叛意

「なるほどここか」


 フィリアが探り当てたのはパーシヴァルの巡礼殿であった。巡礼殿の作られた場所は元々岩盤に挟まれた湧水帯で、岩盤の奥にひっそりと滝が流れていたのだが、その奥まった地形にはめ込むように後から巡礼殿が作られたという。

 巡礼殿の内部には奥の湧水帯から流れる水の通り道があり、遺跡の外側を伝うように流れ出るように設計することで水の神殿としてデザインされたものであった。


「確かにこの神殿から流れる水も黒々としているな」


「なら、この中に汚染物質があるのかもしれませんね。調査して見る価値はあります」


「じゃあ早速中に入ろっか?」


 フィリアの言葉を皮切りに一行が中へと入る。中は一本道ですぐに奥へとたどり着いた。


「え……?」


 巡礼殿の奥、湧水と貯水槽の前に居たのは先程から姿を消していたジャファルと背の高い男であった。


「お前たち、どうしてここに。それにキシュワードまで、何故ライラの元を離れている」


「待って、どうして父さんがここに? それに隣にいるのは、カーティスじゃないか」


「ふむ、先程から私の周りを探っていた者達か」


 そう、ジャファルの隣に立っていたのは、イシュメル人を扇動し、彼らを苦境に立たせたカーティスであった。

 カーティスは白髪交じりの渋い外見の男であり、丸腰ではあるもののその立ち居振る舞いからは一切の隙が見られない。こうして自分を追う者が現れたというのに落ち着き払ったその様子から、相当の実力を持っていることが伺われる。


「叔父様、どういうことなの? どうしてカーティスって人と一緒なの? ここで何を?」


 そのおよそありえない事態を前にしてフィリアは混乱し、矢継ぎ早に問い掛ける。


「ん? ああ、そうか。見ろ」


 その疑問に答えるようにジャファルが横にどくと、背後に数人の男が気絶しているのが見えた。


「汚染を引き起こしたのはこいつらだ。湖の前にも見張りが居て守備隊の格好をしていたが、どれもただのチンピラだ。それと辺りを見てみろ」


 その言葉に従って、周りを見ると樽のようなものがいくつか置かれている。そのほとんどは空になっていたが、その内の一つには真っ黒な液体が入っていた。


「それが汚染の原因だ」


「どういうことだ。それをここに持ち込み、イシュメル人達の暴動を煽ったのはそこのカーティスじゃないのか?」


 カイムがカーティスを睨みつけた。しかし、その様子に全く臆することもなくカーティスは口を開く。


「二つ誤解をしている。一つは、私はこの水場を汚染などしていないということ。そして二つ、私は確かに彼らに武器を与え、戦う術を授けた。だが、それは全てイシュメル人の誇りのためだ」


「なんだと?」


「カーティス、彼らもまた俺たちイシュメルの人間のために動いてくれた。知る権利がある。聞かせてやってくれ」


「良いだろう」


 カーティスはカイムたちの方へと向き直る。


「結論から言おう。彼らを使いここに毒を撒いたのはロージアン伯だ」


「え……?」


 その名前を聞いて驚きの表情を浮かべたのはフィリアであった。


「ロージアン、どこかで聞いたような……」


「鉄道の関連事業を任されているメイウェザー商会の重鎮だよ。最近は特に観光事業に熱心なの」


「そうか、工房に行った時にそんな名前が出てたな。って待て。確か前に行ったカフェのマスターが、貴族共がイシュメル人街にリゾート地を建設したがってるとか言ってなかったか?」


「そうだ。俺達から水源の調査の名目で土地を奪おうとしたのは、そのロージアン伯だ」


 ジャファルは苦々しげな表情を浮かべる。


「つまりは汚染騒ぎは、土地収奪のための自作自演だったって言いたいのか?」


「いやそれだけではない。なかなか土地を明け渡さない彼らに業を煮やしたロージアンはより大胆な手に出た」


「それってまさか……」


 頭にふと湧いた予感に、フィリアが胸をざわつかせた。


「そう、市民を扇動してイシュメルの街を焼いたのは彼だ」


「な!?」


 三人は言葉を失った。


「そんな……そんなことのために火を? そのせいでライラはあんな目に……」


 カーティスの語った言葉に衝撃を受け、キシュワードが膝をついた。


「そうだ……その俗な望みのために娘は火を掛けられ、生死の境を彷徨っている。それを治そうと霊気に満ちた水場を探せばこの有様だ。水源ごと汚染され、清水の一滴も残っていないと来た。どうだ傑作だろう」


 ジャファルは身に降り掛かったあまりの不運にたまらず笑い出した。


「まさか、叔父様。カーティスと一緒にいるのは……?」


「そうだ、俺が間違っていた。アルビオン人のなんと野蛮なことか。己の欲望のためにこんなことまでしてのけるんだからな。十年前も、今も、奴らの性根は欠片も変わっていない」


「待て。その男はイシュメル人を扇動してあんた達を追い詰めたんだぞ」


「この男がどうしていようがいずれ俺たちの街は燃やされていた。そうだろう?」


 カイムはその言葉を否定できなかった。貴族というものは、己の欲のためなら平気でそのような行いをする。少なくともこの国の貴族の一部はそうである。


「なら俺達は抵抗する。俺たちの平穏を、この国への献身を、誇りを、その全てを踏み躙る奴らを俺は決して許さない」


「パ……パ……?」


 この国への叛意を明らかにしたジャファル、その時彼の前に現れたのは愛しい娘であった。

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