幼馴染との再会編

第19話 二人の時間

 ――はーくん!


 あれは遠い昔の話だ。

 まだ幼かった頃、俺は近所に住んでいた同い年の女子と仲が良かった。

 あれは小学校の低学年くらいのことだったと思う。


 ――はーくんのことは、ウチが守ったげるからね!


 今となっては、その女子の本名も顔もうろ覚えでまったく思い出せないのだが、彼女のあだ名だけは今でも覚えている。


『エリちゃん!』


 小学生のクセに老け顔だった俺はクラスの男子たちから『おっさん小僧』と呼ばれてイジメを受けていた。

 しかしその都度、その仲の良かったエリちゃんがいつも男子たちの前に立ちはだかり、助けてくれていたという思い出が残っている。

 

 ――ね、はーくん? もし、ウチらが大きくなってさ、はーくんがウチよりも強くなってたらその時は――。


 ……と、そこで俺の意識がゆっくりと引き戻された。


 とてもお転婆でヤンチャな性格をしていた彼女が屈託のない笑顔を見せた時、その口元から覗く八重歯がとても印象的で、可愛らしい女の子だったような記憶がある。

 そう言えば、あの子がどこかの街に引っ越す時、俺となにか特別なをしていたと思うのだが、その内容がどうにも思い出せない。

 ただ思い出せることは、彼女が頻繁に口にしていた『はーくん』という俺のあだ名だけだった。

 

 ○●○


 あれから十年以上も経った。

 今頃、あの子はどこでなにをしているのだろうなどと不意に思い返したのは、そんな懐かしい過去の夢を見たからだろう。


「ハガネくん?」


 頭上から降ってきた彼女の優しい声に、俺はゆっくりと瞼を開いた。

 どうやら、俺は熟睡していたらしい。


「……すまない詩音。俺としたことが、つい眠ってしまったようだ」


 後頭部に感じる柔らかなこの肉感は、俺の彼女である詩音の太ももの感触だ。


 俺たち二人は昼休憩時間のみに自由解放されている学校の屋上で昼食をとっていた。

 そんなとても貴重な時間の中、詩音の作ってくれた美味しい弁当を平らげて俺が満足していると、彼女が優しい笑みを浮かべてこんな提案をしてきた。


 ――今日はとても風が心地よいので膝枕なんてどうですか?


 その提案に俺は最初こそ戸惑いを見せたが、周囲に誰もいなかったのでその提案を甘受することにした。

 そして、詩音の柔らかな太ももの感触と、肌を撫でる心地良い風に吹かれている間にすっかり眠りに落ちていたらしい。


「あるがとう詩音。俺のようなデカイ図体をした男の頭を長い時間も乗せていて、足が痺れたりしていないか?」


 どれくらいの時間を眠りこけていたか定かではないが、俺がそう訊くと詩音は首を横に振った。


「フフフッ、ぜんぜん大丈夫ですよ。それより、ハガネくんの穏やかで可愛い寝顔が見れてとても嬉しかったです」


「……そ、そうか」


 生まれてこの方、寝顔が可愛いと言われたのは初めてだった。

 実の両親にさえも俺の寝顔は、『戦時中の兵士のようだ』と言われたというのに、詩音は他の人たちと比べてそういった価値観が違うのかもしれない。

 まあ、俺からしてみればそれはとても嬉しいことなのだが。


「ねぇ、ハガネくん? ひとつお願いをしてもいいですか?」


「む? なんだ? なんでも言ってくれ」


 膝枕をされたままで俺がそう答えると、詩音が妙に艶のある表情で頬を染める。


「じゃあ、このままキスしてもいいですか?」


「ぬぅっ!? か、構わんぞ!」

 

 詩音がこう言ってくる時は、決まって空腹のサインだ。

 俺は今、地面の上にペタンと女の子座りをした詩音の太ももに頭を乗せている。


 この状態でキスをするのは体勢的にかなり難しいと思うのだが、当の詩音はとくに動じることもなく既に瞳を閉じた状態で唇を窄めており、ゆっくりと腰を曲げて俺に顔を近づけてきた。

 

