第23話 ゲームセンター

 空手部の稽古がなかったその日、六時限目の授業を終えた俺が帰り支度をしていると……。


「はーくん、このあとゲーセンに行こうぜぇ〜!」


 と、口元から愛らしい八重歯を見せてエリちゃんがコチラに振り返り微笑んできた。


「ゲーセンセンター……だと?」


「そうそう! たまにはさぁ〜、そーいうトコで刺激を受けた方がはーくんには良いってマジで!」


 俺の机の上に頬杖をついてエリちゃんがニシシと笑う。


 この近辺でゲームセンターといえば、駅前に存在する二階建ての超大型アミューズメント施設のことだろう。

 俺はそういった施設に立ち入ったことはないのだが、噂によれば数豊富なゲーム筐体やメダルゲーム機などが取り揃えられているという。

 それ故に、うちの学校の生徒たちも授業が終ったあとなどには、ストレス発散目的として立ち寄っていると聞いた覚えがあった。

 つまるところ、そこに行けば俺も皆と同じような一般高校生としての貴重な体験ができかもしれない。


「はーくんって、そーゆーとこに行ったことないだろ? だからさ、ウチと二人で一緒に……」


「それなら私も一緒に行きますね?」


 と、満面の笑顔を浮かべた詩音が、いつの間にかスクールバッグを両手持ちして俺の横に立っていた。

 そんな詩音の姿を見るなり、エリちゃんが不満そうに顔をしかめた。


「出たよ地味崎……。つーかウチは、はーくんと二人で行きたいんだけど?」

 

「私は地味崎じゃありません、豊崎です。それより、実を言うと私も一度でいいからそのゲームセンターという施設に行ってみたいと思っていました!」


「いや、アンタには聞いてねえし!?」


 スクールバッグを抱きかかえて詩音がその瞳をキラキラと輝かせると、エリちゃんが席を立って目尻を吊り上げる。

 どうやら、詩音もゲームセンターへは行ったことがないようであり、興味津々といった様子だ。

 

