第14話 好きです!

 豊崎から聞かされた話はこうだった。

 まず、事の始まりは五月のゴールデンウィーク前まで遡るという。


 豊崎には片想いをしている相手がいたらしく、その相手と仲良くなりたかったのだが、引っ込み思案な性格が災いして上手くいかなかったという。

 そんな時、彼女は図書室の中である不思議な本を見つけたそうだ。


「休み時間になると、私はいつも図書室で読書をしていたのですが、そのとき偶然にもある『おまじない』が記された本を見つけたんです」


 その本はペンタグラムのような紋様が描かれた黒い背表紙の本だったという。


「その本に書かれていたのは、片想いの相手と結ばれることができるという『おまじない』が記されたものでした」


 その後、豊崎は半信半疑でありながらも、その本に記された『おまじない』に必要な物を集めてソレを実行したという。


「本に書かれていた必要な物を全て用意した私はそのおまじないを実行しました……すると、その本の中から先程の話に登場した例のが現れたのです」


 豊崎が行ったそのおまじないにより、本から召喚されたのは、妖艶な美貌と豊満な肉体を持つエロスに満ち満ちた若い女性の姿をした悪魔だったらしい。


 その悪魔は豊崎を見るや否や、こう問いかけてきたという。


『あーしを呼んだ処女ってアンタ? つーか、マジで地味すぎじゃね?』


 ……大きなお世話です!

 と、語ったのは豊崎だ。


 その悪魔は、戦慄する豊崎に近づくとその額に自身の額をコツンと当てて、彼女の思考を読み取り全てを悟ったという。


『……へぇ〜。随分と面白そうな男じゃんか? いいよ、その願い叶えたげるよ』


 若い女性の姿をしたその悪魔は得意げに笑ってそう告げると、豊崎の恋路を手伝う代わりに自分と契約を結んで欲しいと、言ってきたらしい。

 その発言に豊崎は一瞬だけ戸惑ったらしが、その願いが叶うならばと思い、彼女と契約を結んだという。

 それから豊崎はその悪魔に色々な助言や力添えを受けて、ようやく最初の一歩を踏み出せたという。

 だが……。


「彼女は基本的に自由奔放でいつもどこかを遊び歩いているのですが、私が真剣に悩んでいる時などはちゃんとアドバイスをくれました……。そんな彼女の助力を得てやっとその第一歩を踏み出せたのですが、不運な事に私は例のダンスパーティーの夜に命を落としてしまったのです……」


「それで、悪魔に転生したと? ちなみに、その悪魔はここにはいないのか?」


「さっきもお話しましたけど、彼女は本当に自由奔放な性格でして、今日もどこかへ遊びに行っています。先日は、渋谷に行くと言っていました」


「……なんというか、自由だな」


「はい。本当に自由なんです」


 どこか困ったような表情を浮かべて豊崎は頬を掻くと、「困っちゃいますよね」と、ため息混じりな言葉を漏らした。


 話を聞く限り、その悪魔はただ単に自由になりたいが為に豊崎と契約を結んだのではないかと思えてしまう。

 まあそれでも、その悪魔のおかげで豊崎は今もこうして俺の前に元気な姿で健在していられるわけであり、良かったといえばそれまでなのだが……。


「ともかく。私は事故に遭ったそのあと、悪魔として新たな命を彼女から授かったんです。でも――」


『とりま、見た目はそのまんまだけど、中身はあーしと同じ悪魔だかんね。それに、人間だった時みたいな生活とか近い内にできなくなるっぽいけど、そのまま死ぬよりはマシっしょ?』


 ……そうですね。

 と、豊崎は答えたらしい。


 悪魔の彼女は豊崎にもう一度だけ生きるチャンスを与えてくれたようだ。

 しかし、その中で豊崎は自らの身体に起き始めた悪魔としての異変に戸惑いを隠せなかったという。


「最初の異変はいくら食べても空腹感が満たされず、すぐにお腹が空いてしまうことでした……」


 豊崎が悪魔に転生してから最初に訪れた異変は、どんなに沢山の食料を食べてもすぐに襲ってくる空腹感だったという。


「空腹が満たされないって、それでお前はそんなに痩せ細ってしまったのか?」


「とても恥ずかしいのですが、神崎くんが言う通りなんです……」


 豊崎が不登校になる前、やつれた顔でフラフラとしていた理由は、いつまでも満たされない空腹感が原因だったようだ。


「ちなみに、その事をご両親は?」


「両親にはこの体の事や事故についての話を一切していません。流石に私が『悪魔』になったとは言えませんからね。それに、この空腹さえ我慢すれば、人間だった頃となにも変わらない生活を送れていましたから。でも、ある日を境に私は空腹感を抑えることが難しくなり、自分が本当に彼女と同じ悪魔になってしまったことを実感せざるを得なくなるような出来事があったのです……」


「その出来事とはなんだ?」


「神崎くんとのデートです」


「俺とのデート、だと?」


 豊崎の発言に俺は困惑する。

 俺とのデートで豊崎が自分を悪魔だと実感することになったとは、一体どういうことなのだろうか?


