メイウェザー魔導工房

 広場を西に抜けたそこは公都の中でも一際開発が進んだアーケード地区で、近代的で背の高い建物が林立し人波に溢れた賑やかな通りであった。

 ガラス張りのアーチを抜けて人波をかき分けて進むと、やがて右手に巨大な時計塔を見つけた。そこが二人の目的地メイウェザー魔導工房だ。


 二人が門の前に近づくとギィと歯車の音が鳴り響き、重厚な門がゆっくりと開いた。そのくすんだレンガ造りの外観から分かる通り、建国当時から稼働している建物である。


 武器工房としての側面もあり、古くから国の魔導研究の一角を担ってきた研究機関でもあった。現在はメイウェザー商会のテナントが入り、国と共同で魔導器と呼ばれる魔力を利用した機器の研究が行われている。


 一階の魔導器の展示された販売所に足を踏み入れると、ギィギィと音を鳴らしながら給仕服をまとった可愛らしい少女の人形が二人を出迎えた。

 腰元ぐらいの背丈の人形は二人を見つけるとペコリとおじぎをした。


「預けてた剣を取りに来たよ。フィリアのところへ案内してくれる?」


 人形は言葉の代わりにおじぎをすると踵を返し、関節をきしませながら工房の奥へと進んでいく。


 石壁に仕切られた小部屋へ入ると、人形は宙に投影された青白いパネルをタッチした。するとぼうっと床の魔法陣が青白く光ったかと思うと、小部屋がゆっくりと階上へと登っていった。


「相変わらずでたらめな魔導だな。こんなのに慣れたら階段なんて使う気にならないって」


「そう? 階段を使えば足腰の鍛錬になると思うけど」


「そんな感想を抱くのは脳筋のお前ぐらいだよ」


 ガタリと部屋が振動すると扉が開いた。

 彼らを最初に出迎えたのは部屋の中央に据えられた巨大な天球儀であった。天球儀はごうんごうんと回転しながら四方の霊子回路に青白い光のようなものを送り込んでいる。

 この天球儀は魔力炉と言い、地中から吸い上げた霊子を供給する魔導器の一種である。


 エルド達が目的の工房を尋ねてその戸を叩くと、どうぞと語尾の伸びた気の抜けた様な声が返ってきた。促されるままに扉を開けると、檻のような格子がめぐらされたガラス張りの球状の工房が現れた。


「フィリア、久しぶり――」


「あぎゃああああああああああああああ」


 工房に足を踏み入れた瞬間、背後にいたカイムが絶叫した。振り返ると微弱な電流のようなものを照射されてカイムが痺れていた。


「カイム!? 一体何が……」


 その電流を辿ってみると工房の二階にある仄かな青白い光を浮かべた球状の物体からそれは発されていた。


「え? なんで? なんで、急に? ごめんね、カイム。すぐに止めるから」


 奥から少女の声がしたと思うと、慌ただしく何かをカチャカチャと漏れ始めた。時折、ガシャンと何かが割れるような音や頭を何かに打ち付けたような鈍い音が響き、やたらと慌てていることが伺われる。


「ど、どうしよう、どうやって止めるんだっけ……」


 わたわたしながら少女が格闘していると、やがて電流を発する光が消え同時に電流も収まった。


「はぁはぁ……フィリアめ、また変なもの作りやがったな。これで何度目だ……」


「ほ、ほんとごめんね。こんなつもりじゃなかったんだけど……」


 フィリアと呼ばれた眼鏡をかけた少女は肩にかけたストールと癖のある緑髪と、特徴的な獣の耳を揺らしながら階段を駆け下りてきた。

 この様な騒動はこの工房ではさして珍しくはないが、いつにもましてフィリアは申し訳なさそうにしていた。


「まあ別に大した威力じゃなかったから良いけど、今回は何を作ったんだ? 恨みのある人間でも始末しようとしてたのか?」


「ち、違うよ! これは試作用の害虫撃退器……だったはずなんだけど。おかしいなあ、人には反応しないように設定したんだけど」


「”悪い虫”に反応したのかもね」


 エルドはニヤリと笑みを浮かべてそう言った。


「うまくねえぞ」


「うーん。使用者のイメージを読み取って対象を選別する、コンセプトは悪くないと思ったんだけど事故のリスクがあるんじゃ製品化は難しいなあ……」


 フィリアは撃退器を眺めながら、うんうんと唸る。研究一筋な気質もあって、原因究明に意識が行ってしまっているようだ。


「フィリアのイメージで……それって、やっぱり”悪い虫”なんじゃ」


「混ぜっ返すな。それよりもフィリア、俺たちの武器のことなんだが」


「あ、そうそう。今日はその件で来たんだっけ」


 フィリアは掛けていたメガネを外すと宙に手をかざした。


 すると空間がじわりと歪んだ。


 それはまるで水面に滲み出る湧水のように揺らめき、やがて空を裂いて長短二振りの剣が”現出”した。無機物を異空間に収納する魔法だ。フィリアは目の前で難なくやってのけるが誰でも扱える魔法ではない。


