第22話 乙女の闘い

 例の騒動から一週間ほどが過ぎた。

 そしてそれからというもの、俺は非常に困っていた。


「ニシシッ、はーくぅ〜ん! 一緒にお昼食べよ〜ぜぇ〜?」


 午前の授業が終わり、教室の中にチャイムが鳴り響いたとほぼ同時、藤崎英梨亜こと俺の幼馴染である『エリちゃん』が、花柄の袋包を鞄から二つほど取り出してこちらに振り返った。


 エリちゃんは俺の前に席を持つため、振り返ればそれですぐに俺と向き合う形となる。そんなエリちゃんは、屈託のない笑顔で愛らしい八重歯を口元から見せると、俺の机の上に花柄の袋包を二つ置いてきた。


「今日はさぁ〜、はーくんのためにウチが早起きしてお弁当を作ってきたから食べてねー?」


「あ、いや、藤崎さん。俺はその……」


「ウチのことは、エリちゃんって呼べ」


「あ、はい……エリちゃん」


「きゃはっ! なぁ〜に〜? は〜くぅ〜ん!」


 とまあこのような感じであの日以来、毎日のようにエリちゃんがこうして俺に絡んでくるのだ。


 例のタイマン勝負の結果、俺はエリちゃんに勝利したという形になった。

 だが、そのせいで俺は幼き日の彼女と交わしたとされる『誓約書』に縛られる体となった。

 そして、その誓約書を用意した張本人たるエリちゃんはその内容に基づき、俺の子供を産むつもりらしい。

 要するに、俺のになるというのだ。


「ねぇ、は〜くぅ〜ん? 今日のお弁当はね、ウチ特製の唐揚げ――」


「ハガネくん。藤崎さんの事は教室に二人でお昼にしませんか?」


 と、説明をしていたエリちゃんの言葉を遮るように横から現れたのは、満面の笑顔を浮かべた俺のカノジョである詩音だ。


 詩音は愛らしいクマのイラストが描かれた袋包を二つ持っており、穏やかな表情を浮かべて俺に声をかけてくる。

 しかし、そうなると当然のことながら、エリちゃんの機嫌が一転する。


「はぁ? はーくんはウチとお昼を食べんだから外野のアンタは他所に行けってーの」


「いいえ、私は外野ではありません。むしろ、内野です。それを言うなら藤崎さんの方が外野ですよね? ですから、申し訳ありませんけど私とハガネくんの前からご退席願えますか?」


 ……俺にとっての修羅場が始まった。


 あの日からというもの、詩音とエリちゃんはいつもこのような感じでぶつかり合いを繰り返しており、二人で熱い火花を散らしていた。

 その争いは次第に苛烈さを増してゆき、現在はこんな感じなのだ。


 例えばの話だが、空手部の早朝稽古が終わり俺が道場を出ると、ニッコリとした笑顔を浮かべた詩音とエリちゃんの二人が毎日のように俺を待ち構えている。

 そして、教室に向かう際には二人から腕を掴まれ、強引に引っ張られて教室へと向かうという状態だった。

 美少女であるこの二人から執拗に求愛をされている俺は、傍から見ればリア充と言われても相違ないのかもしれない。

 だがしかし、それはアニメや漫画のような穏やかな雰囲気のものとは明らかにかけ離れており、かなりの修羅だ。

 それに周囲からの目や、俺に対する噂などが尾鰭をつけて広まっており、ここ最近ではこの俺が武力をもってしてハーレム王、つまりは、『ハ王』になろうとしているなどと、よくわからん噂が飛び交っている。


 俺は別にハーレムなど求めてはいない。

 俺が欲しいのは詩音との穏やかな時間だ!


 とは言っても、この状況を見ている者からしてみれば、俺の想いなど決して伝わらないだろう……。


「つーか、アンタみたいに『地味』な女じゃ、はーくんとは釣り合わないって。はーくんみたいな男には、ウチのような『華やかさ』のある女が釣り合うって感じなんだよ。だから、さっさと諦めてくんない?」


 そう言って、サイドテールにした髪を片手で払い、得意げな表情を見せるエリちゃんに詩音が首を横に振る。


「お言葉ですけど藤崎さん。私が思うに、アナタには『華やかさ』ではなく、『粗暴』という言葉の方がしっくりくるかと思います。そんな人に誠実なハガネくんが釣り合うワケがありません。ですから、藤崎さんの方こそ諦めてください!」


「んなっ!? ウチのどこが粗暴だってんだコラッ!」


「その態度が既に粗暴じゃないですか。言葉遣いも汚く、それでいて暴力的……そしてなにより、いきなりハガネくんに暴力を振るうようなことをしてきたんですから、粗暴以外のなにものでもありません!」


「アレは、ウチとはーくんにとっての神聖な儀式なんだよ。まぁ、引き籠りみたいなアンタには一生理解できないだろうけどね?」


 挑発的な口調でエリちゃんがそう言うと、詩音がメガネのブリッジを人差し指で押し上げレンズを光らせた。


「そのような事など、一生かけても理解しようなんて思いません。というか、そんな不良みたいなことばかりをしているから藤崎さんは授業についていけなくて補習ばかり受けているんですよね? まぁ、藤崎さんはこのまま行くと確実に留年することになり、ハガネくんとは自動的に離ればなれになるでしょうから私はそれで構いませんけど?」


