第8話 魔法にかけられて

 テーマパークに入場してから数時間が経過し、一通りのアトラクションに乗ることができて豊崎が満足そうにその顔を笑ませていた。

 豊崎が言うにはこのテーマパーク最大の楽しみは夜に行われる派手なイルミネーションで装飾されたパレードだという。


 夕刻時を過ぎて空もすっかり暗くなった。

パレードの時間まではまだ時間があるということになり、俺たちは少し早めに夕食をとることにした。


 豪華客船を模して造られたそのレストランに入り、窓際の良い席を案内された俺たち二人は、ライトに照らされた夜の海を船内の丸い窓から眺めていた。


 数十分ほどして厨房から料理が運ばれてくると、それをスマホの写真で撮りながら豊崎が満面の笑みを浮かべていた。


「うわ~っ! 美味しそうな料理ですね~。私、一度でいいからこのレストランでディナーをしてみたかったんですよ~」


「ハッハッハッ! それならうちの高校に感謝だな」


「いいえ。高校ではなく神崎君に感謝です」


「む? なぜだ?」


「だって、このペアチケットをゲットしてくれたのは神崎くんじゃないですか?」


 運ばれた料理を楽しみながらそう話す豊崎に俺は頬を掻いた。

 あれだけ彼女が欲しがっていたものをプレゼント出来て俺も嬉しい限りだった。


「パレードが始まるまでにまだ少しだけ時間がありますね。このあと混雑する可能性がありますから早めにお土産を購入しておきましょうか?」


「そうだな。パレードが終わったあとには皆一様に土産屋に殺到するだろうから今の内にめぼしいものを買っておく方が得策といえるだろう」


 白いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルを挟み可愛い豊崎と二人きりでディナーをすることができるなんて夢にも思っていなかった。

 俺は豊崎のことをあまり知らない。

 そして豊崎も俺のことを……いや、豊崎は俺のことをよく知っているか。


 テーブルに置かれたナプキンで桜色の唇を拭うと、豊崎がリップを塗り直した。

 ぷっくりとした柔らかそうな唇。

 その上に塗られたルージュが妙に艶かしくて官能的だった。


 そんな彼女を見つめながらナイフとフォークを手にして俺が黙り込んでいると、豊崎が小首を傾げる。


「神崎君どうかしましたか?」


「え? あ、いや! なんでもない、気にしないでくれ!」


「そうですか。では食事も終えたことですし、そろそろお土産を購入しに行きま……」


 と、言いかけた豊崎のお腹の虫がくぅ〜っと、可愛く鳴いた。

 その音に俺が目を瞬かせていると、豊崎が真っ赤な顔をして言う。


「こ、これはその……違いますからね」


「豊崎。食べ足りないのならまた注文を……」


「だ、大丈夫ですぅー! ですから、気にしないでください!」


 俺の台詞に少し不満そうに頬を膨らませた豊崎の顔がなんとも愛らしい。

 普段は図書室で本を読んでいる姿が定着しているため、どうしても無口な女の子だと思いがちになるのだが、今の豊崎を見ているとそんなことはなく、本当に明るくて元気な女の子だと思える。

