第11話 家庭訪問

 スマホのナビを頼りに向かったハズが、予定よりも遅くなってしまい外はすっかり暗くなっていた。


 手渡されたファイルを届けるのは後日でもいいと三崎先生は話していたが、バイトの都合もあり、明日はどうしても休めない。

 故に俺は今日中に豊崎へ手渡そうと思っていた。


 スマホのナビを頼りに走ること小一時間。

 渡された住所を頼りに教えられたその場所へ辿り着いた俺は目前に聳える豊崎の家を前に圧倒されていた。


「これが豊崎の家……なのか?」


 閑静な住宅街のど真ん中に威風堂々と存在する豊崎の家はまさに豪邸だった。

 アンティーク調の立派な鉄製門の奥には我が校のグラウンドが収まるのではないかと思えるほど広い庭があり、そこは青々とした芝生に包まれていた。

 周囲には庭師の手によって動物の形に象られた植木が幾つも植えられており、見るもの

を楽しませてくれる。

 その更に奥へ視線を向けてみると、これまた立派な洋館が見えていた。

 どうやらアレが豊崎の自宅なのだろう。

 俺が両親と暮らす一軒家とはまるで次元が違う。

 ここは日本だというのにヨーロッパ旅行にでも来ているような錯覚に陥りそうになった。


「我が家とは所得が違うな。流石は上流階級といったところか」


 鉄製の門の横に設置されたインターフォンのボタンを押し、向こうからの応答を待ちながら咳払いをして姿勢を正す。

 豊崎に会うのは久しぶりだから流石に緊張してならない。

 告白してフラれたあの日を思い出すと、気持ち的に沈んでしまいそうになるが、逃げるような真似はせず俺は堂々とインターフォンの前で仁王立ちをして待ち続けた。

 すると、インターフォンの向こうから、可愛らしい声が返ってくる。


『はーい! どちらさま〜?』


「あの、豊崎詩音さんと同じクラスのかんざ……」


『あら? ひょっとして神崎くんかしら?』


「え?」


『いま解錠するからちょっと待っててね〜?』


 インターフォンから聞こえてきた女性の明るい声音に俺が当惑していると、鉄製の門が自動的に解錠され、ひとりでに開いた。


『どうぞ〜! そのまま入ってきてね〜?』


「お、お邪魔します」


 戸惑いながらも俺は門の内側に広がる敷地に足を踏み入れると、周囲の様子を窺いながら屋敷に繋がる石畳の上を進み、豊崎が住まうであろう屋敷の前に辿り着いた。


「それにしても、凄まじい豪邸だな……これが豊崎の家とは本当に恐れ入るな」


 屋敷の入り口に到着した俺は観音開きの玄関ドアの横に取り付けられたもうひとつインターフォンを鳴らす。

 すると、扉の向こうからパタパタという足音が聴こえてきた。


「は〜い! あら、アナタが神崎くんね!」


 観音開きとなる玄関のドアが開かれると、そこから亜麻色の髪をした美しい顔立ちの若い女性が顔を覗かせてきた。


 豊崎のお姉さんだろうか? 

