第20話 ヤンキー女子にご用心

 とある日の朝、俺たちのクラスに転校生が来るという情報が入った。

 その噂はとくに男子たちの間で囁かれており、女子生徒が転校してくるという話だ。


 そんなまだ見ぬ転校生へ期待に胸を膨らませて会話を弾ませている男子たちを女子たちが冷めた目で見ている。

 そして、そんなクラスメイトたちの姿を俺と詩音は教室の隅から観察していた。


「今日来る予定の転校生の事がかなり話題になっているみたいですね。皆さん、とっても楽しそうです。とくに男子の皆さんたちが」


 俺の机の前に立ち、クラスメイトたちを見つめる詩音は、どこか楽しげな様子だった。

 彼女からしてみれば、クラスに新しい仲間が加わるという事がとても楽しみらしい。


 あの日から完全復活を遂げた詩音は、引っ込み思案な性格が変わり始めているのか、クラスの女子たちとかなり打ち解けることができたらしく、俺が不在の時は基本的に女子グループに混ざって、クラスメイトの女子たちと仲良くしているようだ。


 常に詩音の事を想う彼氏としては、彼女が他の女子生徒たちと仲良くできている姿を見れて安心していたりする。

 まぁ、そんな事を言っておきながら当の俺はというと、相変わらずクラスメイトの男子たちだけならぬ女子たちを含めた全員から畏れられているのだが……。


「噂によれば、俺たちのクラスに来るその転校生は女子生徒という話だ。男子たちが色めき立つのも頷けるな」


「そうですね……って、ハガネくん!」


 と、こともなげにそう話した俺の顔を見て、詩音が頬を膨らませる。


「む? どうしたんだ詩音?」


「ハガネくんもその転校生してくる女の子の事が気になるんですか!」


 頬袋に餌を詰め込んだハムスターのように頬を膨らませて、詩音が不満を露わにする。

 しかし、俺はそんな可愛らしい彼女の姿を見て表情筋が緩みそうになるのを我慢しながらかぶりを振った。


「いや、まったく気にならないかと言えばウソになるが、人並み程度には気にしているつもりだが」


「むぅー! 私が言いたいことはそういう事ではありません!」


 プイッと顔を逸して腕組みをする詩音に俺は首を捻る。

 一体、なにがそんなに気に食わないというのか、俺には理解できなかった。

 しかし、眼前の詩音は明らかに不満そうな表情をしており、俺に対してどこか憤っている様子だ。


「すまない詩音。俺がなにか気に触るような事でも言ったか?」


「……だって、ハガネくんは今日来る予定の転校生の事が気になっているんですよね? それはその転校生が女子生徒だからということですよね?」


 あぁ、なるほど。そういうことか……。


 彼女が俺に対してプンスカ怒る理由は、つまりそこにある。

 要するにコレは――というものなのだろう。

 こんな俺に嫉妬してくれるだなんて、詩音は本当に俺のことを心から好きでいてくれているようだ。

 それが嬉しすぎて、俺は目頭が熱くなる。

 安心してくれ詩音よ、俺はお前にぞっこんだあああああああ!


 そんな昂る気持ちを抑えつつ俺は表情筋を緩めると、両手を後ろにして口先を尖らせる詩音に言う。


「バカを言うな詩音。俺がお前以外の女子に目移りなどするものか」


「そ、そうなんですか……?」


「無論だ。ならば逆に問うが、なぜそう思う?」


 ふんすと鼻を鳴らして俺が腕組みしながら聞き返すと、詩音がしおらしくなり、両手の指先をツンツンと合わせて呟いた。


「だ、だって、ハガネくんは格好良いですし、女子にもモテる男子ですからなんというかその……ちょっと、心配で」


「格好良い? 俺が?」


「はい! とぉ~っても格好良いです!」


 ……ぬおおおおおおおおおっ!? その褒め言葉だけで、俺は大地すらも叩き割れるような力が湧いてくるぞぉぉぉぉぉぉっ!