「ハガネくん……」


 囁くように俺の名を呼ぶと、詩音がキス顔を近づけてくる。

 俺たち二人が付き合い始めてからこのようにキスをするのは、これでもう数十回目に相当するだろう。


 交通事故に遭い、その命を落として淫魔と呼ばれた悪魔に転生した詩音には、異性から採取できるという『生気』を補給する必要があった。

 詩音の話によると、彼女と契約を結んだ例の淫魔が先日の夜に久々に姿を見せたようであり、色々と教えてくれたという。


 その淫魔によれば、詩音はまだまだ若い悪魔であるが故に一日に必要な生気量がかなり多いらしく、そのエナジードレインに耐えられる男性はほとんどいないという話らしい。

 しかし、その中で唯一巡り会った俺の生気量は成人男性の遥か上を行くらしく、凄まじいらしい。

 そんなこんなで俺はいつも昼休み時間になると、このように愛する彼女のために生気を供給しているのだ。


 まあ、傍から見ればこれは完全にキスをしているだけのように思われるのだろうが……。


「……んふぅ」


 詩音が唇を重ねてくると、いつもの『エナジードレイン』が開始された。

 その間、俺は彼女と同じように瞳を閉じると、そのまま詩音の空腹が満たされるのを唇を重ねたままの姿で待っている。

 時折、詩音が興奮し過ぎて舌を入れてくることもあるのだが、それはそれでなんというかアレなので、ここでは割愛させてもらう。


「……んはぁっ! ご馳走様でしたハガネくん。いつもありがとうございます!」


 満足したような顔で詩音は顔を上げると、俺の髪をそっと撫でて柔和に微笑む。

 俺はそんな彼女の笑顔を下から見上げると、かぶりを振った。


「気にするな。俺はお前のためならこの命を奪われてもいいとさえ思っている」


「そ、それは私が嫌です! 私はこの先もずっとずっとず~っと! ハガネくんと一緒に生きて行きたいんですから」


 詩音は俺の顔を両手で挟むと、可愛い顔をグッと近づけて頬を膨らませた。

 確かに、俺も彼女と生きられるのなら、長生きをしたいと思う。

 それはこの先もずっとだ。

 ただひとつ懸念する事があるとするならば、それは悪魔に転生した寿だろう。


 彼女とは違い、俺は人間だ。

 そんな俺と詩音が、同じ時を生きるには限界があるだろう。

 しかし、例えそうだとしても、俺は彼女と共に生きられるだけ生きたいと願っている。

 それが永遠でないとしてもだ……。


「そうだな。俺もできる限り長生きをせねばなるまい」


「その通りです! ハガネくんは、私とずっと一緒にいてくださいね……」


 そう言うと、詩音はニッコリと微笑み、俺の額に軽くキスをしてきた。


 この幸せな時間が永遠に続くなら、俺はこの世を己が拳と力のみで治める覇王になっても構わない。

 敵は聖帝軍か、はたまたレジスタンスか。それとも、最大の強敵ともか……と、俺はなにを考えているんだ?


 そんな冗談めいた事を頭の隅に浮かべつつ、俺が詩音の顔を見つめていると、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「はぁ……。二人の時間はあっという間に終わってしまいますね」


「仕方ないさ。とは言っても、また明日も会えるし、休日には二人でどこかへ出掛けられる。それでは足りないか?」


 俺がそう言うと、詩音は首を横に振り、「スミマセン、ワガママを言っちゃいました」と、自身の頭に拳骨を落としてちろりと舌を出した。

 

 やはり詩音は可愛い……。

 もし叶うなら、このまま彼女と己が命尽きるまでずっと傍にいたいと願わざるをえなかった。


「それでは、そろそろ教室に戻るとするか」


「そうですね。あ、ハガネくん」


「なんだ?」


「今日は空手部もお休みですよね? ですから、その……」


 と、詩音は俺のゴツゴツとした片手を握ってくると、潤んだ瞳で見つめてくる。


「……今日は、一緒に帰りましょうね?」


「あぁ。勿論だ!」


 これほどの幸せを生まれて初めて体感した俺には、彼女の存在が本当に尊く見えた。


 ……詩音よ、俺はお前に出会えて本当に幸せだぁぁぁぁぁぁぁっ!


 そっと繋いだ小さく柔らかな彼女の手の感触に、俺は自然と自分の頬が緩むのを感じていた。

 だが、そんな俺たち二人に神はまるでを与えるかの如く、とんでもない運命の歯車を噛み合わせてきたのだ……。

 

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