 彼女は初めて会う俺に怯えた素振りも見せず、ただただニコニコとしていた。

 そんな彼女に俺は緊張して背筋を伸ばすと、深々と頭を下げる。


「は、初めまして! 自分は神崎はが……」


「知っているから大丈夫よ。神崎鋼くんでしょ? どうぞ、遠慮なくあがってね〜!」


「は、はぁ……」


 上機嫌な様子の若い女性は、ニッコリ笑って俺を手招くと、そのままスリッパを鳴らして屋敷の中へと進んでゆく。

 俺はそんな彼女の後ろを追うように玄関先で靴を脱ぐと、赤い絨毯が敷かれた敷居を跨いで屋敷の内装を見渡した。


「外装も凄いと思ったが、内装も凄まじいな……」


 豊崎邸の内装はどこぞの貴族の邸宅かと思えるほど豪華絢爛だった。

 玄関に敷かれた赤い絨毯。

 エントランスホールのような広さを持つ玄関の天井にはシャンデリアが吊るされている。

 そこから正面に目をやれば、二階へと繋がる階段が左右に分かれる形で設置されており、手摺りとなる部分の装飾は金と銀の混じり合った煌びやかなものだった。


「神崎くん。今から詩音ちゃんをちょっと呼んでくるからそこで待っていてね〜?」


 豊崎のお姉さんらしき女性はそう言い残すと、二階へと繋がる階段を駆け足で上って行き、その奥に繋がる廊下へと消えていった。


 玄関に取り残された俺は所在なさげに頬を掻くと、どうするべきかを考え頭を悩ませた。


「参ったな。ただファイルを渡すだけのハズだったのだが、まさか家の中に招かれるとは予想外だったな」


 豊崎邸の豪華な内装に俺が視線を巡らせていると、二階の廊下の方からどこか慌ただしい足音が聴こえてきた。

 その足音に俺が顔を上げてみると、いつもの三つ編みと黒縁眼鏡スタイルで丸襟の白いブラウスの上に薄い桃色のカーディガンを羽織り、膝丈まである白いフレアスカートを穿いた豊崎が、少しやせ細った顔を真っ赤にして二階の手摺から身を乗り出し俺を見下ろしてくる。


「か、神崎くん!? どうして!」


「あ、いや……俺はその……」


「さぁさぁ、立ち話もアレですし、詩音ちゃんのお部屋で話しなさいな?」


「ちょ、お母さん!」


「お母さん……だと!?」


 ニッコリとした表情で豊崎の背後から現れたあのお姉さんは、彼女のお母さんだった。

 よくよく見てみれば、目鼻立ちなどが豊崎によく似ている。

 豊崎も可愛いが、お母さんも若々しくて可愛い感じの女性だ。

 この様子だと、豊崎が大人になったらお母さんの生き写しのようになるのだろう。


「神崎く〜ん! そんなところにいないでこっちにおいで〜!」

 

 豊崎母は娘である豊崎の肩に両手を置くと、一階のフロアで佇む俺を元気よく手招きする。

 その対応に俺が困り果てていると、豊崎母が二階から降りてきた。


「神崎くん。今からお茶とお菓子を用意するから詩音ちゃんのお部屋で待っていてね?」


「あの、豊崎のお母さん。俺はただ担任の先生からこのファイルを渡すよう頼まれて来ただけで……」


「詩音ちゃん、早く神崎くんをお部屋に案内してあげなさい。ずっと、会いたがっていたでしょ?」


「なっ!? お母さんっ!」


「あらら、真っ赤になっちゃって初々しいわね〜。この子ったら、なにかとすぐに神崎くんの名前を口に出すのよ?」


「そ、そうなんですか?」


「お母さん!? な、なにを言って!」


「そうなのよ〜! それでキミに悪いことをしたとか言って、学校に行かず引き篭もっちゃってからどんどん痩せちゃって困っていたところなのよ〜? でも、これで解決ね! それじゃお母さんは、お茶の用意をするからあとはお願いね〜?」


 豊崎母は捲し立てるようにそう言うと、足早に一階の廊下奥でへと消えて行った。

 その場に取り残された俺はどうしたものかと思い、二階にいる豊崎へ視線を向けた。

 すると、豊崎も俺の方に顔を向けてくる。


「……あの、神崎くん。もし、良かったら私の部屋でお話をしませんか?」


「えっと……いいのか?」


「はい。母が話していたことは事実ですから。それに……」


「?」


「……神崎くんにはどうしても伝えなければならないお話があるんです」


 ぽそりと呟いて豊崎は赤くなった顔を伏せると、両手の指先を豊かな胸の前で絡めてモジモジとする。

 その様子に俺は自分の胸が高鳴るのを感じていた。

 どうやら、俺は豊崎と話すチャンスをもう一度だけ得ることができたようだ。

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