決意

 この大陸を支配するのは人類と呼ばれる種である。その中には水精のような精霊もいれば、イシュメル人のように動植物に近い性質を持った種族もある。


 しかしその様な性質を持つ種は少数であるため、彼らが生まれたのは近親の交わりによって血が濃くなったことが原因という俗説が流布され迫害の対象となってきた。


 ここアルビオンでは様々な民族が共生してきたこともあり、その偏見は他国に比べて緩やかな方である。しかしそれでも、イシュメル人たちが奇異な目で見られることは珍しくなかった。

 そして自分たちとは異なる、禁忌を犯した者達に対する恐れというのは僅かなきっかけで爆発する。


 水源の汚染、無辜の民を襲ったアーケードの事件はアルビオン人のイシュメルに対する疑心を煽り、イシュメル人街の大火という凶行へと至らせた。


 一方入植当初より穏健を貫き、今回の件も冷静に対処しようとしていたイシュメル人の英雄ジャファルはこの一件から完全に翻意し、アーケードの襲撃者たちと合流して鉄道竣工式の日に次なる行動を起こすと予告した。


 これに対し反イシュメルを表明するアルスターの住人の一部はイシュメル人の駆逐を公然と叫び、貴族の面々の中にはそれに賛同し強硬な手段に出ることを訴える者も現れる始末であった。


 ぎこちないながらも少しずつ信頼関係を築き上げてきた両者はここに来て完全に決裂し、一つの内乱へと発達しようとしていた。





 一連の事態を深刻視したアリシアは賢人会議を招集し、貴族派筆頭のエインズワース公爵、そのエインズワースの右腕たるウェインライト侯爵、大公派筆頭のヘイスティングス公爵の三公爵が出席していた。


 王城の敷地内に建てられた議事堂の上階にある会議場にて、一同は集っていた。


「貴族はその大多数が、イシュメル人をアルビオンより放逐することを求めております。さて、このような事態で殿下はどうなさるおつもりで?」


 エインズワースが臆面もなく言い放った。そもそも、その議題はエインズワースより出されたものである。エインズワースはアリシアを試すような口ぶりで、今後の動向を尋ねる。


「無論、この国に対して反旗を翻すというのが彼らの総意であるならばそうせざるを得ないのは確かでしょう」


「今はそうでないと?」


「ええ。聞けば、此度の件の背後にはロージアン伯の暗躍があったと聞きます。その件を明らかにしないまま、彼らの追放を決定したとあれば我々は周辺諸国の笑いものとなるでしょう」


「その証拠があればよいのですが。我ら貴族には、確たる嫌疑がなければいかなる騎士団の査察も拒否できるのは殿下もご存知の通りでしょう」


 次に口を開いたのはヘイスティングス卿であった。父王の代から大公家に仕える重臣でこの場にあって唯一のアリシアの理解者であった。


「エインズワース卿はその嫌疑は十分に固まっていないと、お考えか?」


「無論だ、ヘイスティングス卿。実際に汚染を引き起こした者達は獄中で自殺を図り、もはや語る口は持たない。そのような状態で、査察を行えば議会の面々も納得はしないでしょう」


 そう既に、実行者達はこの世に居ない。それは本当に自殺だったのかそれとも口封じだったのか、真実は誰にもわからないが、ロージアン伯の疑惑に関する手がかりは消え失せていた。


「だが――」


「ヘイスティングス卿、エインズワース卿の言い分にも一理あります。今はその件は保留としておきましょう」


「ですが、殿下……」


「ロージアン伯の嫌疑については、卿の協力も得て引き続き調査を続けます。まずはこの国に反旗を翻した者達への対処について話し合いましょう」


「その通りですな、殿下」


 アリシアの言葉を受けてヘイスティングス卿は口を噤んだ。


「殿下の報告にあったカーティスという名は私も聞き及んでおります。国境警備隊に属する将校であり、トラファルガー森林での戦いでの敗走において殿を務めた部隊の隊長だったはずです」


 カーティスについて語ったのはウェインライト侯爵である。西のシュネーヴァイス方面の国境警備隊の総司令を務める男である。

 とはいえ侯爵位を継いでからは、副官のマクスウェル中将にその職務を任せながら、公都と往復する日々が続いていた。


「確かイシュメル人の若者たちを扇動し、戦闘訓練を施していたとのことですな。代表のムスタファ殿によると、彼の扇動を受けて出奔したのは一部の若い者たちに限られると。殿下のおっしゃる通り、此度の件が彼らの総意であるとは考えにくいですな。強硬策に打って出るかは慎重に考えるべきでしょう」


