紺碧の遺構

「全く心臓が止まるかと思ったぞ、エルド」


 結局、あれからさほど時間も経ずに二人は元いた場所に戻っていた。


「地下に繋がる道が直ぐ側にあってよかったね。アリシアも無事で良かったよ」


 崩落に巻き込まれた二人の身を案じていた、カイムとフィリアは二人の無事な姿を見て安堵する。


「ジャファルさん、すみません。時間をロスしてしまって」


「構わん。なんたって旧い隧道だ。今後もこういう事があるかもしれん。一層、引き締めていこう」


 心情的には急ぎ先へ進みたいと考えているだろうに、ジャファルは律儀にエルド達を捜索してくれていた。形としてはエルド達が足を引っ張った形になるが、そのことについて気にした風もなかった。

 こうして改めてジャファルと相対してみると、先程までは気付かなかったが無精髭を生やしたその冴えない見た目に反して、ジャファルはとても落ち着き払った威厳のある雰囲気を漂わせているように見えた。イシュメル人の中でも随一の実力者と聞いていたが、それはあながち間違いでもなさそうだ。






 さて、先程の結界を抜けるとその先には漆黒の扉が鎮座していた。大樹のような形の溝が彫られた重厚な扉だ。さしたる装飾はないが、その簡素で無骨な意匠から開けてはならない扉なのではないかといった不安が掻き立てられた。


「随分古びたものに見えるが、この神樹を象った意匠、先史文明時代の遺跡じゃなさそうだな。こういった遺物はアルビオンではよく見つかるものなのか?」


「ええ、神樹を象った意匠の遺跡は多く発見されていると聞きます。でも、こんなところに隠されていたなんて……」


「こういった遺跡は何らかの機構で封印されているものが大半だが、どう開けたものか」


「そうだね。見たところ鍵穴は無いみたい。うーん、でもワクワクするな古代の機構を間近に出来るなんて」


 フィリアは未知の技術に触れて心を踊らせていた。


「なあエルド、お前の馬鹿力でこじ開けられないのか?」


「決して人の侵入を許さない古代の遺物を叩き割るか……試してみるのも面白そうだね」


 冗談で言ったつもりだが、どうやらエルドの脳筋魂に火を付けてしまったようだ。


「やめなさい。まったく……そんなことしたら私達生き埋めですよ、エルド」


 嬉々として腰の柄に手を伸ばすエルドを制止すると、アリシアは扉を探るようにさすっていく。


(ふぅん?)


 その短いやり取りにカイムは目ざとく反応した。


「これかしら?」


 一方、アリシアは神樹の中央に彫られた繭のようなパネルを押し込んだ。すると、ブゥンという音とともに扉に彫られた溝に青い光が満ち始める。光は円を描いてやがて神樹を取り囲むと、徐々に に向けて染みていき神樹の樹皮を染め分けた。


「何も起こらんな」


 そう言ってジャファルが扉を覗き込む。するとその瞬間、ごうっという音とともに樹が割れるように扉が左右に開いていった。その先に現れたのはこれまでのような洞窟であった。しかし決定的に違うのは、青白く輝く鉱石が壁の到るところに埋まっているという点だ。


「これはフェリクサイトだよ。まさかこんなところでも採れるなんて」


 フィリアが目を輝かせる。 


「どうやら機構自体は生きているみたいですね。こういった遺跡の多くは機構そのものが封印されていることが多く、仕掛けを作動させても反応しないことが多いのですが」


 ふとエルドがしゃがみ込み、地面を注視した。


「最近、誰かが通った形跡があるよ。多分彼らはこの先だ」


「遺跡探索もお手の物とは、なんとも頼もしい騎士様たちだな。しかし、それにしても随分と雰囲気が変わったな」


 周囲のフェリクサイトの輝きのおかげかその空間は、蒼光の満ちた神秘的な空間であった。崩落や罠などの危険がないことを確認すると、一行は奥へと向かった。




 しばらく道なりに歩いていると、不意にとてつもないプレッシャーが一行を襲った。


「っ……おいおいなんだこれ、肌がピリピリするぞ」


「う、うん。まるで毛虫が這ってるかのような怖気がするよ……」


 圧されてカイム、続いてフィリア、ジャファルが胸を押さえた。


「三人とも大丈夫ですか?」


 悪寒に襲われる三人に対して、エルドとアリシアの方はなんともない様子であった。


「二人はなんともないの?」


「そうですね。私はなんともないみたいです」


「僕もだ。むしろ心地よさを感じるような」


 何故人によって差が生じるのかは不明であったが、徐々に慣れてきたのか、胸を押さえていた三人は徐々に呼吸を整える。


「条件に合わない人間を排除する罠ってわけじゃなさそうだ。一体何だったんだろうな?」


「分からんが。どうやらこの先は尋常じゃない場所のようだ」


 改めて気を引き締めると一行は更に奥へと向かって歩き出す。そこは下り坂となっており、これまでとは異なり魔獣が生息している気配はないが、あまりにも荘厳で静謐な空気が漂い、いっそ息が苦しいほどであった。