「あの日、私はいつものように空腹感に見舞われていました。でも、そんな空腹感も忘れられるくらいあの日はとても楽しくて、本当に充実していたんです! そして、夜のパレードが終わったそのあと、とある事がきっかけで私は空腹感が一気に増大してしまい、自分の食欲を満たすに気が付いてしまったのです……」


「お前の空腹感が増大したのは大問題だな。それで、その空腹感を満たせる方法とは一体どのようなものなんだ?」


「えっと、その方法は……」


 俺がそう訊くと、豊崎が急に頬を赤く染めて視線を逸した。

 その様子を怪訝に思いながらも、俺が次の言葉を待っていると、豊崎は自分の尻尾の先端を指先でムニムニと弄りながら言う。


「か、神崎くんは、私が今から言う話しを聞いても引いたりしませんか?」


「無論だ、続けてくれ。その方法とは、一体どのようなものなんだ?」


 理由はどうであれ、豊崎が言いあぐねている様子から察するに、相当話し辛いことなのだろう。

 ならば、それに対して彼女の友人である俺がしてやれることはなんでもしてやりたい。

 俺は豊崎のためなら命をも捨てられる!


 その覚悟を持って俺がジッと言葉の先を待っていると、豊崎が尻尾の先端で口元を隠しながらぽそりと言う。


「……キスです」


「なに?」


「わ、私の食欲を満たす方法は神崎くんと……をすることなんです!」


「…………なにぃっ!?」


 赤面した豊崎からの発言に、俺は面を食らった。

 彼女の食欲を満たす方法が、この俺とキスをすること……だとぉっ!?


「え、えっと……私は『淫魔』という悪魔に転生してしまったらしくて、その空腹を満たす方法はエナジードレイン。つまりは、異性からを直接吸収しないとダメらしいんです」


「異性から生気を直接吸収する、だと?」


「はい。直接吸収する……それはつまり、をして吸収するんです!」


 豊崎が口にした『淫魔』という悪魔の名称は、流石の俺でも聞いたことがあった。

 確かその悪魔は、夜な夜な男の夢に現れて『生気』を吸い出し、自らの糧にするというようなものだったと思う。


「神崎くんから告白をされたあの日、私はとても嬉しかったのと同時に、神崎くんを見て強烈な食欲とキス衝動に駆られました。それが自分の空腹を満たす方法であると私には自然とわかってしまったんです……」


「ほ、本当にその方法で間違いはないのか?」


「はい。おそらく間違いありません……。ただ、それをしてしまう事により、私は神崎くんから大量の生気を吸収してその命を奪うかもしれないという恐怖を感じてしまい、あの場から逃げ出してしまったんです。それからというもの、私は神崎くんを見ると食欲と共に激しいキス衝動に掻き立てられ自分を抑えきれなくなりそうになってしまいました……。それこそが、私が不登校になった本当の理由なんです」


「ということは、今もその……俺を見て」


「はい! ものすんご~くお腹が空いてます。それはもうペコペコです!」


 お尻から生えた悪魔の尻尾を左右に揺らし、淀みのないキラキラとした瞳で豊崎が俺を見つめてくる。


 あのデートの日、彼女が俺の前から逃げ出し、学校で素っ気ない反応をしてみせたのにはそういう理由があってのことだったのか。

 そして不登校になったのも、俺の事を想っての行動だったということか……。

 だが、その理由を聞かされて、俺はどうしても腑に落ちないことがあった。


「豊崎。お前の言うその淫魔という悪魔は、異性なら誰でも構わず生気を吸い出すと聞いた記憶があるのだが、それは違うのか?」


「私もそれについてネット上で調べました。確かに、様々な逸話に登場するサキュバスは異性なら誰でもいいみたいなのですが、それでも私は他の異性ではなくがいいんです!」


「ぬぅっ!?」


 突然ローテーブルに両手をつき、真っ赤な顔で凄んできた豊崎に圧倒された俺は若干後ろに身を引いた。

 なんだこの気迫は? 今の豊崎からは凄まじい勢いを感じる。


「そ、そうか……。しかし、なぜその相手がこの俺なのだ?」


「え?」


 なにげなく口にした俺の一言に、豊崎は一瞬だけ呆けた顔をすると次第に眉根を寄せ始めその瞳を細めた。


「神崎くん。それ、本気で言ってますか?」


「む? それはどういう意味だ?」


「どういう意味って……そんなの、私がだからに決まっているじゃないですか! というか、ずっと前から神崎くんのことが好きでした。私と付き合ってくださいっ!」


「ぬうんっ!?」


 真っ赤な顔でローテーブルから身を乗り出し、大胆な愛の告白をしてきた豊崎に俺は頭の中が真っ白になり、しばし茫然自失としていた。


 豊崎が俺のことを好き……だとおおおおおおおおおおおおっ!?


 



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