第12話 彼女の秘密

 頬を赤くした豊崎に誘われるまま、俺は人生で初めて女子の部屋に足を踏み入れていた。


「ちょっと散らかってますけど、気にしないでくださいね」


 そうは言うものの、豊崎の部屋は整理整頓がキチンとされていて、とても綺麗に片付けられていた。

 目測だが、豊崎の部屋はおおよそ二十畳くらいはあるだろう。とても広々としている。

 そして、予想通りというか、彼女の部屋の内装はとても女の子らしく、可愛らしいものになっていた。


 ピンクと白を基調とした菱形の壁紙に赤いハート型の絨毯。

 丸みを帯びた木製の机の上には教科書とノートが広げられているあたり、豊崎は勉強をしていたのだろう。


 机の傍にある白い本棚には参考書やなにかの資料など、それと少女漫画や文庫本などが綺麗に陳列されていて、豊崎がとても几帳面な性格であることを物語っていた。


 机から反対側の壁に目やると、アンティーク調のセミダブルサイズのベッドが置かれており、その上は沢山のヌイグルミたちで埋め尽くされていた。

 それはまるで、ヌイグルミたちがベッドで眠る白雪姫のような豊崎を見守るかのように……。

 そして、その中のひとつに俺がプレゼントしたあのチンチラさんもいた。


 チンチラさんはベッドの枕元に置かれていて、なぜかお腹のあたりまで布団をかけられている。

 どうやら、豊崎はあのチンチラさんと一緒に寝ているようだ。

 あのヌイグルミをプレゼントした俺としても、それを大事にしてもらっていると知り、なんだか嬉しかった。


「あの、神崎くん。そんなにジロジロと見ないでください……恥ずかしいです」


 両手を後ろにしてモジモジとする豊崎に俺はハッとすると、慌てて頭を下げた。

 いかんいかん。

 ファンシーな豊崎の部屋に、つい心を奪われてしまった。


「いや、すまない! とても女の子らしくて可愛い部屋だと思い、つい見てしまった」


「そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」


 照れくさそうに鼻の頭を掻く豊崎が本当に可愛かった。

 つい最近、こんなに可愛い女の子とデートをしただなんて、今でも信じられない気持ちになる。

 ましてや、俺のような男と二人きりでだ。


「ところで豊崎。さきほど言っていたその話とはなんなんだ?」


 こともなげに俺が問いかけると、豊崎は部屋の中心に置かれた折り畳み式のローテーブルの前に座り、ウサギのクッションを抱きしめた。


「いきなりこんなことを話すと、神崎くんもビックリしてしまうかもしれないのですが、それでも聞いてくれますか?」


 豊崎は両手で抱きしめたウサギのクッションで口元を隠すと、俺のことを上目遣いで見てくる。

 その仕草に内心ドキドキしながらも、俺は平静を装い頷いた。


「ああ、大丈夫だ。話してくれないか?」


「わかりました。では、さっそ――」


 ――くぅ〜……っと、豊崎の方から可愛い腹の虫が鳴いたような音がした。

 その音に俺が黙っていると、豊崎が顔を真っ赤にして俯く。


「……ち、違いますからね」


「……豊崎、腹が減っているのか?」


「ですから、違いますぅー! 別に私のお腹の虫さんが鳴いたわけじゃ――」


「詩音ちゃ~ん? お茶とお菓子を持って来たわよ~?」


「……ちょ、ちょっと待っててください!」


 部屋のドアがノックされると、そこから豊崎母が顔を覗かせ、紅茶のカップ一式とクッキーを詰めた小さいバスケットを乗せた木目調のお盆を持ってきてくれた。

 なんという絶妙なタイミングだ。

 流石は豊崎母、娘の空腹を見計らって茶請け菓子を用意するとは実に見事だ。


「あ、ありがとうございますお母さん……。あとは自分でしますから、戻っていいですよ」


「あら、そう? それより……」


 と、豊崎がいそいそとお盆を受け取り、部屋の中へ戻ろうとすると、ニヤニヤした顔で豊崎母が言う。


「お母さんは夕飯の支度で時間がかかるから、思う存分二人でイチャイチャしてね~?」


「ちょ、お母さん!?」


「夕飯時にお邪魔してしまい申し訳ありません、豊崎のお母さん。俺も用事を済ませたらすぐにお暇しますので」


「あら、そんな急がないでゆっくりしていって神崎く〜ん。その方が詩音ちゃんも喜ぶしね? なんなら、ウチで夕飯でもどうかしら?」


「もぅ、お母さん! 早く部屋から出て行ってください!」


 眉根を寄せた豊崎が片手を振り上げ激昂すると、豊崎母が愉快そうに微笑みながら部屋を出ていった。


「ごめんなさい神崎君。うちのお母さん、ちょっと変わっていますよね?」


「いや、とても良いお母さんだと思うぞ。それより……」


「話の続きですね。では、お話しします!」


 豊崎は居住まいを正すと、眼鏡のフレームを指先で軽く押し上げコホンと咳払いをする。

 一体、俺に話したいというその『大切な話』とは、なんなのだろうか?

 それが俺の心を酷くざわつかせていた。


「それではお話ししますね。実は私……」


「あ、詩音ちゃ~ん? お母さんに用があったらメールで」


「お母さん、もういい加減にしてください!」


 部屋の外から聴こえた豊崎母の明るい声に娘である豊崎が苛ついた声を上げた。

 なんというか、とても仲の良い親子なのだろう。

 部屋の外からパタパタとスリッパを鳴らす音が遠ざかっていったから、今回は本当に離れてくれたようだ。


「本当に私の邪魔をしようとするんだから……」


「あの、豊崎? それで……」


「そ、そうですね! では今度こそお話しします」


 紅茶のセットとクッキーの詰め合わせをローテーブルの上に置いて、豊崎は正座をして背筋を伸ばすと俺の顔を真剣に見つめてきた。

 その眼差しを受けて俺も真っ直ぐ彼女を見つめ返すと、ようやく本題に入る。


「えっと、神崎君からしてみれば私がこれからお伝えすることは、かなり荒唐無稽なお話しに聞こえると思うんですけど、真剣に聞いてください」


「ああ、わかった。では、話してくれ」


「はい! では、お話ししますね――」


 真剣な表情で切り出した豊崎の口元に俺の意識が集中する。

 荒唐無稽という言葉がかなり引っかかるが、豊崎の話なら俺はどんな内容でも受け入れる覚悟を決めていたつもりだった。

 だが、次の瞬間に彼女が口にしたその内容に俺は凍りついた。


「……実は私、ダンスパーティーが終わってその帰りの夜に、事故に遭ってんです」


「…………なんだって?」


 いたく真面目な様子でそう語った豊崎の台詞に、俺は呆然としたままなにも言葉を返せなかった。


 豊崎がダンスパーティーの夜に事故に遭って死んでいる……だと!?


 

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