発動させた。


「ベガ殿、感謝する」


 カーティスは一礼すると、二人はそのまま光の中に消えていった。


「くっ……逃したか」


 レオンは歯噛みする。しかし、せめて目の前の男を捕らえようとレオンは鋭い逆袈裟の一撃でベガの剣を弾いた。

 だが、その程度で隙を見せるベガではなく再びレオンに剣を下ろすと、両者は無数の斬り合いを繰り広げた。二人の剣がぶつかり合う度に、その衝撃は波となり、遺跡全体を振動させた。


 エルドは何とか立ち上がると、両者の人智を超えた力を目の当たりにした。このままでは遺跡が崩落するのではとエルドは危惧するほど、両者の持つ魔力は尋常でなかった。


 己を極限まで鍛え上げ、武術と魔法を極めたものは天地を揺るがすほどの力を発揮するという。たとえ戦場であっても数の差を容易くひっくり返し、たった一人で戦況を左右する。

 

そのような人智を超えた者達のことを――魔人と呼ぶ。




「その剣圧、その剣技、父の域に足を踏み入れたか」


 何十何百と互角に斬り合うベガの声は心なしか歓喜に満ちていた。それは強者と戦える愉悦か、それとも……


「そろそろ終わらせるとしよう」


 そうして無数の剣戟を響かせた後、勝負を決めようとベガは大きく剣を振り払ってレオンを弾き飛ばした。そしてそのまま剣を高く掲げると裂帛の気合いと魔力をその剣に込め始める。ベガの放つ黒い闘気は徐々に膨れ上がり、周囲一体を覆い始めていた。


「我が源流は深淵の闇、生命の嘆き、原初を司るものにして、全てを終焉に帰す地平線」


 魔力はやがて黒檀の闇へと変質してベガの剣に集い、その刀身に纏わりつくように膨れ上っていった。対するレオンもまた剣を掲げて光剣を生成して応戦の構えを取る。二人を中心に練り上げられた霊力の奔流の余波は天地を揺るがせ、まるで嵐のような旋風を巻き起こす。


「っ……」


 両者の気を前に、エルドは必死に防御の構えを取る。


「ハハ、二人共凄まじい気あたりだね。この遺跡もつかな?」


 いつの間にこの遺跡に戻っていたのか、エルドの隣には何故かイスマイルが立っていた。しかし、今のエルドは身を守ることで手一杯でイスマイルにかまっている余裕などなかった。

 やがて遺跡の天を衝くほどに剣を巨大化させた二人は同時にそれを振り下ろす。


 それはまるで巨大な波と波がぶつかりあうように轟音とともに溶け合った。


 相反する互いの霊力がぶつかり、爆ぜ散った衝撃は凄まじい爆発を引き起こし、まばゆい光と共に周囲を一瞬で呑み込んでいった。

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