第24話 ゲームセンター②

 詩音がダンス型リズムゲームの方へと走り去ってから、俺はエリちゃんと『プリクラ』なるリア充御用達の写真式シール製造機の中にて写真を撮ることになった。


「おぉ……これが、プリクラと呼ばれるものか!」


 ティーンズ誌のモデルのような女子の写真が印刷されたノレンのようなものを潜り抜け中へ入ってみると、その先には真っ白で眩い空間が存在していた。

 人生で初めて体験するプリクラマシン……その内部がこのような設備になっていると生まれて初めて知った。


「そんじゃ、はーくん。撮影すっからここに立って」


 言うなり、エリちゃんが俺の片腕に抱きつき手慣れた様子で硬貨を投入する。

 勝手のわからぬ俺は、その流れを見つめながらひとりソワソワしていた。


「エリちゃん。これからどのような流れになるのだ?」


「とりま、そこに画面があるっしょ? んで、その上にあるちっこいカメラを見て写真を撮るんだけど……」


 と、エリちゃんはそう言って口元を笑ませると殊更に密着してくる。

 その時、俺の上腕二頭筋と上腕三頭筋にエリちゃんの柔らかな胸が押し付けられていて、一気に顔が熱くなった。


「ちょ、エリちゃん! ここまで密着する必要性があるのか!?」


「ニシシッ、当たり前だろ。こうやってお互いの身体をくっつけないと画面からはみ出しちゃうかんな」


「そ、そうなのか?」


「そうだよ。特にはーくんは身体がデカイから尚更だろ?」


 ……うむ、確かにエリちゃんの言う通りかもしれん。

 正面の画面に映る俺の身体は片側が見切れているし、頭の部分も上半身を屈めていないと入りきりそうもなかった。

 とはいえ、彼女に胸を押し付けられたこの状況は如何なものか……。


「ねぇ、はーくん? ウチのおっぱいと豊崎のおっぱいどっちの方が好きぃ〜?」


「ぶふぁっ!? な、なにをそんな急に不埒なことを!」


「あん? はーくんは男なんだから女子のおっぱいは好きだろ?」


「あ、いや……」


 ……否定はできん。

 とはいえ、それを素直に肯定してスケベな男だと思われたくはないのだが。


「早く答えろよはーくん。ウチのと豊崎のどっちの方が好きなんだよぉ〜?」


「いや、だから、それは……」


 答えに逡巡する俺をからかうようにエリちゃんが豊満な胸をムニムニと押し付けてくる。

 どっちの方がと言われても、俺からしてみればどちらも素晴らしいと胸を張って言えるのだが、それを答えるわけにはいかない。

 なぜなら俺は侍の国の漢だ。

 そんな不埒なセリフなど口にするつもりはない。

 ここはなんとか誤魔化してやり過ごそう。


「そ、そういえば、この場に詩音がいないのは寂しいな! ちょっと探しに行ってくるとしようかな?」


 俺たち二人と別行動している詩音の様子が気になっているのは事実であり、彼女が隣にいないと、どうにも心の中にポッカリとした隙間が空いているような感覚を覚える。

 いつも俺の片側に必ずいる詩音がいないだけでここまで寂しく感じるとは、俺にとって彼女はそれだけ大きな存在ということになるのだろう。

 そんな事を思いつつ俺が外に視線を向けていると、片腕に抱きつくエリちゃんがジトッとした目をコチラに向けてきた。


「……おい、はーくん。今はウチと二人きりなんだからアイツの話とかするんじゃねえよ。なんつーか、そういうこと言われたらなんか切ないだろ……」


 俺の片腕をギュッ抱き締めながらエリちゃんが唇を尖らせて視線を落とす。

 ふむ、俺としたことがついデリカシーのない事を口にしてしまったかもしれない。

 確かに、エリちゃんと二人きりでいるこの状況下で詩音の話ばかりをするのは彼女にとって気に喰わないことだろう。

 故に、俺はエリちゃんを見つめて頭を下げた。


「す、すまなかったエリちゃん。どうか許して欲しい」


「別に謝んなくてもいいって。それより、ウチがな〜んにも知らないはーくんにを教えてやるからちゃんと聞いとけよ!」


 俺が頭を下げて謝罪をしていると、エリちゃんがニカッとした笑みを浮かべて前方を指差した。

 その行動に合わせて俺も視線を動かすと、正面にある画面の上部に小型のカメラがあることに気付く。


「いいかはーくん。そこにカメラがあるだろ? まずはもう少し身体を屈めてウチと同じ目線の高さに合わせるんだ」


「なるほど、了解した。これでいいのか?」


「そうそう! そしたら今度はそのままウチの方に顔を向けて瞳を閉じるんだ」


「エリちゃんの方に顔を向けたまま瞳を閉じるのだな?」


「そうそう! そしたらそのまま動かずに待機するんだ」


 エリちゃんに言われるがまま、俺は彼女の方を向いて瞳を閉じるとそのまま停止した。

 しかしその時、俺はふとした疑問を抱く。

 なぜ、カメラを見ずに横を向くのだ?


 これが普通の写真撮影ならカメラを見て撮るのが世間一般の常識だろう。

 しかし、このプリクラという代物はそういったモノとは違った撮影方法を取り入れているのだろうか?