 エルドは長剣を、カイムは短剣をそれぞれ掴みとると、得物の様子を確かめようとじっくりと眺め始める。


「職人にメンテナンスしてもらって、防錆、対魔法、血糊除けの付与を施しておいたよ。でもカイムの銃はもう少し時間がかかるかも」


「便利な武器だが、個人の適正に合わせた調整が必要なんだっけか? まあ、来月に間に合えばそれでいいさ。それよりもお代の事だが本当に良いのか?」


「うん。カイムの銃は工房の試作品だからそのメンテ費用は必要経費ってことになってるからね。その剣のメンテはサービス」


「なんだか気前が良すぎる気もするけど、大丈夫かな」


「大丈夫、大丈夫。でもそうね。もしよければお代替わりに頼みを聞いてくれると嬉しいんだけど」


「それぐらいならお安い御用だ。なんでも言ってくれ」


 フィリアは眼鏡をくいと上げて宙をさっと撫でる。すると光の粒子がカーテンの様に広がり、やがて青白いモニターとなり映像を映し出した。

 真っ黒く猪のように重厚で円筒の形をした鋼鉄の車輌だ。


「これは確か鉄道だね。たまに試走してるのを見かけるけど」


「馬の代わりに魔力炉を動力にって話だそうだな」


「うん、近年の魔導器研究の成果。この国の流通を変える発明よ」


「これがそのお願いに関係があるの?」


「うん。五年前の幻獣災害以来、街道は荒れて盗賊・魔獣が跋扈してる。それなのに貴族の多くは街道の維持・整備は後回しにしているから、鉄道事業を進めながら国内の街道事情を改善しようって計画が持ち上がってるの」


「フィリアのお父さん始め公王派が進めてる計画だっけ。まずはここと東のソルテール、そして更に東のイヴァリースの穀倉地帯までを結ぶんだっけ」


「そう。お父さんの治めるソルテールまでは比較的街道も整備されてるから建設自体は順調で今月には竣工式が開かれる予定なの。ただ一つ問題があって……」


 フィリアは頭を抱えるような仕草でそっとため息をつく。


「ソルテールは各地方への街道が伸びる国内の交通の要衝なんだけど、それだけに貨物車両の優先利用権を抑えようとする商人は多いの。だけどそれを貴族とそのお抱えの商人で独占しようっていう動きがあって。特に鉄道関連事業を任されてるロージアン伯はお父様の意向を無視して利用券を競売にかけたりしてるの……」


「まったく街道の整備はおざなりにしてるくせに、自分たちの利益になりそうな話には恐ろしく鼻が利く連中だな」


 呆れたようにカイムが言い放った。


「加えて水源の騒ぎでイシュメル商人たちなんかはそういった流れからは完全に爪弾きにされてるし、不満を抱く商人は多いの」


「話が見えてきたね。鉄道の開通は流通革命、なのにその流れに多くの商人が置き去りにされたまま貴族たちが独占を押し進めれば、当然反発も予想される。もしかしたら暴動が起こる可能性だってある」


「加えてここ数年、貴族と平民の対立も極まってる。先日だって貴族を狙った襲撃事件が起こったばかりだし、察するにそういった反発が起こる可能性に備えて欲しいってとこか。特に竣工式前後の期間」


「二人共相変わらず鋭いなあ。でもそう、つまりはそういうこと。もちろん当日は公都守備隊や王室親衛隊もしっかり警備にあたってくれる手筈だけど、用心に越したことはないからね。二人の実力なら信頼できるし。あ、もちろん、巡礼の儀を控えて忙しいと思うからできればだけど」


「いや、巡礼前の肩慣らしにはちょうどいいと思うぜ。何か兆候があれば俺たちも独自に調べてみよう。なあ、エルド」


「え? あ、そうだね」


 エルドは巡礼の儀には参加できない。しかし、その事をどうしても伝える気にはなれなかった。


「うん。それにフィリアにはお世話になってるからね。任せてよ」


 世話になっているのは事実だ。エルドはひとまずフィリアの要請に応じた。

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