「ということで、三人で行きませんか?」


「つーか強引だな!? しかも、なんで三人で行くような流れに持ってってんのアンタ!」


「いいじゃないかエリちゃん。風の噂で聞いたことがあるのだが、ゲームセンターには大人数で行ったほうが盛り上がるという話しなのだろう?」


「まぁ、あながち間違ってもいねえけどさぁ〜……」


 俺の提案にエリちゃんは渋い顔をするも、楽しげな様子でニコニコしている詩音を一瞥して溜息を吐いた。

 どうやら、三人で行くことを許可してくれたらしい。


「とりま、はーくんが三人で行きたいって言うから今回は三人で行くけど、ウチは納得してねーからな。勘違いとかすんなよ豊崎!」


「はい、大丈夫です! 次回からは、私とハガネくんので行きますから」


「ざっけんなコラッ!? しれっとウチを出し抜こうとしてんじゃねえよ!」


 ……やれやれ、今日も二人は仲良しだ。

 ということで、俺たち三人は放課後に駅前のゲームセンターへ向かうこととなった。


 ○●○


 帰宅する人々で賑わう夕刻時の駅前通り。

 俺たち三人は目的地であるゲームセンターの入り口前に到着していた。


「うわー! なんだか楽しそうですね。私、テンションが上がってきちゃいました!」


 ゲームセンターの自動ドアの隙間から中を覗き見るようにして詩音が興奮し、後ろで一つに束ねたおさげ髪が揺れている。

 そんな詩音にエリちゃんはため息を吐くと、呆れたように言う。


「つーかはーくんは良いとして、どんな生き方したらゲーセンに一度も行ったことがねえとかってなるんだよ? マジで信じらんねえんだけどアンタ」


「だって私は、藤崎さんと違ってに生きてきましたから、こういった娯楽施設に来ることがなかったんです。それは仕方ありませんよ?」


「い、いちいちウチをディスらねぇと話せねえのかよアンタは〜……? はーくんがここに居なかったら、ゲーセンの裏でボコってるってーの!」


「あ、大丈夫ですよ藤崎さん。ハガネくんが居なかったら私こういう所には来ませんから。とくに藤崎さんと二人でなんてあり得ません」


「だったら来るなコラッ!? つーか、ウチだってアンタとなんかぜってー来ねえってーの!」


「まぁ、奇遇ですね! 私も藤崎さんと同じことを考えていました。良かったぁ〜」


「ぎにゃぁぁぁぁぁぁ~!? ホントにムカつくわアンタ!」


 額に青筋を浮かべて握り拳をブンブン振り回すエリちゃんを詩音が笑顔を浮かべながら軽やかなステップで躱している。

 なんというか、喧嘩しているように見えても、この二人は確実に仲良くなれているような気がするのは俺だけだろうか。

 互いの波長こそ違えど、根底の部分は似通っているように思える。

 というか、エリちゃんのパンチを普通に躱せている詩音は流石といったところだ。


「それじゃあ、早速ゲームセンターの中に入りましょうハガネくん!」


「ああ。そうだな」


「ちょ、ウチを置いてくなコラッ!?」


 ともあれ、俺は詩音とエリちゃんの二人に腕を引かれるがままに、人生で初めてのゲームセンターへと足を踏み入れた。


 自動ドアを抜けると、俺の鼓膜に様々な効果音やBGMが大量に流れ込んできた。

 その音はまさに騒音といっても過言ではないだろう。

 だが、その騒がしさにすらも俺は興奮を覚えていた。


「おぉ……これがゲームセンターというものか!」


 視界に飛び込んでくる煌びやかなゲーム機の数々。

 周囲に視線を配れば、LEDライトなどで装飾されたUFOキャッチャーの筐体などが俺の目を惹いた。

 それはまるで小さな遊園地……これには流石の俺も心が躍った。


「んじゃま、早速遊ぼうぜ! はーくんはなにから遊びたい?」


「うむ、そうだな。どれも初めてのものばかりだから、目移りしてしまうな」


「それならハガネくん、アレなんてどうですか?」


 そう言って詩音が指差した物は、一際大きなヌイグルミが納められたUFOキャッチャーの筐体だった。

 よくよく目を凝らしてみると、中に入っている景品は詩音が大好きな『チンチラさん』だった。


「なるほどな。俺がというよりも、詩音がアレをプレイしてみたいのだな?」


「えへへ~っ。バレちゃいましたね?」


「つーか地味崎。アンタって、まだヌイグルミとか好きなの? マジでガキだわホント」


「お言葉ですけどバカ崎さん。私はアナタと違って、可愛いものが大好きなだけですよ?」


「誰がバカ崎だコラッ!? つーか、高校生にもなってヌイグルミ好きとかマジでガキじゃね? はーくんもそう思うっしょ?」


「いや、俺は良いと思うが?」


「へ、へぇ~……そ、そうなんだぁ? あ、実はウチも~ヌイグルミとか好きでさぁ~?」


「あれれ~? 高校生にもなってヌイグルミが好きなのはガキと仰ってませんでしたかバカ崎さん?」


「バカ崎って言うなコラッ!? マジでボコるぞテメェッ!」


「エリちゃん。周りのお客さんが怖がっているからその辺にした方が……」


「違っげえよ! アイツらはウチにビビってんじゃなくてはーくんに……はっ!?」


 口を滑らせたと言わんばかりにエリちゃんがバツの悪い顔を浮かべて黙り込んだ。

 ……知っていた。俺がこのゲームセンター内に入った直後、お客と従業員たちが慄いた表情でこちらから視線を逸らしていたことを俺は知っていた。

 だがそれは、俺にとって慣れたことだったのだが、こうして口に出されてしまうと否定ができないからとても辛い所だ。


「……これもまた修羅ということか」


「……えっと、はーくん? 今のは冗談だからね?」


「可哀想なハガネくん。私が向こうで頭をよしよししてあげますから、そんなに悲しい顔をしないでくださいね?」


「その優しさ痛み入るぞ詩音。だが、お前によしよしと頭を撫でられる姿を人目に晒すのはある意味で公開処刑だ。俺は大丈夫だ。早くUFOキャッチャーで遊ぼう!」

 

 別に悲しくなんてない。

 逆に悲しみを知った時にこそ、究極の奥義を手に入れるという噂を聞いたことがある。

 なんと言ったかアレは……確か、無想○生だったか? まぁ、そんなことはどうでもいいな。


「それじゃあ、ハガネくんに酷いことを言った藤崎さんは置いといて、早速ふたりでチンチラさんを……ふぇっ!?」


「どうした詩音?」


 UFOキャッチャーの筐体に向かおうとした矢先、ダンス型リズムゲームの周りにできた若い男性たちの人だかりを見て詩音が素っ頓狂な声を上げた。

 その視線の先では、男性客たちからの歓声を浴びながら紫色の長い髪を振り撒いて踊る若い女性の姿が見て取れた。


「な……なんでここにいるんですか?」


「詩音?」


「す、すみませんハガネくん。私、ちょっと向こうのリズムゲームが気になったので少し席を外しますね!」


「あぁ。それは構わないが……」


「それでは一度失礼します!」


 詩音はぺこりと頭を下げて一つに束ねたおさげ髪を跳ね上げると、多くの若い男性客たちで賑わうダンス型リズムゲームの方へ走り去って行った。


「どったの豊崎のやつ? アイツ、リズムゲーとか知ってんの?」


「いや、それはわからんが、なにか焦っているようだったな……」


「ま、ウチには関係ねーけどね? そんじゃま、はーくん。一緒にプリクラ撮ろ!」


「え? あ、あぁ……」


 詩音が離脱してエリちゃんはニッコリ微笑むと、俺の腕を引いてプリクラマシンの方へと向かう。

 そんな最中、俺はダンス型リズムゲームの方へと消えて行った詩音の事を想いながらずっと心配していた。

 



 




 


 

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