第18話 職員室にて

 四時限目が終了し、俺は荷物をそのままに職員室へ急ぐと、引き戸を開けて開口一番に声を張った。


「神崎ハガネ、只今参りました!」


 腹から声を出した俺に、職員室の中にいた先生方が一斉にびくりとその身を竦めてこちらを振り返った。

 そんな中、カタカタと怯える他の先生方とは違い、自分のデスクにゆったりと頬杖をつきながら余裕の態度で俺を手招く三崎先生の姿があった。


「神崎、こっちに来い」


「失礼します!」


 職員室に足を踏み入れ、真っ直ぐ三崎先生の元へ向かうと、俺は背筋を伸ばして敬礼をする。

 すると、三崎先生が前髪を掻き上げながら苦笑した。


「神崎、そう気構えるな。楽にしていいぞ」


「イエス、サー!」


 俺が元気良く返事をすると、デスクに頬杖をついた三崎先生がくすりと笑った。

 その笑顔に緊張感を少しばかり緩めつつ俺が次の言葉を待っていると、先生が言う。

 

「フフッ、キミは本当に面白い生徒だ。その姿を見ながら朝まで酒が飲めそうだぞ?」


「お褒めの言葉をいただき誠に光栄であります!」


「ハッハッハッ! 私の言葉が光栄とは参ったな。神崎、私はただキミにお礼を言いたくてここへ呼んだんだ」


 三崎先生は愉快そうに笑い声を上げると、デスクの上に置かれたブラック缶コーヒーを一口だけ口に含み、俺の方に体を向けて見事な美脚を組み直した。


「豊崎の件、良くやってくれた。本当に感謝しているぞ」


「いいえ、自分はたいしたことはなにもしていません。むしろ、自分の方が先生に感謝をしおります!」


「ほぅ、それはどういうことだ?」


 俺の台詞に三崎先生は興味深そうな表情を浮かべると、組んだ膝の上に両手を置いて前傾姿勢になった。


「三崎先生が自分にあのような機会を与えてくださった事により、無事に詩音を学校へと復学させることができました。これは、先生のおかげであります!」


「……なるほどな。確かに、私はキミに豊崎と出会う機会を与えたかもしれん。しかし、そこから彼女を学校へと来れるようにしたのはキミ自身の力だ。もっと、自分に自信を持ったらどうだ?」


 三崎先生は嘆息しながら呆れ顔を浮かべると、俺の顔を静かに見上げてくる。

 そんな先生の態度に対して俺は頭を横に振った。


「いえ、自分にはそこまでの力はなかったと思われます。詩音が復学できたのは彼女自身の強さであり、自分はそれにほんの少しだけ助力を与えた……」


「神崎」


「は? なんでありま……」


「とりゃ!」


「ぬおぉっ!?」


 耳を貸せと言わんばかりに、自身の顔の前で人差し指をクイクイと動かしてきた三崎先生に俺が顔を近づけた次の瞬間、先生がいきなり俺の顔をヘッドロックするように抱き込んできた。


「キミのダメなところは、そうやって自分自身をいつも謙遜してばかりいるところだ。もっと自分に自信を持て神崎!」


「わ、わかりました! で、ですから、自分の顔を開放してください!?」


「いいやダメだ、キミはなにもわかっていないからな。私に開放してもらいたければ、『今回の件は自分のおかげだ!』と、発言してみせろ!」


 俺の頭を小脇に抱き込んでガッチリとホールドを決めている三崎先生は、どこか楽し気な様子だった。

 しかし、頭を抱き込まれた俺の片頬には、先程から先生の詩音に負けず劣らずの豊満な胸が押し当てられており、マシュマロのように柔らかな感触に悶絶しそうだった。


「りょ、了解しました! 今回の件は自分のおかげであります。ですから、そろそろ開放してください先生!?」


「ふむ、それでいい……。これからは、もっと自分自身に誇りを持て!」


 俺がそう言うと、三崎先生は満足したように微笑み、ようやく俺のことを開放してくれた。

 離れる間際にふわりと香った甘い芳香と片頬に残るやわらかな感触に、俺の心中はドキドキしていた。

 