「あの、エリちゃん? 少し疑問に思うのだが、なぜカメラの方を見ずして横を向き、目を閉じる必要があるのだ?」

 

 と、俺が質問しても彼女からの返事はない。

 それを不審に思いつつゆっくり瞳を開いてみると……キス顔をしたエリちゃんが、俺の方へと徐々に迫っていた。


「う〜ん……はーくぅ〜ん」


「あの、エリちゃん?」


「えっ? あぁっ! なんで目を開けてんだよ!?」


「いや、なんでと言われても……」


「ちゃんとウチの言った通りにしないとダメだろ! ほら、早く目を閉じてもう一回!」


「え、えぇ〜?」


「んもぅ、じれったいなぁ〜……おりゃあ!」


「ちょ、エリちゃん!?」


 戸惑う俺に痺れを切らしたのか、エリちゃんは両手を伸ばしてくると、俺の後頭部を掴んで強引にキスをしようとしてきた。


「ま、待ってくれエリちゃん! これはどういうことなのだ!?」


「どうって、ウチらは子供を作って生涯を共にする仲なんだからチュープリくらい撮るのは当たり前だろうがっ!」


「当たり前ではないと思うが!?」


「うるせぇ! いいから黙ってウチにキスをさせろやぁ〜! うぎぎぎっ……あ、豊崎だ」


「なに!? 詩音がどこに!」


「隙あり!」


「ぬぅっ!?」


 プリクラマシンの入り口を見て詩音の名を口にしたエリちゃんに気を取られた次の瞬間、彼女が俺の後頭部に回していた両手に力を込めて唇にキスをしてきた。

 するとその直後、正面の画面からシャッター音が鳴り響く。


「はっはー! はーくんとのチュープリをゲットできたぜっ!」


「な、なんと卑怯なっ!?」


「別に減るもんじゃねえんだからいいじゃねえかよ〜。つーわけだから今度は……」


 と、エリちゃんは俺の顔を両手で掴むと一気に引き寄せ、その豊かな胸の谷間に顔を埋めさせた。


「ちょ、エリちゃん!?」


「どうせだから、この中でエッチなことしたプリも撮っちまおうか?」


 エリちゃんはそう言うと、俺の顔を抱きしめたままニッコリと笑う。

 この顔全体を包み込むような柔らかな感触と甘い香り……その全てに俺は頭がクラクラとした。

 そんなエリちゃんの大胆行動に俺が悶絶していると、再び正面からシャッター音が鳴り響く。

 まさか、今のも撮影されたというのか!?


「よし! あとは今日の日付と文字を書いて二人のラブラブ記念日と……」


「ら、ラブラブ記念日!?」


「そ。今日はウチとはーくんのラブラブ記念日な」


 手慣れた様子で備え付けのペンを操作し、写真を加工してゆくエリちゃん。

 そして、その一連作業が終わるとプリクラマシンが有無を言わさず印刷を開始した。

 そのあまりの手際の良さに俺が狼狽していると、エリちゃんが画面の下から印刷された色々とアウトな写真を取り出し、イタズラな笑みを浮かべる。

 

「ニシシッ。なかなか良い感じに撮れてんじゃんか? これを豊崎に見せればアイツもはーくんのことを諦めるかもしんねーな!」


「え、エリちゃん! それはいくらなんでも酷くないか!?」


「あん? たいしたことねーだろ。それに、このくらいのことをしねーと、アイツは絶対に折れてくれねーだろうしさ?」


「鬼かっ!? エリちゃん、その写真だけは絶対に詩音には見せないでくれ!」


「どーしよっかなぁ〜? まぁでも、はーくんが〜、ウチの言うことを聞いてくれるってんならやぶさかでもねーけどな〜?」


「わ、わかった! 言うことを聞こう。だから頼む!」


「ニシシッ。じゃあ……」


 そう言ってエリちゃんは前屈みになると、俺の顔を上目遣いで見てくる。


「じゃあウチともう一枚だけチュープリを撮らせてくれたら秘密にしたげる」

 

「それならさっきの一枚で事足りるのではないのか!?」


「ニシシッ! ダーメ。それにしても、はーくんはホントに可愛いよなぁ〜? そういう照れてるとことか、ウチは大好きよ」


 からかうようにそう言うと、エリちゃんは口元から八重歯を見せて微笑んだ。

 その笑顔を見た瞬間、思わずドキッとしてしまう。


 こうやって間近で見るエリちゃんは、詩音に負けないくらいに可愛い女子だ。

 とはいえ、俺には詩音というカノジョがいるのだからエリちゃんにドキドキするなど浮気をするのと同じこと。

 ここは平常心を保たねば……。


「はあぁぁぁぁぁ……精神集中……」


「な、なにしてんだよはーくん……。カメ○メ波でも出すのか?」


 円を描くように両腕をゆっくりと回転させ、精神を落ち着かせるために俺が空手の呼吸法であるイブキをしていると、エリちゃんが呆れたような顔でため息を吐いた。


「はぁ〜……ねぇ、はーくん? 早くもう一枚だけチュープリを撮ろうぜ〜」


「すまんがエリちゃん。俺は今、精神統一をしている最中だからそれは無理……」


「じゃあこの写真を豊崎に見せるとすっかな?」


「ま、待ってくれエリちゃん! それだけはどうか許して!」


「あのぅ、ハガネくん。その辺りのお話を詳しくお聞かせ願えますか?」


「し、詩音!?」


 意地悪なエリちゃんの行動に俺が慌てふためいていると、いつの間にか詩音がプリクラマシンのノレンから顔を覗かせて微笑んでいた。

 しかし、その目元は……全く笑っていなかった。




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