第17話 詩音カムバック

 豊崎邸に俺が来訪した翌週。

 完全復活を遂げたである詩音は、今まで皆に見せたことがないほどの美しく、輝かしい笑顔を振りまいて教室に戻ってきた。


「おはようございます、皆さん!」


 いつも通りのルックス(一つに束ねた三つ編みと制服に眼鏡スタイル)をした詩音だが、その日は明らかにテンションが高めでどこか憑き物が落ちたようにキラキラとしており、挨拶を交わしたクラスメイトたちも少し戸惑った様子で挨拶を交わしていた。


 あのダンスパーティー以降、女子はともかくとして、詩音の可愛さに気付いてしまった男子連中は彼女の爽やかなスマイルを見て恍惚としており、その後ろ姿を呆然と見つめていた。

 そんな詩音の姿を俺は教室の端にある自席から静かに見守り、フッと口元を笑ませていた。


「おはようございます三原さん! おはようございます田所くん! おはようございます三神さん……あっ」


 と、詩音は教室の隅にいた俺を見つけるなり、満面の笑顔を浮かべて駆け寄ってくると、両手を後ろにして頬を紅く染めた。


「お、おはようござ……ううん。おはよう、!」


 恥じらいつつも、恋人同士になったことで俺を下の名前で呼ぶようになった詩音はとても可愛く、呼ばれた張本人としても至極幸せを感じずにはいられなかった。


「お、おう。おはよう……その、


「う、うん……おはよ、です。えへへ〜」


 若干の気恥ずかしさを抱きつつ、俺も彼女を下の名前で呼ぶと、詩音がその顔をフニャリと緩めて微笑んだ。

 あの日以来、詩音が元気になってくれて本当に良かったと思っている。

 現在の彼女は満たされない空腹でやつれていた頃とは違い、健康的で肌に艶と張りがあり、頬もふっくらとしていて本当に可愛かった。

 もしあの時に、三崎先生が彼女と出会うキッカケを与えてくれなかったらこうはならなかっただろう。

 それに、俺があのまま詩音の秘密を知らなければ、彼女が大変なことになっていたのは紛うことなき事実だ。

 そう思えば、担任の三崎先生には本当に感謝してもしきれないくらいだ。


「三崎先生にはいずれ礼を言わねばなるまいな……」


「ハガネくん? どうかしたのですか?」


「いや、なんでもない気にするな。それより、体の調子はどうだ?」


「勿論、絶好調です! これも全部、ハガネくんからののおかげです。な〜んてね?」


「そ、そうか……」


 愛らしく小首を傾げてちろりと舌先を出す詩音に、俺は顔が熱くなった。


 どちらかと言えば、俺の愛というよりは、『生気』を与えたおかげで彼女が救われたと言うべきだろう。

 それを詩音は愛として例えているようだ。


 しかし、それをこう面と向かって言われると、あの時の光景が鮮明に脳内でフラッシュバックしてしまい心臓の鼓動が騒がしくなる。

 やれやれ、この程度で精神が乱れてしまうとは俺もまだまだ修行が足りないということだ。

 これからは、空手の稽古により一層打ち込むとにしよう。


「あ、そういえばハガネくん。私、今日お弁当を作ってきたんです!」


「む? 弁当を自分で作ってきたのか?」


「はい! こう見えて、普段からお母さんのお手伝いをしているので料理には自身があるんですよ? ですから、その……」


 と、急にモジモジし始めると、詩音が豊かな胸の前で指先を絡めながら上目遣いをしてくる。


「……きょ、今日のお昼に二人きりでお弁当を食べませんか? 勿論、ハガネくんの分も作ってきてましたから」


「……っ」


 ……正直、泣きそうになった。


 こんな俺に弁当を作ってきてくれる彼女ができたなんて、まさに夢のようだ。

 俺が頭の片隅で思い描いていた青春――それがまさか、このような形で実現されるとは思いもしていなかった。

 ここに来てようやく俺は、ずっと憧れ続けていた理想の青春を手にすることができたのだ。

 これが喜ばずにいられるものか!


「く……うぅっ……」


「ちょ、ハガネくん? どうして泣いているのですか!?」


「詩音よ。俺は今、猛烈に感動しているんだ……。男とは、この世に生まれ落ちた時と、親が死んだ時以外は泣いてはならないと親父から教わってきたのだが、この涙ばかりは容赦してくれっ!」


「容赦もなにも、そんな涙を流すようなことですか!?」


 俺と詩音の会話に聞き耳を立てていたのか、教室内にいたクラスメイトたちが騒然とする。

 まあ、彼ら彼女らが驚くのも無理はない。

 なぜなら、俺と詩音の親密度がつい先日までと比べて、明らかに違うのだから。


「グスッ……ともかく、詩音が俺のために弁当を作ってきてくれたのだから、是非ともご馳走になりたい。二人で一緒に昼食を摂ろう」


「本当ですか? きゃはっ! 嬉しいですぅー!」


「……お、おい。どうなってんだよこれ?」


「てかさ、神崎くんって豊崎さんにフラレたんじゃないの?」


「つーか、めっちゃ仲良くなってんじゃん? あの二人になにがあったんだ!?」


 仲睦まじく会話をする俺たち二人を尻目に、クラスメイトたちがコソコソと小声で話し始める。

 きっと、今このクラスの中では俺と詩音の関係がどうなっているのかという様々な憶測が飛び交い、その真相を知りたがっている者たちで溢れ返っていることだろう。

 そんな空気に触れて俺が少しだけ優越感に浸っていると、教卓側の引き戸が音を立てて開かれ、そこから出席簿を小脇に抱えた三崎先生が入室してきた。


「おはよう諸君。ホームルームを始めるから全員席につけ」


 三崎先生は教室内で騒いでいたクラスメイトたちに視線を配ると、出席簿を教卓の上に置き前髪を掻き上げる。

 その時、先生の視線が俺の傍に立っていた詩音に向けられると、その口元が緩んだ。


「久しぶりだな、豊崎。すっかり元気になれたようだな?」


「あ、三崎先生! その節は本当にご迷惑をおかけしました」


「構わんさ。よし、それでは出席を取るぞ! 早く席に戻れ」


 キリッとした表情を浮かべた三崎先生の一言に従い、クラスメイトたちが緊張した面持ちで一斉に着席してゆく。

 それに混ざり詩音もとてとてと自席に戻り着席すると、俺に向けて小さく手を振りニッコリと笑ってきた。

 その動作に俺は顔を熱くしつつも、彼女に向けて小さく手を振り返した。


 ……これがリア充の生活というものか。実に素晴らしいではないか!

 今の俺には、長いこと見てきたこの世界が百八十度くらい変ったようにキラキラと輝いて視える。

 勿論それは、詩音あってのことだ。

 そんな愛すべき我が彼女に俺が鼻の下を伸ばしていると、三崎先生の冷淡な声が飛んでくる。

 

「神崎、四時限目が終わったら職員室に来い。キミに話がある」


「え? 自分が職員室に、ですか?」


「そうだ。なにか不服でもあるのか?」


「いえ、ありません!」


 流し目でこちらを見据えてきた三崎先生に俺が背筋を伸ばして敬礼すると、先生は「それでいい」と、短い言葉を口にして出席を取り始めた。


 正直、三崎先生から招集をかけられると凄まじい緊張感が襲ってくる。

 果たして、先生が職員室に俺を呼び出すその理由は一体なんなのか?

 妙な不安しか残らない。

 そんな俺の不安が伝播したのか、窓際の席に座る詩音が心配そうな表情を浮かべてこちらを見つめていた。

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