流れる血の色は(4)

 上層に足を踏み入れた瞬間、エルド達は背筋の凍りつくような感覚に襲われた。ひりつくような怖気が全身を襲い、心臓が早鐘を打ち始める。

 その悪寒の元を辿ると目にはっきりと捉えられるほどの禍々しい力の奔流がそこに渦巻いていた。


「ウゥ、アァァァァァァァァァァァ……」


 その奔流の中心で異形の魔獣が呻くような咆哮をあげる。何人もの守備隊がそれを取り囲み対峙しているが、足元にはそれを遥かに上回る数の兵士達が倒れ込んでいた。


「何だあれ、魔獣……なのか?」


「分からない。でもあれだけ人数が居て仕留められないなんて恐ろしい相手みたいだ。僕らも加勢しよう」


「ああ」


 エルド達は加勢しようとするがそれを遮るように二人の略奪者が立ちはだかった。彼らは皆、獣のような被毛に覆われた見た目をしていた。


「イシュメル人? まさかこの事件を起こしたのはあなた達なんですか? どうしてこんなことを……」


「理解を乞うつもりはない。我々の邪魔をするならば排除させてもらうだけだ」


 略奪者達は曲刀を構える。砂漠を流浪する彼らの愛用する得物だ。

 極度に反り返った刀身は絶大な切れ味を誇り、砂漠の危険生物との戦いで鍛え上げられた彼らの剣技と相まって、その太刀筋はまるでつむじ風のように鋭く冴え渡ると言われている。


 対立は避けられぬと見て、エルドは身の丈ほどの大剣をカイムはショートソードをそれぞれ引き抜く。


「待ってください」


 しかし、そこにひとりの青年が割って入った。イシュメルの青年・キシュワードだ。


「キシュワードさん、どうしてここに?」


「同胞がこの国に刃を向けると聞いて黙って見過ごすことはできません。なぜこのようなことを……?」


 キシュワードがイシュメルの男たちに視線を向ける。


「腑抜けたことを言うな、兄弟よ。我らが怒り、貴様なら分かるはずだ」


「それは……」


 一瞬口ごもる。その様子にエルドは訝るが、直ぐにキシュワードが口を開いた。


「ですがこの様な無差別に人を襲うやり方、看過できない。ようやく得た安住の地なのに……」


「欲に肥え太った者たちに隷従し、使い潰されるのが安住か? 随分と飼い慣らされたものだな」


「止せ、牙を抜かれた者に話すことなどなにもない」


「ああ、そうだな」


 激昂する一方の男をもうひとりが諌めると、略奪者達は静かに殺気を露わにした。その様子を見て説得は不可能と悟ったのか、キシュワードも応戦の構えを見せる。


 キシュワードが両腕を舞のようにひらひらとゆらめかせるとその周りを取り巻くように水の奔流が生成された。水は重力の影響を受けず神秘的に渦巻くと、やがてキシュワードの両の手を覆うように集った。


「エルドさん、カイムさん、ここは僕が。お二人はあの魔獣をお願いします」


「二人相手に大丈夫か?」


「戦いの心得はあります。それにあの魔獣、酷く怖気がします。急いだほうが良いかもしれません」


「分かりました。行こう、カイム。守備隊が手こずる相手だ。気を引き締めないと」


「許すと思うか?」


 略奪者たちの包囲を抜けようとする二人だが、それを見て誰も通さんと略奪者達が一向に斬りかかった。鋭く俊敏な太刀筋だ。

 熟達した剣技でエルド達は全神経を集中させて剣を構える。しかしその斬撃が届くよりも一瞬早く水壁が阻んだ。


 どうやらそれはキシュワードが水分を操り生成したもののようであった。そしてキシュワードは何かを捩じ切るように手元で空を切ると、水壁が爆ぜ散り略奪者たちを弾き飛ばした。


