アリシアの提案

 アリシアが紛糾した議会を終えた日の午後、アリシアは騎士に任命した三人を街外れの古びた洋館に招いていた。

 そこでエルド、カイム、フィリア、アリシア、フレイヤの五人は今後について話し合う席を設けていた。姫と同席するなど身に余る事態ではあるが、姫に促されるままにエルド達は席に座った。


「母の生家です。今となっては住む人もいませんけど」


 住人はいないと言うが邸内は綺麗に手入れされていた。家財は最小限だが、紅茶の茶葉やケトルも備えられていることから時折、ここが利用されていることが伺える。


「今、お茶を入れますね」


 緊張する三人をよそにアリシアは鼻歌交じりに茶葉を取りに行く。

 流石に恐れ多いとエルド達はわたわたするが、アリシアは「良いから良いから」とエルド達を席に着かせた。


 こうして接してみると分かるが公の場以外でのアリシアは、その身分に反して、誰に対しても丁寧な物腰で接し、それでいて距離を感じさせず親しみ深い性格をしていた。

 フレイヤもそのような姫の様子に慣れているのか特に手伝う様子もなく席に着いていた。


「♪~~~~」


 午前の議会では大きな非難に晒されたというのにアリシアは上機嫌であった。

 調理場の様子は伺えないが、ピッピッと調理器具の制御パネルの音が響いてくるが、心なしかその操作もリズミカルで陽気なものに聞こえた。


「これってもしかして……」


 ふと動作音を聞いたエルドがそわそわし始める。


「どうした、エルド? トイレかー?」


 カイムはその理由に特に気付いた様子もなく軽く返す。


「違うよ。エルドは気になるんだよね? あの焜炉」


「う、うん。まあ」


 フィリアの言う通りであった。エルドは、アリシアの操る最新の調理器具が気になって仕方がなかった。

 しかしそれをまんまと見抜かれたため、まるでおもちゃを欲しがっていることを親に看破された子供のような気分となり、その気恥ずかしさから赤面した。


「そういえばエルドは魔導器に興味があったんだったな」


 近年の魔導研究の成果の一つに魔導器というものがある。

 古来より魔道書やスクロール、魔道杖など魔法発動の補助をするものや、魔法で調薬された秘薬のように短時間だけ特定の魔法を行使することを可能とする品はあったが、魔導器はそのどれにもない汎用性を秘めていた。


 使用者の魔力や才能に左右されず、大気中の霊子と基盤に組み込まれた術式のみによって誰でもいつでも特定の魔法が発動できる点で魔導器はそれらと一線を画していた。


 その一つが、アリシアの操る焜炉であった。

 空中に投影されたパネルを触るだけという簡素な作業で気軽に火を起こすことができ、これといった準備や燃料も必要としないため、非常に便利な代物であった。


 先日フィリアが用いた銃も魔導器の一種であり弾丸の生成と射出を同種の機関で賄っているなど、魔導器技術は様々な分野に研究・応用され始めている。


「興味があるなら覗いてみるか? 殿下も咎めはしないだろう」


「いいんですか?」


 フレイヤの好意にエルドは目をキラキラと輝かせた。エルドは新しもの好きであった。

 自身が初歩的な魔術しか行使できないためか、簡素な手順で容易く魔法を発動させられる魔導器は未知の感覚を与えてくれるし、そのような装置が社会にどのような変化をもたらすのかと想像してわくわくさせてもくれるからだ。

 フレイヤに通されてエルドは調理場へと赴く。


「みなさんどうかされましたか?」


 フレイヤが事情を話すと、アリシアは快く見学を許可した。エルドはおもちゃを与えられた子供のようになって夢中に焜炉の観察を始める。いつの間にかカイムとフィリアまで押しかけたためにキッチンはやや手狭となっていた。


「フィリアは実家の展示品でも見ればいいだろ?」


「だって人の家にあるうちの製品ってなんだかワクワクするもの」


「全然わかんねえなその感覚」


 形状という点では一般に流通しているガス焜炉とあまり差はないが、やはり目が行くのは使用者の眼前に投影された青白く光るパネルだろう。

 これは内部の機構を制御するもので着火、消火、火の勢いの調節はもちろんのこと鍋の温度や、加熱時間の計測までの全てをタッチ動作で行える。


「こんな機能もありますよ」


 興味津々といった様子の三人を見て気を良くしたのかアリシアはパネルをいじり始めた。

 するとパネルの上部に新しく青白い映像が投影された。それを見たエルドは思わず感嘆の声を上げる。そこには料理の映像とレシピが表示されていたのだ。

 アリシアがくいっくいっと指をスライドさせると、次々に画面が遷移して数々の一品が表示された。


「これは元々保存されているレシピですけど、自分で作成したものを保存したりも出来るんですよ。ゆくゆくは個人のレシピを他の家に送信して共有する構想もあるとか」


「すごいな。話には聞いてたけど実物はそれ以上だ。この投影魔術みたいな既存の魔術体系と組み合わせるだけで複数の命令と機能が使い分けられるようになってるなんてすごいよ。今研究中の魔導器同士を結ぶ霊子回路の技術が発展したらどうなっちゃうんだろうなあ」