 しかし、どうして彼女が今まで注目を集めていなかったのか不思議で仕方なかった。


「さあ、神崎君。今度はチンチラさんグッズを手に入れますよ!」


「うむ。では向かうとするか」


「はい!」


 その後、俺と豊崎は席を立つと、パレードの前に売店へと向かった。


 ○●○


 夕食を終えてから売店に到着すると、店先に置かれていたワゴンを見て豊崎がその瞳をキラキラと輝かせた。


「うわあ~! 見てください神崎君! チンチラさんのぬいぐるみがワゴンの中にたくさん並んでいますよ~」


 チンチラさんがすし詰めのようにぶち込まれているワゴンに駆け寄り、その一つを取り出して頬に寄せた豊崎が本当に可愛かった。

 できることなら俺がそのぬいぐるみになりたいものだ。


「見てくださいよ神崎君! このチンチラさん、と~っても可愛いと思いませんか?」


「あ、あぁ。よくわからないが良いと思うぞ?」


「ではこのチンチラさんを今日から我が家の一員として連れて帰ることにします!」


「ならそれは俺が購入しよう」


「え?」


 豊崎が両手で抱えたそのぬいぐるみを手早く預かると、俺はそれをもってカウンターへと向かう。

 すると、慌てた様子で豊崎が声をかけてきた。


「か、神崎君! それは私が自分で買いますからいいですよ!」


「遠慮するな。俺は部活がない日はバイトしているから金には余裕がある。それに……」


「それに?」


「ここへ来た記念として豊崎にプレゼントしたいんだ」


「か、神崎君……」


 早朝から俺はここに来た記念としてなにかを豊崎にプレゼントするつもりだった。

 それは仲の良い友人として彼女に贈るためだ。

 こんな成りをしている俺には最も縁遠いと思っていた夢の国のテーマパーク。

 そこへと誘ってくれた豊崎に俺は感謝していたのだ。


「実を言うと、俺も一度はここへ来てみたかったんだ。だが、こんな俺と一緒に行ってくれるような友人はいなくてな……。それに、俺がここへ行きたいなんて言ったら誰もがゾッとするだろう?」


 自分で言っておいてマジで泣けてくるようなセリフだ。

 外見はあれとして男の俺でもこういうファンタジー世界は好きだった。

 だが、この外見ではそんなことを口にすることも憚れてしまうのだ。


「故に、このプレゼントは感謝の気持ちだ」


 痛々しい発言で流石に少し引かれたかもしれない。


 しかし、ちらりと見た豊崎は首を横に振ると嬉しそうに微笑んでいた。


「ありがとうございます。でも、神崎君? そうやって自分で自分を決めつけるのは良くないと思います。神崎君は普通の男の子です!」


「ハッハッハッ! そうか。ならばそう言うことにしよう」


「フフフッ、そういうことです。でも、本当にこのぬいぐるみをもらってもいいんですか?」


「ああ、男に二言はない。是非受け取ってくれ!」


「ありがとうございます! 一生大事にしますね?」


 購入したぬいぐるみを受け取ると、豊崎はうっとりとした顔でそのぬいぐるみに頬を寄せて抱きしめた。

 ぬいぐるみ一つでここまで喜んでもらえるならプレゼントした甲斐があるというものだ。

 そんなほっこりするような余韻に浸っていた時、中央広場の方が急に騒がしくなり、周囲にいた人々が慌ただしく走り始めた。


「あ! パレードが始まるようですね。神崎君、私たちも急ぎましょう!」


「うむ。では行くぞ、豊崎!」


 軽快なBGMがテーマパーク内に響き渡り、派手なイルミネーションに彩られたカートに乗ったキャラクターたちが現れるとテーマパーク内が一層賑わいを見せた。

 俺と豊崎が中央広場に到着するとそこは既に観客たちでごった返しており、目的であるパレードが見えなかった。

 というより、俺は十分に見えているのだが、背の低い豊崎だけが見ることのできない状態だった。

 豊崎は何度もつま先立ちをして懸命に見ようとするのだがそれも叶わず、諦めたように溜息を吐くと、その瞳を潤ませた。


「はぁ~、全然ダメですね~。パレードが見えません。もうすぐチンチラさんが来るというのにどうしたらいいでしょうか……」


「ならばあの高台から見るというのはどうだ?」


 俺が指差した場所はスタッフ以外の人間が立ち入ることを禁止されている場所だった。


「え? でもあの場所は関係者以外立ち入り禁止じゃ……」


「なあに、これだけ人で溢れかえっているんだ。少しくらい立ち入ったところでわかりはしないだろう。それより急ぐぞ。お前の好きなチンチラさんが来てしまうからな」


「フフフッ。神崎君も意外とワルなんですね?」


「む? 嫌か?」


「いいえ。そんなところも素敵だと思います」


 イタズラな笑みを浮かべて俺の手をそっと握って歩きだす豊崎にドキッとする。

 あぁ、そんな顔で見つめられたらこのまま死んでもいいと思えてしまう。


 緩んだ表情を見られぬように俺が背を向けて歩きだそうとした時、不意に豊崎が背中越しに声をかけてきた。


「あの、神崎君。ちょっといいですか?」


「む? どうした?」


「なんというかその……腕を組んで歩いても良いでしょうか?」


「え?」


「ほら、今日は夜風が……とても冷たいので……」


 顔を真っ赤にして視線を泳がせる豊崎に俺の心臓が高鳴った。

 この俺と腕を組む? それではまるでカップルのようではないか!?


 予想外の言葉に血潮が滾り呼吸が乱れる。

ええい軟弱者め! この程度のことで狼狽してどうする! 日本国の男なら、ここは漢気を見せるときだろう!


