イシュメルの愛

 水源の汚染、その原因を調べることを決めた一行であったが、先程別れたジャファルにその事を伝えるため、四人は昼間訪ねたジャファル邸を訪れていた。


 やはり先程の火事に巻き込まれていたのか、外壁はとことどころ焼け焦げていた。

 しかし、ひどかったのは室内であった。火が燃え広がったのか家財道具は焼け焦げ、絨毯などの燃えやすいものは焼失していた。

 一階には誰も居なかったので二階に上がると、そこには辛うじて焼失を免れた水槽が置かれていた。そしてそこに居たのは、まるで萎れた花のように水槽の中でぐったりとするライラと、その手を握り心配そうにその様子を見つめるキシュワードであった。


「キシュワードさん、どうしてここに? 叔父様は? それにライラはどうしたの……?」


「酷く衰弱してます。ただでさえ日頃から毒水の浄化で消耗してるところを蒸し焼きにされたんですから無理はありません。今は蓄えた清水に浸からせて様子を見ていますが、医者の見立てじゃ今のままでは五分といったところです……」


「そんな……」


「どうしてこんなことになったんでしょうか……僕たちは静かに暮らせる場所があればそれで良かったのに……っ!」


 キシュワードは声を震わせて嘆いた。


「何か方法はないのか? 水の生き物なら清水に浸からせるとか」


「清水と言ってもそのあたりの水では駄目なのです。水精は精霊の一種なので、その治癒には霊気の濃い場所で清められた水を用いないと効果は薄い。ですが、そのような場所そうあるものではないですから」


「北部のサザーラント地方の山岳地帯では駄目でしょうか? アルビオンの名水としては有名ですが」


「既にジャファルさんと探し回りましたが、街道が荒れて流通が滞ってるせいでどこでも取り扱っていないようです」


 一向は考えあぐねる。直接採取しようにも時間がかかりすぎる。それまで目の前の少女はもつだろうか? 八方塞がりな状況にキシュワードは歯噛みする。


「あれ……」


 その時エルドが何かひらめいた。


「アリシア、さっきの地底湖はどう?」


「あ……そうです! あそこは濃い霊気で満ちていました。あそこの水ならもしかすると……」


「まさか心当たりがあるんですか、エルドさん!?」


「ええ、先程ガラティア山岳を訪れた時にそれらしきものを」


「ああ、女神よ感謝します。あの、お願いします。どうかそこへ連れて行ってくださいませんか?」


 キシュワードは深々と頭を下げる。


「もちろん構いませんよ。あ、でもこの後は」


 そう。一行は水源の調査に行く予定である。


「でしたら、二手に分かれましょうか? 水源と例の地底湖は距離的にはさほど離れていませんし、用を済ませ次第合流すれば大丈夫でしょう」


 アリシアの提案から一行は二手に分かれることになった。地底湖の方へは、その場所を知るエルドとアリシアが向かい、水源の方へはカイムとフィリアが向かうこととなった。


「しかし情けないことを言うようだが、やっぱエルドが居ないと戦力的には不安だな」


「確かに、あのジークハルトって人が来たらと思うと。こんなこと言ってる場合じゃないんだけど」


「だが、あの洞窟で詳細な道を覚えているのはエルドぐらいだ。今は弱音吐いてる場合じゃないな」


 カイムは自分の両頬を叩いて気合を入れ直した。


「ふむ、でしたら私も水源の方へ同行しましょうか?」


「良いのか?」


「ええ、地底湖の方はお二人で足りるでしょうし水源の調査なら水魔法の扱える私が居たほうが良いでしょうし」


「それは願ってもないかも。キシュワードさん、お願いして良い?」


「ええ。任せてください、フィリア。エルドさんたちもライラのこと、どうかよろしくお願いします」


 エルド達がこくりとうなずく。


「ライラさん、お苦しいでしょうけどしばらく我慢しててくださいね」


 そう言ってアリシアはライラを抱きかかえた。


「Ah……Pu…P……」


 どうやら目を覚ましたのか、ライラがかすれた声で何かをつぶやく。


「ライラ、まさか言葉が……?」


「パ、パ……」


「ごめん、ライラ。父さんは今大事な用で席を外している。けど、大丈夫だ。君を死なせたりはしない。必ず助けるからね」


 キシュワードは優しくライラの頭をそっと撫でる。するとライラも安心したような表情を浮かべると再び寝入った。


「パパ? もしかしてその水精とあのおっさん、父娘なのか?」


「ええ。アルビオンの方には馴染みが無いかもしれませんが、我々にとっては水精と結ばれることは珍しくありません。ライラの母も水精だったのです」


「女神にとっては、精霊もまた霊子から生み出した人の子であると聖典には記されていますね。そして人との愛を得ることでその者の言葉を学ぶとも」


「ライラも父の愛を一心に受けていたので、こうして言葉を……」


 キシュワードは感慨深く呟いた。ライラを見守るその視線はとても優しげなものであった。


「きっとジャファルさんの愛だけでは無いでしょうね。エルド、必ず助けましょう」


「うん」


 一行はそれぞれの目的地に向かって動き出した。

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