「これよりも前のプロトタイプの時ですけど、父も初めてこれを見た時は同じ様に感動していました。それ以来、父も私財を投げ売って研究を支援してきたんですよ。便利で汎用性の高い技術は民の生活水準を引き上げるというのが父の口癖でした」


 先程までのエルドの緊張はすっかり解け、二人は楽しげに魔導器談義に花を咲かせていた。


「どうもこの手の機械の話はわからないな」


「俺もだな。フィリアならついていけるんだろうけど」


「私は技術者の娘だから。でも技術者でも何でも無いのにあんな風に語って、ふたりとも結構マニアだね……」


「エルドはともかく姫殿下もこういったものに興味があるのは意外だったな」


「先代公王の影響だろう。新しい技術に目がなく、便利なものはよく城中にも導入されていたからな。この家にあるものも先代公王より贈られたものだそうだ」


「さて、紅茶の用意が出来ました。お茶請けもありますからテーブルに付いてください」


 一同は再び席に着いた。

 そしてアリシアの手でティーカップに紅茶が注がれ始めると、ほんのりと芳しい香りが立ち始めた。薄緑の繊細な装飾の施されたカップに紅玉のように透き通った液体がなみなみと注がれていく。


 アリシアに促されて四人はカップに口をつける。

 すると心地の良い渋みが口いっぱいに広がっていった。西海の交易で盛んに取引されるアルマーレの茶葉だそうだ。

 かつて嗜好品であった紅茶も今では街のコーヒーハウスでも提供されるほど普及してきたが、アリシアの淹れたそれは店で提供されるどの紅茶よりも味わい深かった。


「こうして皆さんと紅茶をいただくのは久しぶりになりますね」


「覚えていてくださったのですか?」


 四人は昨日が初対面ではなかった。騎士学校のとある演習の日エルド達は一度だけ、アリシアと班を同じくする機会に恵まれた。

 とはいっても僅かな期間で、アリシアにも護衛を自称する貴族子弟がついていたためにエルドたちが言葉をかわしたのは演習後ともに紅茶を味わった一回きりであった。


「もちろんです。お三方のお噂はかねがね聞いておりましたし、あの日のことは特に印象深いものでしたから」


 エルドは思わずは赤面する。未だ公王の位にないとはいえ、アリシア姫はその美しい容姿と聡明さから国民に深く慕われていた。エルドも例外ではない。その殿下にこうして覚えられることは望外の喜びであった。


「悪評だぞ」


 しかし、浮かれたエルドの心をあっさり切り捨てるかのようにフレイヤが口を挟んだ。


「確かに成績は優れていたが、それを補って余りあるほど素行に問題があっただろう? 特にあの演習の日は」


「…………」


 胸に湧いたふわふわとした気分がすぅっと引いていった。心当たりはある。心当たりはあるが……


「で、でも、あの時北方の平原を荒らした地竜リントヴルムを討伐できたのはお三方の協力あってのことですし」


「確かエルドとカイムが村で一番肉付きの良い男を囮に森におびき寄せた後、フィリアが火を放って森ごと焼き払ったんだったな」


「あのままだと村の人間が食い散らかされるところだったぜ? それに森を燃やそうって言ったのはエルドなんで」


 カイムは悪びれずにエルドを売った。


「あそこは果樹林だ! 村の食い扶持まで燃やしてどうする。あろうことか村人まで囮に使って……」


「きょ、許可は取りましたよ! 僕も一緒に囮になりましたし」


「そういう問題ではない……まったくフィリアまで加担していたと聞いて頭が痛かった」


「でも一番ノリノリだったのは殿下なんです。人が変わったように馬を走らせて僕らを連れ回されていましたし」


「あ、ひどい! どうしてばらすんですか!」


「殿下? あの日は村長宅で待機されていたと聞いておりましたが?」


 静かな口調であったが、フレイヤの態度から強い圧力が感じられた。


「それはそのう……援軍を呼んでいたフレイヤが間に合わなそうだったからつい……」


 フレイヤは聞えよがしに大きなため息をついた。


「本当にお前たちと来たら、殿下まで巻き込んで……あのアセリア街道の盗賊の件だってそうだ。バラの果実を煎じた下剤を盛って動けなくなったところを手ひどく痛めつけたそうだな? とても騎士を目指すもののやることとは思えない」


「数の不利を覆すには搦め手が一番だからな。エルドの囮も効果的だったし、良い作戦だったと思うぜ」


 カイムが生き生きとし始める。敵の裏をかいたり隙を突く作戦はカイムの十八番とするところであり、大の好みでもあった。


「ぼ、僕は反対して……」


「確かお前は女装して奴らに給仕をしたんだったな。とても良く似合っていたぞ?」


「そうなんですか!?」


 アリシアが食い入るようにこちらを見てくる。何もそんなことまでばらさなくても良いだろう。


「カイムとフィリアに無理やりさせられたんです! 俺の意志じゃありません」


「女に飢えた盗賊相手には好評だったようだし、フィリアの化粧も随分とハマってたし写真機がなかったのが惜しいぐらいだ」


「カイムには絶対に写真機を持たせないようにしよう。一生」


 そうぼやくエルドであったが、それに隠れてひっそりとカイムの言に頷いていたフィリアの姿には気付いていない様子であった。


「全く反省していないようだな……殿下、学生時代を思えば昨日の提案、どうも早計だったように思えます。本当にこの三人を?」


 ある意味では和やかな談笑であった。しかし今日の本題はそこだ。昨日の宣言、三人にとっては寝耳に水であった。アリシアは一体どういった意図でエルドたちを守護騎士に任命したのであろうか。