 俺は咳払いをすると、豊崎の胸の前にそっと右肘を差し出して視線を逸らした。


「……お、お前がそれでいいなら俺は構わんぞ?」


「ありがとうございます!」


 そう言って笑顔で抱きついてきた豊崎の柔らかな感触に血管が沸騰しそうだった。

 片腕に感じるこの温もりと柔らかな感触は神が生み出した至高のそれだ。

しかし、それを意識してしまうと緊張でぎこちない動きになってしまう。


 俺はなるべく平常心を装いながら豊崎と腕を絡めつつ中央広場をゆっくりとした歩調で離れスタッフ専用の高台まで移動した。

 高台に辿り着くとパレードもいよいよ佳境に入ったのか周囲の観客たちからの歓声で沸いていた。

 一際煌びやかな装飾に彩られたゴンドラに乗ったこのテーマパークのメインマスコットキャラクターたちが観客たちに手を振りながら英語でなにかを話している。

流石はチンチラさんだ。

 ただ手を振っているだけなのにその行動一つでこれだけ多くの観客を盛り上がらせるとは凄まじい。

 現に俺の傍らにいる豊崎もその光景を前にして興奮しており、必死になって手を振り返していた。

 そんな夢中になっている豊崎の顔がマジで可愛い。

 そんな彼女の横顔を見つめながら俺が頬を緩めていると、このテーマパークのシンボルたる立派な西洋の城から幾つもの花火が打ち上げられた。


 漆黒のキャンパスに描かれた七色の光。

 その粒子が散らばるように夜空から降り注ぐと、見上げていた観客たちから盛大な拍手と歓声が送られた。


「綺麗ですね……」


「ああ。そうだな……」


 花火を見つめてうっとりとする豊崎。

 そして、その横顔を見つめてうっとりとする俺。


 もし仮に青春を得るためのチャンスがここにあるとするならば、俺はどんな代価でも支払うだろう。

 きっと、この時の俺はムードという名の魔法にかけられていたのかもしれない。

 だからこそ、妙な勇気と決意をしてしまったのだ。


 もし、俺の願いが叶うなら他にはなにも望まない。だからこそあえて願おう。

 神よ。どうかこの俺に、豊崎と結ばれるチャンスを与えてくれ!


 緊張して喉が渇く。手すりを握った掌はじわりと汗ばんでいた。

 隣では夜空に打ち上げられた花火を見上げて感嘆の声を漏らす豊崎がいる。

 そんな彼女の横顔を見てから咳払いを一つすると、俺は人生最大の賭けに出た。


「と、豊崎」


「ん? なんです神崎君?」


「あ、あの……も、もし、お前が良かったらなのだが……」


 パレードの余韻が俺の背中を押している。

まだ豊崎と交流を始めてから数日だけしか経っていないというのに底知れぬ勇気が湧いてきた。

 上手くいく可能性なんて無いはずだ。

 しかし、今の俺は根拠のない自信に満ち溢れていた。

 理性を司る冷静な俺と想いの丈を伝えようとする俺が葛藤を繰り広げている。

 だが、俺は既に豊崎に声をかけてしまった。

 もし仮に上手くいけばそれでいいが、失敗した場合の代償はかなり大きい。

 それでも俺は伝えたくなってしまった。

 いや、伝えたかったのだ……!


 大きく深呼吸をして腹筋に力を込めると、豊崎の顔を見つめる。

 行くしかない……これはもう、行くしかないのだ!


「神崎君?」


「と、豊崎! その……お、俺と……つ、つ――」


 最後となる大花火が夜空に打ち上げられた直後、俺は今までにないほどの気合を入れて腹の底から叫んだ。


「……つ、付き合ってくれ!」


 俺が告白を終えたとほぼ同時。

 夜空に大きな爆発音と七色の光が広がった。

 その夜空に咲いた鮮やかな光の花は、その眼下に広がる全てのものを七色に染め上げた。

 それはまるで魔法でもかけたかのように。


 これは俺の人生において最大級の挑戦であり、最大級の賭けだった。

 だが、もう後戻りはできない。

 既に賽は投げられたのだ。


 豊崎の口元を見つめて息を呑む。

 俺の心臓がバクバクと激しい音を立てて耳の奥で鳴り響いている。

 すると、豊崎が俺の顔を見つめて口元を笑ませてくれた……のだが、次の瞬間にはなにか恐ろしいものでも見たようにその表情を強張らせるとそのまま俯いてしまった。


 その変化に俺が困惑していると、豊崎がとても静かな声音で言う。





 ――ご、ごめんなさい。





 俺はその日、初めての失恋という名の超重量感ある手土産を持ち帰ることになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます