第13話 転生と悪魔と

 衝撃の発言から数分後、俺は折り畳み式のローテーブルを挟んで豊崎と見つめ合っていた。


 ――実は私、ダンスパーティーが終わってその帰りの夜に、事故に遭ってんです。


 荒唐無稽とは聞いていたが、あまりにも突飛な話に俺は戸惑うしかなった。


 豊崎が事故に遭って死んだ? いやいや、そんなバカな! 豊崎は今も俺の目の前にいるではないか!?


「……やっぱりそういう反応になりますよね。でも、事実なんです」


 俺の反応を予期していたかのように豊崎は肩を落とす。

 その様子に俺は躊躇いがちに問いかけた。


「と、豊崎? 百歩譲って、お前があの日の夜に交通事故に遭ったというなら、その日の内に三崎先生から全クラスメイトたちに連絡がくると思うのだが、それについては……」


「それについてもご説明しますね。これもまた信じられないような話になるんですけど、事故に遭って命を落としてから数分後に私は生き返ったんです……『人ならざる者』として」


 豊崎の話によると、彼女はダンスパーティーが終わり俺と別れたあと、ひと気の少ない道で交通事故に遭いその命を落としたという。

 そして、彼女の生涯がそこで幕を閉じようとしていたその時、とある存在の出現により、軌跡が起きたらしい。


「居眠り運転をしていたトラックに轢き逃げされた私が朦朧とした意識の中でその最期を迎えようとしていた時、知人であるが私の前に現れたんです」


「彼女、だと?」


「はい。私が言うその彼女とは、なんです。これも信じてもらえないかもしれませんが、私はその彼女と少し前から交流がありました」


 豊崎はその悪魔となにかしらの交流があったらしく、顔見知りだという。

 そして、その悪魔は不運に見舞われた豊崎にこんな提案を持ちかけてきた――。


『てーかさ、アンタとの約束をまだ果たせていないし、あーしと契約してそっちが支払うも貰えないとマジで困っから、悪魔に転生してもっかい生き返ってくんない?』


 と、いう流れになったらしい。


 しかしなんだこのギャル感な口調は? 

 悪魔とは、既に渋谷の街から絶滅したとされるギャルの生き残りなのか?

 いや、話が脱線したな……。


「彼女が持ち掛けてきたその提案に、私は即応じました。そして、破壊された肉体の再生がすぐに始まり、再びこの世に生を受けたんです……。信じてくれますか?」


 豊崎はウサギのクッションに顔を埋めると、ちろりと目線だけをこちらに送ってきた。

 それに対して俺は腕組みをすると、天井を見上げて低く唸る。


 ――なるほど。これが俗にいう『中二病』というやつか。


 ごく稀に、クラスメイトたちの中で不可思議な単語を得意げな様子で口にしている連中がいる。

 彼らは片腕に包帯を巻きつけていたり、黒い眼帯を身に付け『転生者として〜』や『我が暗黒龍が~』とか、『魔人結社が~』など、最終的には『ラグナロクが近い!』と、俺には想像もできない世界の話を繰り広げていた。

 ともすれば、豊崎が今しがた口にしたその内容も、それに準ずる世界の話なのだろう。

 

「豊崎」


「は、はい!」


「お前の話は理解した。つまるところそれは、世間で言われているというものだな」


「……は?」


 俺がそう告げたあと、豊崎はしばし呆然としていたが、途端に眉を顰めてプンスカ怒り出した。


「ち、違います!? 私はそんな痛い子じゃありませんよ、もぅっ!」


 ……普通に怒られてしまった。


 どうやら、豊崎の話すその内容は俺の知る中二病という思春期の学生たちがかかりやすい、やまいとは違うようだ。


「す、すまない。俺はてっきりそういうことかと思ったのだが早計だった。すまん!」


「あの、神崎くん。そんな風に土下座をされると、逆に私が困るんですけど……」


 絨毯に額を打ち付けるほどの勢いで土下座をした俺に豊崎が困ったような声を漏らす。

 どうやら、俺の推測は間違っていたらしい。

 だとすれば、これは一体なんと答えるべきなのか……。

 

 そんな風に色々と思考を巡らせ、俺が土下座をした体勢のままでいると、豊崎の柔らかな声が頭の上から降ってくる。


「えっと、神崎くん。私の身に起こった事と、彼女との事についての経緯を説明しますので、とりあえず頭を上げてくれませんか?」

 

「頭を上げてもいいのか?」


「勿論です。それに、『コレ』を見ていただければ、色々と説明もしやすくなりますし、私が既に事も信じてもらえると思うんです」


「そうか。ならば、お前が言うその証拠というのを見せてもらおう……」


 と思いつつ、俺が頭を上げてみると、豊崎がいつの間にか穿いていたスカートを床の上に脱ぎ捨てており、純白のショーツを晒していた。

 その光景だけでもかなり衝撃的だというのに、俺の視線は彼女のショーツよりも、そのお尻の辺りからそれに注目していた。


「これが、そのです」


 豊崎のお尻の辺りから生えたそれは、スペードの形をした先端を持つ黒く細長い尻尾のようなものだった。

 それが科を描いて揺れる様を見つめ、俺は額から滝のような汗を流して狼狽した。

 あの物体は、一体なんなのかと……。


「と、豊崎……それは、なんだ?」


「これは『悪魔の尻尾』、だと思います」


「尻尾、だと?」


「はい、尻尾です。それに、コレだけではありません」


 次に豊崎はそう言うと、着ていたカーディガンを手早く脱ぎ捨て、最終的にその下に着ていた丸襟のブラウスのボタンを外し始めた。

 婚前の女子が男の前で服を脱ぐなんて、豊崎は一体なにを考えているのだ!?


「ま、待て豊崎!? 早まるんじゃない! 俺たちは友達であり、そういうのは――」


「神崎君、私から視線を逸らさないでください!」


「いや、しかしだな!?」


「お願いします! 私のことをちゃんと見てください……」


 懇願するような豊崎の声に、俺は顔を覆っていた片腕をゆっくりと下げてゆく。

 すると、下着姿となった豊崎の背中に黒いコウモリの羽根のようなものが存在していて、パタパタとはためかせていた。


「豊崎……そ、それは?」


「おそらくですけど、これは『悪魔の翼』だと思います。これで私が人間ではなく、悪魔になってしまったということを信じてもらえましたか?」


 至極真面目に答えた豊崎は、背中に生えた黒い翼を小さく畳むと、お尻の辺りから生えたクネクネと科を描く尻尾の先端を両手の指先でつまみ、落ち込んだ様子でため息をこぼした。

 不謹慎かもしれないが、そんなしおらしい豊崎を見て俺は萌えていた。

 豊崎よ、お前はどうしてそんなに可愛いのだ!? 


「この尻尾が生えたのは一週間前でした。そして、この翼が生えたのは今週です……。一応ですけど、彼女から翼と尻尾を他者から視えなくする方法は教えてもらい私生活に問題はないのですが、このような感じで私はどんどん悪魔になっているんです」


「豊崎。つまるところ、それが理由でお前は学校を休んでいたというのか?」


「それとはまたちょっと違う理由で学校はお休みしていたんですけど、ともかく! 私が悪魔に転生するキッカケとなった事に関わるについても詳しくお話ししますので、ちゃんと聞いてくださいね神崎くん!」


 少しムッとした顔で見つめてくる豊崎に俺は静かに頷くと、その話に耳を傾けた。

 どうやら、ここからが重要な話らしい。

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