 ヘイスティングス卿はアリシアの意に賛同しているようだ。


「ふむ、ヘイスティングス卿は随分とイシュメル人にお優しい様子。ですが連中がアルスターの民を害したのもまた事実。如何な事情であれ反逆者は容赦なく処分すべきでしょう」


「エインズワース卿、性懲りも無くそのようなことを。今も街に残るイシュメル人達は移民の時よりこの国に尽くし、火をかけられた今でもなお誤解を解き融和を図ろうとする者たちだ。それを一括りにして対処するなど横暴だろう」


「だが民達はどう思われるか? 殿下は聡明な方です。彼らが一枚岩ではないことはよくご存知でいらっしゃる。故にイシュメル人の処分に対しては慎重なご様子。ですが民には誰が善良なイシュメル人かなど分かりようがない。恐怖を抱いた者たちにとっては等しく国に仇なす野蛮人だ。その危惧を差し置いて彼らを擁護することが果たして正しい行いと言えるのか?」


 ヘイスティングス卿とアリシアは押し黙る。言い様は乱暴ではあるもののエインズワースの言うことも的を射ていた。


 イシュメル人街の建設は、彼らが故郷を感じられるようにという先王の好意であった。

 しかし、その事がかえってイシュメル人達が自分たちのコミュニティに閉じこもっているという印象をアルスターの人間に与え、結果双方の交流の機会を少なくしてしまった。


 人は自分と接点の少ない人種に対して、些細な違いや過ちを大袈裟に捉えて、その種族全体の傾向と捉えてしまう傾向にある。


 今の状況でいえばイシュメル人は、アルビオン人の目には暴力的な民族であるように映っているだろう。

 

 それが故に、人種政策は難しい。理想を語るのは容易だが実現は困難である。だからこれまで様々な国や地域で民族間の争いが絶えなかったのだ。


「ですが我々は入植以来、様々な種族と時に争いながらも手を取り合い共生してきました。その誇りを忘れ、新しく私達の国家に参画してきた彼らを安易に排除すべきではないと私は考えます」


 しかし、あくまでもアリシアは共存共栄の建国の理念を掲げる。


「ご立派な志ではありますが、具体的にはどうされるおつもりですか? 現に蛮行を重ねた脅威である彼らを野放しにすると?」


「いえ、そうではありません。彼らが真に我が国民を脅かす存在であれば毅然として立ち向かいましょう。ですが、彼らがこれまで我が国に尽くしてきたその功績とその想いには報いるべきです。彼らの真意と立場、そして彼らを凶行へと駆り立てた背景を明かし、可能な限り少ない犠牲で事態を収拾し、その上で民たちに信を問う。私はそのように動くべきと考えます」


「悠長なことです。彼らが次に行動するのがいつなのかも分からないというのにでしょうか?」


「卿の言う通り、時間はない。ですが私は最初から諦めるつもりはありません。そのためにまずは公都の守備を固め、彼らの捜索を要請します。彼らの処遇をどうするにしても、まずは防備と捜索は必須でしょうから」


「それでしたら異論もありません。まずはその方向で議会を調整致しましょう。そしてイシュメルの民に対して、殿下がいかなる方法で対処されるか期待させていただきましょう。ヘイスティングス卿はいかがですかな?」


「現段階で議会の権限で行える事としては異論はない」


「ではそのように。ですが殿下、もし殿下の対処が及ばず彼らが次なる敵対行動を起こし、イシュメル人に対する疑念も払拭出来なかった場合、どうされるおつもりで?」


 エインズワースは次期公王たるアリシアの手腕を試していた。ここでその理念に見合った一手を見せなければ、彼は容赦のない手段に出て王位を奪うことであろう。


「民の命と財産を守るのは、次期公王として当然の義務です。その時は私の責任において、反旗を翻した彼らを駆逐し、イシュメル人をこの国より追放することに致します。たとえ血を見ることとなっても」


 それはアリシアが自身に課した誓約でもあった。ここで、共存共栄の理念が果たせないようでは公国を改革するなど夢のまた夢。自ら課したイシュメル人の国外追放という最終手段を採らなくて済むよう、アリシアは考えを巡らせた。

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