第15話 ファーストキス

 豊崎からの衝撃的な愛の告白から数分後、俺たち二人はローテーブルを挟んだ状態で互いに赤面し、顔を伏せていた。


 まさか豊崎が、ずっと俺に想いを寄せてくれていたとは予想外であり、これに勝る幸せはないだろう。

 この世に生を受けてから十五年、俺にも青春というなラプソディーが奏でられたようだ。


「……あの、神崎くん?」


「ファイっ!?」


 ……ぬぅ。つい緊張し過ぎて声が上ずってしまった。


 豊崎に呼びかけられ、火を吹きそうなほど熱くなった顔を上げる。

 すると、視線の先では純白のランジェリー姿をした豊崎が俺の顔を何度もチラチラと覗うようにして、モジモジしていた。


「えっと、お返事を聞かせていただきたいんですけど……」


「へ、返事だと?」


「はい。私は今、神崎くんに告白しました。そのお返事を聞かせてもらえませんか?」


 お尻から生えた悪魔の尻尾の先端を豊崎が両手でムニムニとしながら上目遣いをしてくる。

 可愛い……可愛い過ぎるぞ豊崎!? 

 こんな可愛いお前に好きだと告白されて、俺は天に還る時が来てしまったのではないかという感覚に包まれているぞ!


「あの、神崎くん?」


「え? あ、いや、すまん! その告白の返事なのだが……」


「は、はい……」


「勿論オーケーだ!」


「本当……ですか?」


「あぁ。この俺に、二言はない」


「でも、でもでもでもでもぉ〜! 私、悪魔なんですよ? それでもいいんですか!?」


「構わん。例え、お前が血も涙もない聖帝だとしても、俺はお前を受け入れるし、心からその……」


「その?」


「……あ、愛するつもりだ!」


「〜〜〜〜っ」


 自分で言っておきながら死ぬほど恥ずかしかった。

 この近辺に岩があるなら、照れくささを誤魔化すために正拳突きで破壊したいほどだ。


 ともかく、この俺の豊崎に対する想いは本物だと断言できる。

 彼女のためなら、俺はどんな苦難も乗り越え、どんな恐ろしい相手とだって戦う事ができるだろう。

 それほどまでに、俺の豊崎に対する想いは本気だった。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、正面に座る豊崎は真一文字に引き結んでいた桜色の唇を柔らかく緩めると、目元から幾つも涙をこぼし始めた。


「……嬉しい」


「えっ? どうした豊崎! なぜ泣いているんだ!?」


「だって……本当に嬉しいから……」


 正面に座る豊崎は、その瞳から止めどなく溢れ出る涙を必死に拭おうとするが抑えきれなくなり、最終的には両手で顔を覆い嗚咽を漏らした。

 その光景を前にして、俺はどうしたらいいのかわからずに狼狽えた。

 

 ……なんというこだ。

 お互いに付き合う事になってから、いきなり彼女を泣かせてしまった! これは日の丸の国の男として重罪だ。

 今すぐ腹を切って詫びるしかない!


「すまん豊崎。俺がなにかデリカシーのないことを口にしてしまいお前に涙を流させてしまったようだな……。故に、俺はその罪を償うため今すぐこの場で腹を切ろうと思う。手間をかけるが、お母さんに頼んで刺身包丁を貸してもらえないか?」


「どうして付き合う事になったのに、お腹を切っちゃうんですか!? 私はただ、神崎くんからオーケーの返事をもらえて、嬉しくなって泣いちゃったんです! ですから、刺身包丁は貸せません!」


「むぅ? そうなのか?」


「そうです! 初めて神崎くんを見たあの日、私は一目惚れしていました……そんな憧れだった神崎くんとこうしてお付き合いできるようになったんですから、こんなに嬉しいことは他にありません!」


「と、豊崎……」


 目元の涙を指先で拭い、パアッと華が咲いたような笑顔を見せてきた豊崎に、俺は胸の奥が暖かくなり夢見心地になった。


 ……ぬおおおおおおおお!? 俺はなんと幸せ者なのだ! こんなに魅力的で可愛い彼女と恋人同士になれて、俺は全身から幸せのオーラが噴き出しそうだぞおおおおおおおっ!


 おそらく、赤面しているであろう自分の顔を見られぬように俺は天を仰ぐと、昂ぶる気持ちを落ち着かせるためにひと呼吸入れてから豊崎の方を見る。


「……と、豊崎。俺もお前と付き合うことができて嬉しいぞ」


「あ、ありがとうございます! では、これで私たちは晴れて恋人同士になれたということでいいんですよね?」


「そうだな。これからは友達ではなく、俺の……か、として、よろしく頼む!」


「こ、こちらこそです神崎くん! えへへ〜、なんだか照れちゃいますね?」


 悪魔の尻尾を左右に振り、背中の翼をパタパタさせて、ニッコリと微笑む豊崎が堪らなく可愛かった。

 こんな素敵な彼女と恋人同士になれるとは、俺の人生もまだまだ捨てたものではなかったようだ。


「……神よ、アナタに感謝する」


「あの、神崎くん……」


 これまでにないほどの幸福感に浸り、俺が口角を上げながら腕組みしていると、悪魔の尻尾の先端で口元を隠した豊崎が言う。


「いきなりこんな事を神崎くんにお願いするのは厚かましいと思われてしまうかもですけど、私からのお願いをひとつだけ聞いてもらえませんか?」


「む? 構わんぞ。なんでも言ってくれ」


「本当ですか? それじゃあ……」


 細くて綺麗な両指を豊かな胸の前で絡ませると、豊崎が俺に熱っぽい視線を送ってくる。

 その視線を真っ向から受け止めると、豊崎がその形の良い唇に人差し指を当てた。


「そ、それじゃあ……お互い恋人同士になれたことですし、とかしてもいいですか?」


「ぬほぁっ!?」


 恋人同士になり、いきなりキスを所望してくるとは、なんと先進的な!?