 青白く光り輝く岩壁からはさらさらと粒子が崩れ落ち、粒子は宙を舞いながら坂の奥へと運ばれていた。その奔流を辿って行くとやがて人工的な区画が目に入ってきた。


 そこはサファイアよりもなお暗い紺色の陶器のような素材で作られた回廊で、壁にある窓のような窪みから月明かりのようなものが差し込んだ明るい空間であった。


「ここだけ月明かりが注いでいるけど、どんな構造してるんだろ?」


「そもそもまだ夜ではありませんよね? どうして月明かりが……」


 およそ常識では考えられない空間ではあったが今はとにかく奥へと進む。

 やがて広い空間に出ると一行は驚愕した。その空間はまるでエルド達が足を踏み入れた山の、地表だけを薄皮のように残して内側をくり抜いて作ったのではと思わせるほどに広々としていたのである。相変わらず宙には青白い粒子が舞っているが、紺碧の空間を舞うそれらはまるで夜空を彩る星々のようであった。


「綺麗……昔の遺跡ってみんなこんな神秘的な外観なのかな」


「私も初めて見ましたけど、本当に綺麗……」


 二人はその光景に目を奪われていた。

 その広々とした円筒の空間についてだが、中央には大仰なパイプのような柱が山頂ぐらいの高さまで伸びており、それを取り囲む様に多層に渡って円環の回廊が取り囲んでいる。そしてそれぞれの回廊からは無数の通路が放射状に伸びていき、壁面のゲートに続いているようであった。


「見事なものだね。寸分の狂いもない円柱と規則正しく左右対称に伸びた回廊、古代の技術の高さが伺われるよ」


「でもおかしくないか? ここは先史文明時代の遺跡じゃなくて、神樹創造の後のものなんだろ? 誰がどうやってここを築いたんだ」


 確かに疑問は尽きない。その空間は現代の水準を遥かに超えた技術の産物であった。


 さて、周囲の壁には排水口のようなものが取り付けられており、そこからは水が勢いよく飛び出ており底へと吸い込まれていた。回廊の縁から見下ろすと、遠く地の底に庭園のようなものが築かれているのが見えた。


 そこから考えるにどうやらエルドたちが立っているのは遺跡の中層辺りであった。そこから中央に向かって一際豪華で長大な階段が伸びていることから、おそらくここは遺跡の入口の役目を為しているのであろう。

 そうなると他に伸びている通路は何か別の区画に繋がっているのだろうか?


「しかし、こりゃ大発見だぞ。アルマーレで遺跡は多々発見されど、ここまで大規模でしかも封印の解かれたものはきっとここが初めてだ」


「うん。まさかガラティア山岳にこんなものが隠されていたなんて。それに床も壁も天井もまったく劣化していない。まるで建築したてのように綺麗だ」


「どうやら遺跡全体に保存魔法が掛けられているようですね。でも今でも効力を保持している魔術なんてあるのでしょうか?」


 一刻も早く先程の男たちを追わなくてはいけない。それはわかっているが、目の前の光景を前に皆が胸を躍らせていた。ジャファルも同じ気持ちなのか、息をするのも忘れて眼前の遺構に目を奪われていた。


「本当に心躍る光景だな。だが今は観光している時間も無い。これだけ広い場所だ。どうやって探したものか……」


「床を探ってみましたが、ここには手前までにあった痕跡が残ってないみたいです。追跡は難しいかもしれません」


「多分、保存魔法のせいじゃないかな? 傷や汚れを一切寄せ付けないものだから、痕跡も残りようがないんだと思う」


 階段を登りながらどうしたものかと一行は考えあぐねる。するとジャファルが何か気付いたように一行の前へと躍り出て、辺りを嗅ぐような仕草を始めた。


「どうしたの、叔父様?」


「ああ、もしかしたら奴らの匂いを追えるかも知れん」


「匂い……?」


「俺らは獣に近いなりをしてるからな。まあ鼻はそこそこ利く。とはいえ獣ほど敏感じゃないから、色んな匂いがごちゃまぜになると嗅ぎ分けるのも難しくなるが」


「エルドみたいな特技を持ってるんだな」


「あのね。流石に人の匂いを嗅ぎ分けるなんて出来ないからね」


 エルドは冷めた視線をカイムに送った。


「ここはそういった余計な匂いが少ないし、幸い奴らのリーダーのシナンってやつが振りまいてるのは臭いのキツい香水だ」


「なら叔父様に任せよう、みんな」


 一同がうなずく。

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