遺構に潜む影

 仄暗い紺碧の一室に、やけに甲高く不快感を催すうめき声が響いていた。部屋の中央には巨大なウツボカズラのような生命体が吊るされていた。

 ウツボカズラは鋭利な棘の付いた鞭のような物で縛り上げられ、深々と棘の刺さった傷口からどくとくと血を流していた。

 それでもなおその戒めを解こうともがくが、その度に棘が深く食い込み、苦しそうな雄叫びを上げていた。そうして身を震わせる度に漆黒の粒子が胞子のように撒き散らされ、それらはウツボカズラの真下にある球体状の容器に染み入るように吸い込まれていった。


 一方その側では耽美な顔立ちの浅黒い肌の男が淡々と、もがくウツボカズラの様子を観察していた。しばらくすると部屋に銀の髪の青年が訪れた。


「相変わらず趣味の悪いことだな、イスマイル」


「ジーク君、これは私の趣味ではないよ。むしろ僕としても不本意ながらやっていることだからね」


「それで首尾はどうなっている?」


 男の事情など興味はないと言った様子で青年は要件だけ伝える。


「あまり芳しくはないね。霊子結晶体と言えど幻獣一匹から得られる量はたかが知れている。そもそも生態もよく知れていない存在だ。調教するにもせいぜい生存本能や母性本能を刺激すること程度しか私には思いつかないからどうにもね」


 青年がふと視線を移すとそこにはおびただしいほどのウツボカズラの死体が転がっていた。その大きさから見て眼の前の個体の生んだ幼生だと推測される。


「私はサディストではないからこういうのは気が引けるよ」


「お前の興味がどうであろうと戦力の増強は今後の課題だ。いくら堕落していようが公国の戦力は膨大だ。牙を抜かれたイシュメル人が当てにならない以上、個々の戦力を底上げするしか無い」


「ふむ。その口ぶりだと彼らの勧誘、あまりうまくはいっていないようだね」


「話に乗るのは血気に逸った若い連中だけだ。あの戦争に参加した戦士の殆どは固辞した。よほど今の生活が大事らしい」


「彼らの中にはこの国への疑心が植え付けられている。やり方次第では容易く勧誘できると思ったんだけどね」


「お前の悪辣な趣味の様な真似、カーティスに出来るわけがない。成果が挙げられないとしたらお前の人選ミスだ」


「ハハ、彼は誠実な男だからね。陰謀めいたことには向いていないのは間違いないだろうね」


「なら何故やつに任せた」


「そりゃイシュメル人と彼の怒りは根っこが同じだからさ。だからきっと彼の熱い想いが彼らに届くと思っているよ僕は」


 そのふざけた物言いにジークと呼ばれた青年は苛立った。この男は何かと物事を楽しむ男である。今の発言がどこまで本気なのかジークは測りかねていた。


「ともかく、かろうじて得られた戦力も期待はできそうにない。一刻も早く製造を進めろと元帥も言っている」


「ひとまずこの地での計画に向けた要求分については増産を進めたよ。ただこれ以上となると時間がかかりそうだ。もっと別のアプローチで必要な霊子が採取できれば良いんだけどね」


「必要分が揃っているのであれば、今はそれで良い。だが、どの道次の計画になれば新たに必要になる。生産性の向上について改めて考えておけ」


 ジークは一方的に言い放つ。


「やれやれ、人使いが荒いね……まあ良い。増産についてはどうにかするとして、僕はカーティス君に会いに行ってくるよ」


「何を企んでいる?」


「なに、今後の行動計画をまとめるだけさ。そろそろイシュメル人街にも動きが見られるだろうからね。今回の計画もそれからが本番さ」


「どういうことだ?」


「それはこれからのお楽しみさ。ただ、人手の件に関してはすぐに解決するはずさ」


「まさか戦う意志のないものを無理矢理巻き込むつもりか?」


「そういうわけではないさ。彼らは自発的に戦うことを選択する。それが歴史の必然だ。だがお優しいジーク君のことだ、戦いを拒否する彼らがそれに巻き込まれるのは我慢出来ないかな?」


「……お前の言うことは理解できん」


 ジークはイスマイルの遠回しな言葉の裏に隠された真意を探ろうとするが、その考えは読めなかった。


「だがお前の言う通り、彼らが戦うことを選ぶのならば、彼らが自分の居場所を守れるように手を貸す。それだけだ」


「やはり君は優しい子だね。では、さっそく手を借りていいかな? どうやら侵入者のようだ」


 どうやってか、イスマイルは侵入者の存在を察知していた。


「数は?」


「五人だね。物資の搬入でイシュメル人がやってきているから、彼らを守ってやってくれ。相手の数は多いが、君の実力なら何てことはないだろう?」


「そこまで自惚れてはいない。だが了解した。全力で対処に当たる」


 そう言ってジークは、部屋を後にした。

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