「その手段はともかくとして、彼らは在学中に行われた数々の演習において、率先して民を救うために尽力しました。ですが本来その気勢を示すべきであったのは誰であったでしょう? それはその場に居た貴族全員であり、その頂に立つ私であったはずです」


「ですが殿下はあの男に……」


「それは言い訳にはならないでしょう。エインズワース卿の過保護さから私の行動が制限されていたことは事実ですが、それでもお三方だけに貴族の義務を押し付ける形になってしまったのは紛れもない事実です。ですがその事自体を悔いているわけではありません。私はただ彼の仄暗い思惑がこの国を包み始めている今、志を同じくする者が必要だと考えているだけです。我が父と同じように」


「殿下の父、先代公王か。その巡礼といえば吟遊詩人の歌にもなっているほど有名だな。後に賢王と讃えられる槍術士エロードリック、大剣使いのアルバート、白炎の担い手クラリス、そして名の知られていないもうひとりの騎士。当時国内で暴れまわってた幻獣をたった四人で討伐して回ったり、古代の遺跡を探索しては魔導器の基礎技術を発掘したり、まあ活躍を挙げればキリがないな」


「…………」


「エルド?」


「あ、いや、初めて聞いたなと思って」


「本当か? 子供でも知ってるような歌なんだけどな」


「父たちがそれを為すことができたのも、彼らが互いに信念を同じくした同志であったからです。私も大公家の者の慣例として騎士学校へ入学しましたが、友と呼べるものはおりませんでした。王の権力を欲するエインズワース卿の御子息が常に側に付き、更にその周りを貴族派の子弟子女が親衛隊気取りで取り囲む。とても息苦しい日々でした。今回の巡礼もそうです。卿は子息を側に付けて旅の終わりに婚姻を発表するつもりでした。私の意志を無視して。しかし、どういうわけか彼は翻意し、いくらか私も自由に動けるようになりました。でしたら私は私の信じる通りに行動するまでです」


「それで僕たちを?」


「あなた方なら必ず力になってくれると思ったのです。自らを顧みず、民のために奔走し強大な敵にも敢然と立ち向かったあなた達ならば。事実昨日皆さんはご自身の意志で民たちのために戦われました。昨日は皆さんの意志も確認せずにあのようなことを言ってしまいましたが、皆さんを選んだことだけは間違っていないと思っています。とはいえ勝手な話ですよね?」


「私はそうは思いません。私は技術者志望ですけど騎士学校に入ったのはそこでの経験が、イシュメル人とアルビオン人の融和の促進に役立てると思ったからです。ですから昨日の話も、急だとは思いましたけどとてもうれしく思いました。殿下のお父上はイシュメルの人達に土地を与えてくださった方だから、そのご恩に報いることが出来るかもしれないと」


「フィリアさん……」


 どうやらフィリアの心は既に固まっていたようだ。


「カイムとエルドはどう?」


 フィリアの問いかけに二人は沈黙を返した。

 特にエルドは、劣等剣士として騎士への道を奪われている。そんな自分がアリシアの話を受けて良いものか、葛藤していた。


「エルドさん、卒業の件は私も聞き及んでいます。まさか学校の理事達があの様な恥知らずな行いをするとは……」


「おいエルド、卒業のことってなんだよ?」


 エルドは先日の件をすべて話した。魔法の使えない、劣等剣士であるエルドを騎士として認めるわけには行かず、卒業資格を取り消されたことを。


「おいおい、何だよそれ。おかしいだろ」


 その話を聞いたカイムは憤っていた。


「なまじエルドさんの成績が良かったため、彼らのプライドを刺激してしまったのです。ですがまさか卒業取り消しまでするとは思いませんでした。謝らせてください」


 アリシアは深々と頭を下げた。


「そんな、顔をお上げください。殿下のせいではありませんから」


「でもこうしないと私の気が済みません。エルドさん、今回の処分、私がなんとしても撤回いたします。仮に私の話を断っても、必ず騎士となれるように働きかけます。ですから、どうかじっくりと考えてはいただけませんか?」


 正直、エルドは決断しかねていたが、アリシアは猶予を与えてくれた。


「そうさせていただけるとありがたいです」


 守護騎士への選定はこの国で与えられる名誉の中でも特別なものであり、その選定の機会を与えられれて、思い悩む者などそうはいない。

 だがそのような機会にあっても、すぐに返事ができない理由がエルドにはあった。劣等剣士の烙印を押されたことだけではなく、もう一つの理由が。


 エルドとカイムは後日必ず結論を出すことを約束し、その場を辞去した。

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