 とはいえ、それを断るのは男としてあってはならないことだ。

 昔、死んだ俺の爺ちゃんが、男はどんなことがあろうと絶対に女に恥をかかせてはいけないと語っていた。

 故に、豊崎からのこの願いを断るにワケにはいかない。

 行け、神崎鋼! 男を見せるところだ!


「あの、神崎くん……ダメ、ですか?」


 豊満な胸を寄せて谷間を作り、ねだるような仕草で見つめてくる豊崎に、俺は両耳から蒸気を噴き出すのではないかと思えるほどに体温を上昇させていた。


 これは俺にとってファーストキスだ。 

 しかも、その相手が豊崎とあらば、申し分はない!


 俺は咳払いをして居住まいを正すと、豊崎の顔を見て静かに首肯する。


「……か、構わんぞ」


「ほ、本当ですか? じゃ、じゃあ……神崎くんの傍に行ってもいいですか?」


「あぁ。遠慮なく来い!」


「わ、わかりました! それじゃあ――」


 豊崎は艶のある笑顔で四つん這いになると、俺の方へと近づいてくる。

 その姿が女豹のようであり、俺を見据えるその瞳はどこか淫靡なものに見えた。


「ハァ、ハァ……神崎、くん」


 白い頬を紅潮させ、興奮した様子で迫ってくる豊崎に俺は若干の戸惑いを抱いた。


 ……なんだこの感じは? 豊崎の一挙手一投足が妙に艶めかしいぞ? 今の豊崎はキスというより、もっとワンランク上の行為を欲しているように思えるのだが、気のせいだろうか……。


 互いの距離が数センチに至ったところで、豊崎が俺の両肩に手を置いて顔を近づけてくる。

 少し前に出れば、互いの唇が触れ合うだろう距離に豊崎の可愛い顔がある。

 その光景にバクバクと早金を打つ俺の心音が、耳の奥で激しく鳴り続けていた。

 少し視線を下げると、リンゴのように顔を赤くした純白のランジェリー姿の豊崎が真っ直ぐ俺の顔を見上げた状態で呼吸を乱している。


 ……なんて官能的な姿なんだ。

 普段の豊崎からは想像がつかないほど、今の彼女はとても色っぽくて艷やかだ。

 しかし、キスをする事になったはいいが、この場合はどういう流れですればいいのだろうか?


「神崎くん……」


「あの、豊崎。キスをするとは言ったが、どのようにして……」


「それなら、私に任せてください!」


「え? ちょ、豊崎ぃっ!?」


 戸惑う俺にシビレを切らしたのか、豊崎はその細い腕からは想像もできないほどの力で俺を押し倒してきた。

 

「さぁ、神崎くん……。キス、しましょ?」


「お、落ち着け豊崎!? そ、それは構わんのだが、キスとはこのような体勢でするものなのか!?」


「ハァ、ハァ……体勢なんて関係ありません。お互いの想いが通じ合っていれば、例え私が神崎くんの腰上に跨がろうとも、問題はないんです!」


 躊躇なく腰上に跨り、壁ドンならぬ床ドンを決めてきた豊崎から甘い香りが漂うと、俺は興奮し過ぎて心臓が破裂しそうだった。


 こんなに可愛い女の子とキスをする。

 ただそれが、積極的に向こうから押し倒してくるような勢いであったとしても、これほどまでにドキドキするとは知らなかった。


「か、神崎くん……私、もう、限界です……」

 

 言うなり、真上から形の良い唇を突き出して接近してくる豊崎に、俺は鼻息を荒くした。

 これが俺のファーストキスか。

 なかなか興奮するシチュエーションだとは思うが、なにか大切なことを忘れているような気が……あっ。

 

 と、そこで俺は先程の話を思い出し、迫り来る豊崎に慌てて言った。


「あ、豊崎!? ちょっと、待ってく――」


「ンッ」


「んぅっ!?」


 むちゅっと、柔らかな唇を押し付けてきた豊崎に、俺はなにも言えず瞳を見開いた。

 そこから数分間、俺は呆然としたままゆったりと流れる時間に身を任せたまま豊崎とキスをした。


 時計の秒針がカツカツと時を刻む音が、いやに大きく聞こえる。

 互いの身体を重ね合うようにして静かにキスをする俺と豊崎。

 その時、鍛え上げた俺の大胸筋には制服越しからでもハッキリとわかるほど、豊崎の豊かな胸が押し付けられていた。


 初めて体験するキスの感触。

 その感触はとても柔らかで心地よく温かであり、いつまでもこうしていられそうだったのだが……なぜか俺は自分の体力が凄まじい勢いで奪われていることに気が付いた。


 ……まさかこれが、豊崎の話していたというものか!?


「んふぅ……かんざゃきく〜ん……」


 かなりの勢いで体力が奪われ、俺の全身の筋肉が弛緩したようになっていると、豊崎の唇から艶のある吐息が漏れた。

 そして、それからほどなくして、俺の視界は真っ白になり、そのまま意識を消失したのは言うでもない……。

 

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