「さあ、お早く」


 略奪者達を引き離すと、キシュワードはエルドたちに離脱を促し、再び水流をその手に回収した。

 そして集った水を今度は略奪者達に向かって振り下ろす。それは鞭のように真っ直ぐに伸び、二人を牽制する。


 エルドたちはその隙にこの場を抜け出し、魔獣の元へと駆け出した。すぐに略奪者たちも追おうとするが、しなる鞭に阻まれる。


「魔道の使い手か。厄介だな」


 追撃は諦めひとまず体制を立て直す略奪者たちであったが、なおも水流は美しい軌道を描きながらしなり、地を割るほどの激しさで両者を襲う。

 しかし、略奪者たちもまた器用な身のこなしでそれらを躱していく。


「この程度で俺たちを捕まえられるものか」


 始めこそ不規則にうねる水の鞭に翻弄される略奪者達だが、徐々にその軌道にも慣れたのか、両者は壁を蹴り地を蹴り縦横無尽な軌道で水流をかいくぐりながら徐々にキシュワードに迫り始めた。

 そしてキシュワードを眼前に捉えた瞬間、同時に地を蹴り剣を突き出した。その動きは極めて鋭敏で一切の容赦もなくキシュワードの首を捉えていた。


 だがその凶刃がその首を掻っ切らんとする刹那、突如略奪者たちの周囲に水が出現し、蛇のようにその身を絡め取り拘束した。


「な……」


「あなた方の怒りは……よくわかります。ですがあれから十年、新たな生命も生まれ、この国の人達とも信頼関係を築くことができた。それを壊させる訳にはいかない」


「平穏が続くと……本当にそう思っているのか? 」


 身動きの取れぬ状態だが、一人がしっかりとキシュワードの瞳を見つめて問い掛ける。その真摯な眼差しから、方法は違えど略奪者たちもまた、同胞を想う心を持っていることが伺われる。


「…………」


 僅かな沈黙、それはキシュワード自身がイシュメル人の置かれた苦境を理解しているが故のものである。


「平穏は勝手に続くものじゃない。僕らの努力で維持していくものです。そのためにはあなた達のような振る舞いを許す訳にはいきません」


 キシュワードが略奪者たちの頭部にそっと人差し指を突き立てる。キシュワードの言葉をどう捉えたのかその内心は伺えぬが、略奪者たちもこれと言った抵抗は見せなかった。


 そしてわずか一拍をおいた後、ドクンと二人の脳が振動した。直後、キシュワードは戒めを解いたが、二人はすっかり気を失ったのかそのままキシュワードにもたれかかるように倒れ込んだ。


「二人共、イシュメル人街の人達だ。でも、どうしてこんな。ジャファルさんがこんなこと許すとは思えない」


「キシュワードさん……?」


 二人をそっと地に寝かせると、背後から一人の娘がやってきた。


「フィリア!? 久しぶりだね」


 二人は旧知の間柄であった。キシュワード自身は親を亡くし孤児であったが、フィリアが養父の親族であったことからその遊び相手をしていた仲である。


「はい。でも、どうしたんですか? 突然アーケードが襲われて、それがイシュメルのみんなで。それにあの魔獣は」


 見るとフィリアの手には二挺の短銃が握られていた。衣服に付いた汚れから、ここに来るまでに略奪者たちと応戦していたであろうことが伺われる。


「僕にも何が何だかわからない。だけど今は彼らを止めるしかない。説得は難しいだろうから戦いは避けられないだろうけど」


「私も行きます。彼らを放ってはおけません」


 彼女自身はイシュメル人とアルビオン人の混血であるが、長くイシュメルのコミュニティと接してきたからか、今回の騒動に対してある種の責任を感じているようであった。


「フィリア……わかった。騎士学校で鍛えたその腕アテにさせてもらうよ」


 二人の若き騎士たちが魔獣を抑えに行ったが、辺りではまだ守備隊相手にイシュメル人たちが抵抗を続けていた。二人はそれを止めるべくマーケットを駆け出した。

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