第10話 もう一度、会いたくて

 豊崎が学校を休み始めてから更に一週間が過ぎた。

 帰りのSHRが終わりを告げ、教室内が喧騒に包まれる。

 その中で俺は帰り支度をしながら豊崎の事をずっと思い浮かべていた。


「……豊崎は本当に大丈夫なのだろうか」


 あの時の豊崎はかなりやつれていた。

 それが俺のせいだとするならば、どんな罪でも償うつもりだが、俺にはどうしても気になることがあった。

 それは、彼女が俺にを伝えようとしていたのではないかということだ。


 例の一件からクラスメイトたちの間では、豊崎が俺のせいで不登校になったのではないかという悪い噂が囁かれている。

 それ故に、俺を見るクラスメイトたちの視線には、どこか嫌悪するようなものが混じっていた。


 豊崎が不登校になった理由が俺のせいかと問われれば、それは一理あるかもしれないと自分でも自覚している部分がある。

 とはいえ、それが本当かどうかはわからんが、もしそうであるならば俺には腹を切る覚悟ができている。

 日の丸の国の男として、潔く切腹してみせよう。

 だが、しかし……。


「……その前に一度だけ、豊崎に会いたいものだな」


 せめてちゃんとした謝罪をして、豊崎に和解を申し出たかった。

 この高校に入学して初めてできた友達は豊崎だけだった。

 そんな掛け替えのない大切な存在を俺の軽率な行為であっさり失ったのはとても辛い。

 もし、神がこの世にいるとするならば、もう一度だけ彼女と話す機会を与えて欲しいと真剣に願った。


「神崎、ちょっといいか?」


 腕を組みながら座席に座り豊崎に想いを馳せていると、教卓の方から担任である三崎先生が俺を手招いてきた。


 三崎先生はスラリとした体型に緩やかなウェーブがかかった栗色の長い髪が特徴的な美人教師だ。

 自称ニ十代後半と豪語する女性教諭である三崎先生は、仕事に精を出し過ぎて婚期を逃したと女子生徒たちの間では密かに噂をされている。

 とはいえ、三崎先生のような美人にクラスの男子生徒たちが恍惚の眼差しを向けているのだから、モテないというわけではないのだろう。

 そんな三崎先生の前に俺が移動すると、先生は教卓の上に置かれていた数枚のプリントをファイリングして差し出してくる。


「神崎。後日でも構わないが、このプリントを豊崎の自宅に届けてくれないか?」


「え? 俺が、ですか?」


「そうだ。お前はあの豊崎と仲が良いと聞いている。そいうことだからよろしく頼んだぞ?」


「あ、いや、しかしですね!」


「なんだ? 私の頼みが聞けないというのか?」


 鋭く目を細めた三崎先生に流石の俺も口を閉ざした。

 これほど美人でありながら、眼光ひとつで俺を黙らせてしまえるほどの気迫を持つ先生には逆らえない。

 というか、先生がなぜ結婚できないのか、その理由がわかったような気がする。


「りょ、了解しました。このファイルは自分が責任をもって豊崎の家にお届けします!」


「それでいい。彼女の個人情報を扱う上でこんなことを頼めるのは学年一真面目なキミだけだからな。豊崎の家の住所はそのファイルに挟んである。よろしく頼んだぞ」


「アイ、マム!」


「いい返事だ。私があと五年ほど若かったら、キミに手を出していたかもしれないな?」


「え?」


「私は従順で賢く、軍人顔でガタイの良い男が好みだ。その点でいうなればキミはその全てをクリアしている。本当に残念だよ」


「……きょ、恐縮であります」


「ハッハッハッ! キミに恐縮されるとは思わなかったな。それじゃあ、頼んだぞ神崎。それと、周りの目などあまり気にするなよ?」


「と、言いますと?」


「キミに対する良くない噂がそこら中で囁かれている。当然、それに対して私が噂の出所である生徒たちを引っ捕まえて一喝を入れてやったが、まだそれが完全に消えたわけではない。悩みがあるならキミも遠慮なく私に相談しろ。今のキミたちは思春期真っ只中で色々な悩みを多く持つ多感な時期だ。その悩みに応えるのも教師である私の務めだからな?」


 三崎先生はそう言ってウィンクを投げてくると、敬礼をしたまま直立する俺の肩を出席簿で叩いて教室をあとにした。


 どうやら三崎先生は俺の事を心配してくれているようだ。

 というか、三崎先生の好みのタイプが俺のような男だったとはまったく恐れ入る。

 それにしても、今の会話に問題発言があったように思えるが、まあいいか……。


 凛々しい三崎の背中を見送ると、俺は安堵の息を吐いて渡されたファイルに視線を落とす。

 そのクリアファイルの中には小さいメモ用紙が挟まれており、そこに綺麗な字で豊崎の住所と思しきものが書き記されていた。


「……これは神様の思し召しなのだろうか」


 まさかここにきて、豊崎の家に赴く日が来ようとは夢にも思っていなかった。

 しかし、これがチャンスだとするならば、神様がこの俺に切腹をする前にもう一度だけ豊崎に会えるよう運命のいたずらを仕掛けてくれたのかもしれない。

 ならば、この機を無駄にしてはならない。

 ちゃんと豊崎に謝り、伝えるべきことをちゃんと伝えてから腹を切るとしよう……。


「豊崎。俺はもう一度だけ、お前に会えるだろうか……」


 三崎先生から受け取ったファイルを見つめて俺はそれを鞄に収めると、足早に教室を出た。


 正直、豊崎に会うことに対して少しばかりの気まずさを内包しているのは否めない。

 だが、逆に考えてみればこの件で豊崎と仲直りができるかもしれないという期待感もその中にはあった。

 俺は昇降口で靴に履き替えると、豊崎の事を考えながら全速力で走り出した。

 頼む、神よ。もう一度だけ、豊崎に合わせてくれ!


 


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