 ……うむ。なんという言葉のマシンガンだ。


 詰め寄るようにして捲し立てながら話してくる詩音に、流石のエリちゃんもかなり押され気味でタタラを踏んでおり、その口元を引き攣らせていた。


「りゅ、留年なんてしねえーし! そんときは、はーくんに勉強を教えてもらうからまだなんとかなるってーの!」


「果たしてそうでしょうか? 例えハガネくんが丁寧に勉強を教えてくれたとしても、藤崎さんの低脳ではそれを理解することが困難だと思いますけど?」


「て、低脳だとっ!? くぅ〜……言わせておけばこのクソアマァッ! 今すぐオモテに出ろコラッ!」

 

「クソアマって、なんですか? ちゃんとした日本語で話してください。それに、オモテに出たいのなら藤崎さんがひとりで出ればいいじゃないですか?」


「ギニャァァァァァーッ!? こいつ、マジでボコりたいんだけど!」


「ほらまた乱暴なことを言う。そんな人にハガネくんは相応しくありません!」


 ……なんというか、内容としては子供の口喧嘩レベルなのだが、この二人がそれを繰り広げているとなんとも凄まじい言い争いに見えてくるのは俺だけなのだろうか。


 互いに眉根を寄せ合い、不毛な口喧嘩を繰り広げる詩音とエリちゃんの姿に流石のクラスメイトたちも息を呑んでいた。


 俺としては、二人に仲良くして欲しいと思う半面、できることなら今までのように屋上で詩音と静かで穏やかな昼休憩を摂りたいと思うところなのだが、それでエリちゃんを蔑ろにすると更に面倒な事になると予測がつくから困りものだ。

 とはいえ、二人をいつまでも争わせておくわけにはいかない。

 ここは俺が仲裁して、なんとかせねばならないだろう……。


 狂犬のような表情で睨み合いを続ける二人に俺は近づくと、それぞれの肩に手を置く口いて口を開いた。


「落ち着け二人とも。このように争っても、なんの解決にも……」


「はーくんは黙ってろ! これはウチと豊崎の問題なんだ、男が口を挟むんじゃねえよ!」


「え、いや、あの」


「藤崎さんの言う通りです! これは私と藤崎さんの問題なのですから、ハガネくんは少し黙っていてください!」


「あ、はい……」


 ……俺は無力だ。


 二人の喧嘩を止めようとしたはずなのに、なぜか俺の方が門前払いを受けてしまうという体たらくに少しだけ泣きそうになった。 


 そんな意気消沈する俺を他所に、当の二人はさらに険呑な雰囲気を放ち始める。


「おい、豊崎! 今すぐオモテにでな。アンタとウチでどっちがはーくんのに相応しいかタイマンで決めようじゃんか!」


「は、ハガネくんの赤ちゃんを産むって……な、なんてことを口にしているんですか!?」


「ああん? なにがだよ? 女なら好きになった男の子供を産みたいって思うのが普通だろ。それともアンタは違うのかよ!」


「そ、それは……」


 と、詩音の視線が俺の顔で留まる。

 すると、見る見るうちに彼女の顔が真っ赤になり、頭のてっぺんから湯気が噴き出そうなほど赤面し始めた。


「そ、そんなの、私だって! ……は、ハガネくんとのあか、赤ちゃんが欲しいですけど……」


「あぁ? なに言ってんのか聞こえねぇし〜。ともかく、はーくんをアンタなんかに譲る気はねぇからな!」


「あの、エリちゃん。だから俺には……」


「うるせぇって、言ってんだろはーくん! 女の戦いに男が口出しするんじゃ――」


「ほぅ。それなら、が口出しをする分には問題ないということだな?」


「!?」


 今にも俺に噛みつきそうな勢いで凄んできたエリちゃんだったが、に背後から両肩を掴まれた瞬間、背筋をびくりとさせて凍りついた。

 そして、戦々恐々とした様子で彼女が振り返るとそこには……沸々とした怒りの炎を瞳の中に燃やしながらも冷徹な表情を浮かべたが立っていた。


「英梨亜。お前には色々と話があるから、昼休憩は私に付き合え」


「え、えぇ~……? ミクちゃんと、なのぉ~?」


「その名で呼ぶなと言っただろうがこのたわけ! お前には他の先生方から色々とクレームが入っている。しばらくは、私と二人で昼食だ! 勿論、補習も兼ねてな?」


「え、えぇ~……お昼休憩なのに補習をするのぉ~?」


「当たり前だこのバカ者が! このままだと、豊崎が言ったように本当に留年する可能性が大いにある。それが嫌ならさっさと行くぞ、このバカたれが!」


「ひ、ひえぇぇ〜、そんなぁ~!? は~くぅ~ん、ウチを助けてぇ!」


 ギロリとした眼光の三崎先生に襟首を掴まれると、泣きそうな顔をしたエリちゃんがそのまま引きずられるようにして教室の外に連れ出されて行った。

 その姿に少しばかりの憐みを感じたが、俺と詩音は共に合掌をすると、エリちゃんの行く末を案じるように黙祷を捧げてから二人きりで屋上へと向かい、穏やかな昼休憩を迎えたのだった。

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