 この世に生を受けてから、俺が女子に格好良いなどと言われたことは一度たりともなかった。

 そんな俺を格好良いと断言してくれる詩音は女神にしか見えない。

 彼女の笑顔を守るためなら、俺は乱世の秩序を統治するための覇業に挑んでも構わないとさえ思えた。


「あのぅ、ハガネくん? どうして泣きそうな顔をしているんですか?」


「グスッ……詩音よ。俺はお前と出会えて本当に嬉しいぞ」


「そ、それは私も同じ気持ちですけど、どうしたんですか急に?」


「いや、大したことではないのだが、俺にはお前というがいてくれて本当に感激しているのだ。そんなお前がいるというのに、他の女子に目移りするなど断じてあり得ん!」


「さ、最高の彼女だなんて、そんな……えへへ〜」


 心に思うことを俺がそのまま口にして伝えると、詩音がその顔を真っ赤にしてフニャフニャになり、俺の机にもたれかかってくる。

 そんな愛くるしい詩音を微笑ましく見つめていると、廊下の方からカツカツとヒールのカカトを鳴らす音と、上履きの底をキュッキュッと鳴らす音が聴こえてくる。

 その音が耳に届いた瞬間、教室内に緊張が走った。


「皆、席に着け。ホームルームを始めるぞ!」


 ガラガラと音を立てて教卓側の引き戸が開かれると、三崎先生が出席簿を片手に現れ、いつものように前髪を掻き上げながら教卓の前に立った。

 すると先生は、俺たちのことを見渡すようにしてから言う。


「ホームルームを始める前に皆に新しい仲間を紹介したいと思う。入れ」


 三崎先生の一言に、クラスメイトたちの視線が教室の引き戸の影に隠れていた人物に集中する。

 そして、その人物が教室の中に一歩踏み込んできた直後、俺以外の男子たちが恍惚とした眼差しをに向けた。


「皆に紹介する。本日より、キミたちの新しい仲間として我がクラスに加わることとなった藤崎英梨亜ふじさきえりあだ」


『藤崎英梨亜』

 三崎先生に紹介を受けた彼女は艶のある長い金髪をピンク色のシュシュでひとつに結わい、右耳の上あたりでサイドテールにしていた。


 綺麗に整った顔立ちは、目元だけが少しだけキツイ感じがするも、彼女が美少女ということに間違いはないだろう。

 ただ、俺たちと同じ制服を彼女はかなり気崩しており、胸元に至ってはその豊かな谷間が露わになるほど大きく開かれていて、首元にはシルバーのネックレスを身につけていた。

 そんな彼女は俺たち全員を一望するように視線を巡らせると、どこか剣呑な目付きで言う。


「……えー、ちゃんから紹介されました転校生の英梨亜でーす。気に入らない奴とかいたらソッコーぶっ飛ばすつもりなんでよろしく〜」


 英梨亜は片手持ちしたスクールバッグを肩に掛け、空いた方の手で握り拳を作ると挑戦的な表情を浮かべて口角を上げた。

 そんな英梨亜の言動にクラスメイトたちが青い顔をして息を呑んでいると、眉根を寄せた三崎先生が彼女の後頭部を出席簿でパコンと引っ叩いた。


「なんだその挨拶はこの戯け者が! それと、私のことは三崎先生と呼べ!」


「痛った~……なんで叩くのさミクちゃ~ん!」


「親しき中にも礼儀ありだろうが、このバカ者。皆にも説明しておくが、この子は私の親戚の娘でな。前に在籍していた高校で問題ばかりを起こしていたから私の管理下に置かれることになり転校してきたのだ。色々と迷惑をかけるとは思うが、仲良くしてやって欲しい」