「神崎、キミはキミ自身が思っている以上に素晴らしい生徒だと私は認識している。それをもっと全面に出し、クラスメイトたちと打ち解ける事ができれば、キミの学生生活は今よりもずっと輝くはずなのだかな?」


「は、はぁ……本当にそうでしょうか?」


「なんだ? 私の言葉が信じられないというのか? それならもう一度キミにヘッドロックを……」


「い、いえ! もう充分であります! これからは自分に自信を持った行動を取れるよう見の振る舞い方に注意します!」


「わかったのならそれでいい。昼食時だというのに時間を取らせたな。もう戻っていいぞ……それと、職員室の前で彼女には謝っておいてくれ」


 肩を竦めてそう言った三崎先生の視線が職員室の入り口に向く。

 その視線につられて俺がそちらに顔をむけてみると、職員室の引き戸に隠れてこちらを様子を覗っている心配そうな面持ちをした詩音がいた。


「キミたちの青春はまだまだ長く、前途多難な道が待っていることだろう……。しかし、今しかできないその青春を謳歌するのもキミの宿命であり、義務でもある。これからはもっと自分に自信を持って高校生活を楽しめよ神崎!」


 三崎先生はケラケラと笑いながらの俺の背中を叩くと、改めて詩音の方を見た。

 その視線に気付いたのか、詩音が恐る恐るした様子で職員室の入り口から姿を見せると、こちらにペコリと頭を下げてくる。

 

「ほら、さっさと行ってやれ神崎。キミのがお待ちかねだ」


「そうですね……って、んんっ!? ど、どうしてそれを!」


「そんなのスグわかるに決まっているだろ? キミは数日前まで、豊崎のことを苗字で呼んでいた。しかし、彼女が復学してからは下の名前で呼んでいる……。それがなにを意味するのかくらい、誰にでも容易に想像できると思うがね?」


 イタズラな笑みを浮かべてウィンクをしてくる三崎先生に、俺は熱くなった顔を伏せた。

 まさか、俺たちが付き合っている事が、こうも容易く見抜かれるとは思ってもみなかった。

 まったく、三崎先生にはかなわない。


「神崎、彼女を大切にしろよ。女は常に愛されたいと願う生き物だぞ?」


「しょ、承知しました……」


「まあ仮に、キミが豊崎にフラレたらいつでも私のところへ来い。一晩かけて骨の髄まで慰めてやろう」


「せ、先生! それはかなりの問題発言なのでは!?」


「ハッハッハッ! 冗談だ。さ、早く行ってやれ」


 三崎先生からの笑えないジョークに廻りにいた若い男性教師の方々が、ギョッとした様子で目を丸くしていたが、それが冗談だとわかるや否や、安堵した様子でため息を吐いていた。

 俺はそんな周りの雰囲気を気にしつつ、三崎先生に頭を下げると、そのまま職員室をあとにして入り口で赤い袋包を二つ持った詩音に歩み寄った。


「すまない詩音。かなり待たせてしまったな」


「ううん、私は平気です。それより、大丈夫でしたか?」


 俺が職員室に呼び出された事になにか責任を感じていたのか、詩音の瞳には不安の色が滲んでいた。

 きっと、詩音は自分が不登校になっていた理由が俺のせいではないかと邪推していて心配していたのだろう。


「安心しろ詩音。俺は三崎先生に褒められていただけだ」


「そ、そうなんですか?」


「あぁ、そうだ。それより、急がねば昼休憩の時間が終わってしまうな。少し走るぞ!」


「はい!」


 俺は詩音の小さくて柔らかな片手を握ると、二人きりで昼休憩を取るために駆け足気味で学校の屋上へと向かった。


 俺の青春はまだ始まったばかりだ。

 その第一歩は、普通と違ってかなり特殊ではあるものの、悪魔であり、俺の恋人である詩音と共にこの先にある楽しい青春を謳歌したいと心から願っている。

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