「ちょ、ウチの頭を掴むとかマジで止めてって!」


「お前がさっさと頭を下げんからだろうが。最初に言っておくが、ここでは前の高校のように好き放題できると思うなよ?」


 ギロリとした目付きの三崎先生に頭を掴まれて無理やり頭を下げさせられると、英梨亜がムスッとした表情でそっぽを向く。


 なんというか、彼女はヤンキー女子なのだろうか。

 その見た目と態度からそんな気がしてならなかった。


「ともかく、こんな不遜極まりない態度を取ってはいるが、こう見えて優しい所もある奴なんだ。仲良くしてやってくれ」


「別にウチは誰とも仲良くしたくねえし……」


「そんなことばかり言っているから、いつまでもお前はダメなんだ。ほら、さっさと席に着け。お前の席は神崎の前だ」


「神崎……?」


 席の位置を出席簿で差す三崎先生に促され、英梨亜がこちらに視線を向けてくると、ばっちり俺と目が合った。

 すると彼女は、その眼光を鋭くして俺を睥睨するようにジッと見つめてきた。


 その異様な雰囲気にクラスメイトたちがざわつき始めると、英梨亜が急にズカズカとした足取りで俺の前に歩み寄り、居丈高に見下ろしてくる。


「ねぇ、アンタの名前はなに?」


「む? 俺の名は神崎だが……」


「違うって。下の名前だよ、下の名前!」


 英梨亜は前屈みになり俺の机の表面を右手の人差指でコツコツ叩くと、ジトっとした目を向けてくる。


 なんというか、初対面だというのに彼女はとても高圧的だ。

 男としても、彼女のその姿勢は如何なものかと思えてしまう。

 だからと言って、俺がその態度に腹を立て同じように振る舞っても意味がないだろう。

 それに、さっきから詩音が心配そうな面持ちで俺の方を見つめている。

 彼女の心配を払拭するために、ここは穏やかな気持ちで冷静に応えるとしよう……。


「ハガネだ。俺の名は神崎ハガネだ」


「神崎、ハガネ…………もしかして、はーくん?」


「え?」


「ていうか、はーくんでしょ!?」


「むぅっ!?」


 一体なにがどうしたのかわからないが、英梨亜は先程の不遜な態度から一転して急に人懐っこい笑みを浮かべると、俺の机に両手を付き顔を近づけてきた。

 

「神崎って苗字で、その厳つい顔つきは間違いなく『はーくん』だわ! ねぇ、ウチのこと覚えてる?」


「あ、いや……そう言われても」


「小学校の頃さ、近所に住んでていつも一緒に遊んだじゃん? よく思い出してみてって、ねぇ!」


 キラキラとした瞳で見つめてくる英梨亜に、俺の脳が過去の記憶を呼び起こす。

 そういえば、遠い昔に俺のことをはーくんと呼んでいた幼馴染の女子がいたかもしれない。

 まさかその子が、この英梨亜だというのか?


「ねぇ、ねぇ、思い出した?」


「まさか……エリちゃん、なのか?」


「そうそう! ウチのことをちゃんと覚えててくれてんじゃん! マジ嬉しいわー!」


 戸惑う俺を他所に英梨亜はその瞳をさらに輝かせると、俺の机の上に腰を下ろしてより一層迫ってくる。


 正直、彼女の質問に答えるよりも、その短い制服のスカートから見える無駄な脂肪のない張りのある綺麗な太ももと、弛んだ胸元から窺える見事な胸の谷間に俺は目のやり場に困っていた。

 だが、英梨亜はそんな俺の反応を楽しむかのようにイタズラな笑みを浮かべてくると、口元から愛らしい八重歯を見せた。


「ニシシッ、恥ずかしくなるとそうやって視線を泳がせるところは昔のまんまだね? ねぇ、はーくん……」


 と、英梨亜はそう言って、俺の下顎を細く綺麗な指先でなぞると、淫靡な表情を浮かべ囁いてくる。


「昔にウチとしたあの約束を覚えてる?」


「む、昔にした約束……だと?」


「そう。ウチとはーくんが大きくなったその時は――」


 と、次の瞬間。

 英梨亜はその表情をいきなり険しくすると、俺の制服のネクタイを掴み上げ、至近距離から睨みつけてきた。


「……って約束だよ」


 ドスの利いた英梨亜の一言に、教室内の空気が一気に凍りついた。

 どうやら俺は、彼女とサシで戦わなければならないらしい……。


 

 

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